第10話 そして現実の社会へ
恭介が稼いだ額を見て、健次郎は内心驚嘆していたが、言葉はもちろん、表情にも出さなかった。
「頑張ったな」
一言だけ恭介に送った。
「はい」
恭介も、特に苦労話をするでもなかった。
「さて、これからなんだが、百万くらいで藤影グループと戦うのは無理だ」
恭介は頷く。
「まずは、戦う相手の懐に、入り込む必要がある」
「はい、俺もそう考えています」
名前を変え、新しい身分で、元の学校に戻ると、恭介は言った。
健次郎の構想と同じだった。
恭介の新しい名前である。
その名を使い、狩野学園高等部の入試を受けたのは、師走の初旬だった。
保護者代理として、瑠香が同行した。
もっとも瑠香の目的は、東京方面の観光旅行であったが。
道すがら、恭介は瑠香から、あれこれと質問された。
「どうやって、百万貯めたの?」
「単純計算で、一日二万ずつ稼げば、五十日で貯められると思いました」
「だからあ、その二万を稼いだ方法よ」
一つは土木作業や廃棄物処理の現場だった。
もう一つは
「持っている知識を売りました」
五行やら、全天の星の動きやらを組み合わせれば、占術として使えると、リンが言っていた。
恭介は、昼は現場作業員、夜は街角の占い師として、現金収入を得たのだ。
「なんだあ、けっこう美少年なんだから、そっちで稼いだのかと期待したのに…」
瑠香はぶつぶつ独り言を言っていた。
「まあいいわ。じゃあ恭介、じゃなかった、佳典」
瑠香は恭介に顔を近づける。
「私のことも占ってよ。あ、身内なんだから、無料でね」
松本佳典宛てに、狩野学園高等部から、学費免除の特待生として合格通知が届いたのは、それから二週間後のことだった。
藤影姓となった侑太は、高等部の入学を控え、充足感に満ちていた。
中学部では思い通り、校内を動かした。
放っておいても、女子はいくらでも寄ってくるので、適当に食い散らかし、飽きたら部下に押し付けた。
これは養父、藤影創介のやり方を真似たのだ。
侑太自身、母は創介が結婚直前までセフレにしていた女。
創介は現妻、亜由美と結婚するにあたり、侑太の母を創介の弟に押し付けた、そう誰かから聞いていた。
侑太らが語学研修に行く前に、侑太は創介の実の息子だったと聞かされた。
偽の息子の恭介を排除したいので、力を貸して欲しいと。
侑太は心底嬉しかった。
それまで父と思っていた新堂陽介よりも、侑太は伯父の創介に憧れていたからだ。
陽介は研究肌の大人しい男性で、婿入り先の母の会社でも存在感はなく、エネルギッシュな風貌の創介とは異なり、小太りの地味なおっさんと言った体だ。
侑太が欲しかったロールモデルは、優しい穏やかな父ではなく、他人から恐れられるくらいの、財力と権力を行使できる、まさに創介のような男であった。
侑太は何度も、恭介と立場が入れ替わる自分を夢想した。
それが現実となり、勝ち組の人生が約束された今、生粋の性根とおぼしき気質が牙を剝きつつあった。
それは、特定不能のパーソナリティ障害。
いわゆる、サディスティックな人格である。
小沼悠斗の母親が、持病で倒れたことを知り、侑太は悠斗に取引を持ち掛けた。
母親の入院代は無料にしてやる。
代わりに侑太の仲間になれ、言うことを聞けと。
屈辱に満ちた目をしながらも、悠斗が侑太に従った時、侑太は下腹部が熱くなった。
以来、悠斗と仲の良い男子や女子に、理不尽な言いがかりをつけ、悠斗に殴らせようとしたり、彼らの裸体画像をバラまいたりもした。
その都度、悠斗の苦悩する表情を見ることができる。
侑太には快感だった。
今は亡き恭介をも凌辱しているような、恍惚感に包まれていた。
「あら、恭介、じゃなかった佳典のガッコって、りなリンが居るとこなんだ」
狩野学園高等部のパンフレットを見ていた瑠香が、声を上げた。
恭介の入学の準備で、二人は島に戻っていた。
「りな…牧江かな。有名なんですか」
「うん。コスプレーヤーの間ではね。素顔も可愛いじゃん」
恭介は否定も肯定もしなかった。
海に落とされた時の連中の表情を思い出すと、当然、多少イラつく。
「瑠香さんは、なんでコスプレイヤーとか、知ってるんですか」
逆に質問してみたが、えへへと笑ってごまかされた。
「素顔といえば、佳典は素のまんまで入学するの?」
「まずいですか?」
「だって、わざわざ名前も変えて行くんだから、正体ばれたらダメでしょ」
「ばれますかね。…五年生の時より、背もだいぶ伸びましたし、声変わりもしてるし…」
「いやいや、女子の眼力を侮っちゃアカンよ」
瑠香はぶつぶつ独り言を言っていたが、いきなり恭介の髪をわしゃわしゃと乱す。
「うん、キャラ作って、ちょこっと変装して行こう! 私がメークしてあげるから」
この後、瑠香は強引に健次郎を説得し、東京に移住することとなる。
名目は、恭介の安心サポート役になるから、とか。
なお、コスプレイヤーとして、人気を二分する『東のりなリン、西のルカにゃん』という存在を恭介が知るのは、だいぶ後になってからである。
こうして、恭介の高校生活は、入学式とともに始まった。
松本佳典の呼名はまだ慣れないが、幼児の頃から何年も通った場所である。
校舎は変わっても、門から続く景色は同じだ。
戻って来ることが出来た!
それこそが奇跡だ。
改めて、四体の聖獣に感謝しながら、恭介は式典に向かった。
「何、にやついてるのさ、佳典」
保護者代行として、入学式についてきた瑠香がからかい気味に言う。
そういう瑠香は、いつもの派手な格好をやめて、黒の式服を着込んでいる。
長い髪も後ろで縛って、丸くひとつにまとめていた。
実年齢よりずいぶん年上に見えるが、保護者というよりは、秘書といった雰囲気だ。
「別に、にやついてなんかないけど…」
瑠香の指示により、恭介は髪を真黒に染め、黒ぶちの伊達メガネをかけた。
長めの前髪と相まって、なんとなく鬱陶しい。
瑠香曰く、アキバでよく見かける男子像、だそうだ。
狩野学園高等部は、ひと学年二百五十名程だが、内部進学組が約二百名。
外部からの進学組は一クラス分である。
新入生の代表として挨拶する生徒は、内部進学組から選ばれる。
今年度の代表は、やはりというべきか、アイツだった。
「代表、藤影侑太」
壇上に立つ侑太は、当たり前だが体が大きくなり、小学生の頃よりも、鋭角的な顔つきになっていた。
挨拶を終え、座席に戻る侑太と、恭介は一瞬、目があった気がした。
その視線をそらすことなく、恭介は侑太を見つめた。
いたって冷静な自分を認めて、恭介は意外だった。
直接連中と出会ったら、恐怖心や嫌悪感に襲われるかと思っていたのだ。
恭介は意識せず、瞬時に侑太の力量を計っていたのである。
そして確信した。
これなら戦えると。
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