第8話 地上に戻る試練 2

 スフィンクスの殺気を察知し、恭介が体勢を低くした瞬間、爆風とともにスフィンクスは炎を吐いた。


 瞬時に恭介は掌から水を放出し、全身を包む。


 炎と水はぶつかり合い、轟音と水蒸気が洞窟を満たす。


 スフィンクスは翼を広げ、無数の岩石を恭介に投げつける。


「お守りです」

 スズメから渡された小枝を、恭介は握りしめる。

 小枝から、さらに細い蔓が何本も伸び、次々と岩石を粉砕する。


 スフィンクスは手を振り上げ、爪をむき出しにする。

 爪は鋼鉄のように鈍く光り、恭介をからだごと引き裂こうとする。


 恭介は一歩早く、スフィンクスに向かって駆け出している。

 スフィンクスの爪がかすめた腕から、血が滴る。


「決意なんて、生易しいもんじゃない!」


 恭介は叫びながら、体の奥底の熱を両手に集めた。


「俺は」


 恭介の両手が熱を帯び始める。


「俺がこの世に存在する証を」


 恭介の両手は真紅となる。


「掴む!」


 恭介の両の掌は、発火した。

 思いのたけをぶつけるように、恭介は両手の炎をスフィンクスに投げつけた。

 二つ三つと起こる爆発音。その中に、獣の悲鳴も混じっていた。


 煙幕におおわれた洞窟に、光が差し込んできた。

 煙の向こう側は出口になっているようだ。


 爆発に巻き込まれた恭介は、しばし意識を失っていた。

 上半身を起こすと、足の先に何かが動いた。


 ゴロゴロと聞こえる音。柔らかい毛の感触。


 猫?


 左右の瞳の色が違う、ほっそりとした黒猫。

 どこかで見たような猫だった。


「五行の相性と相剋、ものにしたようだな」

 黒猫が喋っているのか。


「無事に、試練を越えた褒美をしんぜよう」

 黒猫は踵を返し、出口へ向かう。


「そうそう、忘れてた」

 黒猫は首だけ恭介の方を向き、小さく鳴いた。


「ハルトを、助けてにゃ」


「えっ? 何? 」

 ハルトって、悠斗? 

 君はひょっとして


 聞き返そうにも黒猫の姿はなく、地面には人間の拳くらいの輝く石が二つ。


 透き通った青い石と、炎のような真っ赤な石。


 それを拾って恭介も、出口に向かった。



 出口では、スズメとメイロン、それにリンが並んで待っていた。


 メイロンは笑顔で恭介の肩をポンと叩き、スズメは涙ぐんだ目で恭介を見つめた。

 リンが胸を張る。


「だから、キヨスケは大丈夫だと言ったじゃろ」


 やはり偉そうだった。


「ありがとう、みんな」

 心から恭介は答えた。


 その時、ぐらり、地面が揺れた。


「始まったか…キヨスケ、あまり時間がない」

 リンがほんの少し、真面目な顔になる。


「地上と地底に、いつもよりも強い、通い路が出来る日がある。それが今日なのだ」

 地面は揺れが続く。


「ただしお前は一人で進まなければならない。そのための試験だったのだ」


 恭介は疑問を口にする。


「通い路が出来るということは、地上からも来るものが?」

「その通り。前回、俺が払った黒い連中が、まもなくまたやって来る」

 メイロンが答えた。


「俺も戦う。戦います。今ならメイロンと一緒に戦える!」

 スズメとメイロンとリンの三名は、互いに顔を見合わせ、くすくすと笑った。


「キヨスケ、お前、それでは地上に戻れなくなるぞ」

「まだ私たちの本当の姿を、ご存じないから仕方ないですけど」


 確かにメイロンは竜に変化できるし、強かったが、スズメとリンの本当の姿とは、一体…


「見くびられたものだな、キヨスケよ」

 リンは空中に飛び上がり、体を回転させた。


 風がリンを取り巻く。

「我が真の名は、リンにあらず」


 空中から降り立ったリンは、うさぎのような耳が角となり、サラブレッドのような姿に変わった。

 長いひげだけが、リンをしのばせる。

「我が名は、麒麟!」


「同じく。我が真の名は、スズメにあらず」


 恭介の背後でスズメが翼を大きく広げた。

 その姿は、孔雀にも似た鳥に見え、嘴は鋭くなっていた。

「我が名は、鳳凰」


 メイロンは人の姿のまま、恭介に言う。


「俺は、まあ竜なんだが、正式には応竜だ。そして、レイ様は」

 地底がズンと揺れた。


「レイ様は、本名、霊亀れいき様」


 麒麟となったリンが、恭介に向かって話す。


「われら、神聖なる四体の瑞獣ずいじゅうなり。邪気悪鬼がやって来たとて、恐れるに値わず」


 麒麟は笑った。

「さあ、行け、キヨスケ。この地は全域がレイ様の甲羅の上なのだ」


 鳳凰がさえずる。

「走り続けた先に水面が見えたら、思いきり飛び込むのです」


 応竜が恭介の背中を押す。

「強くなったな。地上に戻っても、大丈夫だ」


 ありがとうと何度も叫びながら、恭介は駆け出した。


 背後では、真黒な腕や頭が、何体も湧き出し始めた。


 振り返るなと声がした。

 爆音や雷鳴が響いてきた。



 言われた通り、恭介は水に飛び込んだ。


 フェリーから突き落とされた時と、状況は違ったものの、水底は見えず、周りは暗い。

 漂いながら、恭介の意識は遠のいていく。


 長い夢を見ていたのか。

 それとも今が夢なのか。


 脳内に声が響く。

「汝は何者ぞ」


俺は藤影恭介。


「何のためにここにいる」


 もう一度、生き直すためだ!


 恭介の周囲の水流が、激しさを増し、行先を特定する。

 一点を目指し、水流は恭介を運びあげた。



 どの位の時間が過ぎたのか分からなかった。

 恭介が目を開いたら、夜の匂いがした。


 遠くで波の音が聞こえる。

 久しく見る機会のなかった月の光が、恭介を照らす。


 地上なのか……


 袖を抜けていく風は、ひんやりしている。

 地面は湿った砂だった。


 恭介は腕を真上に伸ばし、夜空を眺めた。

 見えた星の位置から、ここは北半球であろう。

 日本のマークをつけた飛行機が、夜空を飛んでいる。


 たしかリンは、

「地上に戻れても、日本に帰れるとは限らんのだ」


 などと言っていた。

 地底とつながるスポットは、世界全域にあるのだと。

 恭介はそれを聞いてあわてて、英語以外のいくつかの言語を覚えたが。


 多分、ここは日本だ。


「そして、もう一つ」

 あの時、リンは付け加えた。


「地上の時間と、ここ地底での時間は、流れが異なるのだ」

 よって、地上に戻っても、家族や友人と、元通りの生活が送れるとは限らない、と。

 昔話に出てくる浦島太郎は、恭介と同じような迷い人だったそうだ。


 今は一体、何年なのだろう。


 周囲には、コンビニも交番も見当たらない。

 舗装されていない、暗く細い小路を恭介は歩き始めた。


 道の両脇には、背丈の高い草が生えている。

 雑草の隙間から、人家の灯りのようなものが見える。まずは、そこを目指すことにした。


「きゃああああ!」

後方から、女性の悲鳴が聞こえた。

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