第17話「炎の嵐」


 ヒューマノイドは止まらない。


 フレイは必死に足にしがみつく。


 何とか火力を上げようと頑張ってみるが、検討虚しくヒューマノイドの脚を真っ赤に熱するだけで、何の効果も得られないでいた。


 このまま敵をシルフィードの下に行かせてしまったら、大事なイノチが奪われる。


 それだけは阻止しないといけない。


「止まって!!お願い!止まってー!!」


 半狂乱に叫ぶフレイ


 火力は上がるどころかみるみる落ちていく。


 持久戦は、精霊達にとって鬼門。


 かつて消滅した先輩たちも、みんな持久戦の上にやられたのだ。


 万事休す。


 このまま、フレイも消滅してしまうのかと思われた瞬間、それは現れた


「!?」


 海岸線、どこまでも広がる砂浜。それらが、強風にあおられ、一斉に舞い上がったのだ。


 視界を覆うほどの大量の砂嵐。


 誰が起こしたかなど、問うまでもない。


「フレイ!大丈夫か?」


 砂が視界を覆いつくす中、フレイの前に現れたのは、先ほどシルフィードを抱えて、避難したはずのシルフ。


 シルフはフレイをヒューマノイドから引き離す。


 衝撃で、地面に腰付けるフレイ。


「シルフ!?」


 どうしてここに?


 その表情が言っていた。


「助けに来た……と言えば、かっこいいんだけどな。」


 照れ臭そうに、頭をポリポリとひっかく風の精霊。


 風にあおられ、砂があたり一面を覆い、視覚を失ったヒューマノイドの動きが止まる。


 だが、それも一次しのぎ。


 風がやみ、視界が晴れる。二人の前に再び姿を現す、巨大な敵。


「やっぱり俺一人じゃ、無理そうだ。力を貸してくれ。フレイ」


 シルフは、巨大なヒューマノイドの真正面に立つ。


 正面から睨み、右腕を左手でつかんで叫ぶ。


「『methane』!!」


 それが、風の精霊シフルのスイッチの入れ方だった。


 風の属性を持つ風人属。その管轄は『気体』


 この世界にあるありとあらゆる気体が、風人属の管轄下にある。


 当然、可燃性が非常に高いメタンガスも、彼の管轄である。


「フレイ、俺の右腕に火を付けろ!」


 メタンガスに変わった右腕を、フレイに差し出す。


 大量の火力は必要ない、ガスならばわずかな火種があれば十分。


「うん」


 砂浜に腰を付けたままのフレイは、差し出されたシルフの右腕に触れる。


 シルフ発火。右腕が真っ青な炎に包まれる。


「ガス ダ ワレワレノ チカラ ダ……」


 “ヒトの記憶”の残骸。


 ヒューマノイドの中にあるわずかな記憶が、ガスを思い出させる。


 関係ない。


 シルフはヒューマノイドにめがけて、突進する。


 ……が


「無理だよ!ガスの炎じゃ、鉄は溶かせない!!」


 フレイからの注意が飛んだ


「え?そうなのか??」 


 動きが止まるシルフ。


 その表情はきょとんとしている。


 どうやら、本当にわかってなかったらしい。


「ガスの炎はそこまで高くないの。ありがとうシルフ。大丈夫だから……」


 弱弱しく立ち上がるフレイ。笑顔を向けるが、その顔は玉砕覚悟と言わんばかりの表情だった


「だから、大丈夫じゃねーよ。だったら、こうするまでだ!」


 作戦変更である。


 本当ならば、シルフはかっこよくこの青く光る炎でヒューマノイドを溶かすつもりでいたが、それができないというなら、やっぱりフレイにやってもらうしかない。


 シルフは左手を振り回す。


 そして、あたり一面に起こるのは……巨大な竜巻。


「シルフ、何を?」


「知ってるか?フレイ。俺は気体を自在に操れる。この辺り一帯の酸素濃度を変えるぐらい、造作もないんだよ!」


 酸素濃度50%弱の、自然界では絶対に存在しない破壊能力抜群の竜巻。


 湿気が強い海沿いだろうと、この酸素濃度なら何一つ問題ない。


 竜巻の中に風に青く燃え盛るシルフの右腕が乗る。


 にやりと笑うシルフ。それが合図。


 ゴウ!!という、恐ろしい低重音があたり一面にこだました。


 本当に一瞬である。


 たった一瞬で、穏やかな砂浜は、風にあおられ、炎の戦場へと姿を変える。


 海沿いなのに火災旋風が巻き起こる、自然現象としては非常に珍しい光景だった


 『最弱』というレッテルが貼られている風人属。


 だが、それは本当に、ただのレッテルである。


 彼らが、サポートに回っているのは弱いからではない。


 他の属性が彼らのサポートを何よりも必要としているのだ。


「凄い……」


 フレイから感嘆の声が漏れる


 炎の海……いや、炎の嵐というべきだろう。


 可燃性物質があまり存在しない海岸線なのに、高濃度酸素のせいで、どこまでも炎が広がっていく。


 生物の基準で考えると、それはあまりに恐ろしい光景だが、火と風の精霊から見た場合、それは最も戦いやすいフィールドである。


 たった一瞬でシルフはそのフィールドを作り上げたのだ。


 形成逆転である。


「ありがとうシルフ。シルフはとっても強いね。頭もいい」


「まあな」


 照れ臭そうに目線をそらすシルフ。


「そういえば、これだけ温度が高いのに、浮かないの?」


「下半身を二酸化炭素に変えたからな。燃えないし、割と重いから大丈夫だろう?」


 気体を自在に操る風人属。下を二酸化炭素に変えれば、これだけの高温の中でも、浮かんだりはしない。


 風にあおられ、炎があたり一面を覆いつくす中、風と火の精霊はお互いの顔を見て笑いあった。


 エネルギーの補給は十分。


 これだけの炎があれば、フレイは存分に本来の力を発揮できる。


 一方、周りを炎に包まれた鉄のヒューマノイドは、思うように身動きが取れない。


 いくら、溶けないとはいえ、高熱は鉄を膨張させる。


 それでも、ヒューマノイドは止まらない。


 巨体を生かし、先ほどまで蚊ほども気にしてなかった、精霊二人に襲い掛かる。


「もう、負けないから!」


 ヒューマノイドの拳を片手で受け止めるフレイ。


 その光景は、先ほどまで必死に足にしがみついて、泣き叫んでいた姿とは雲泥の差だ。


 フレイに触れたヒューマノイドの拳はみるみる溶けだす。


 鉄の融点、摂氏1600℃、それは、フレイにとっては大したことのない温度。


「シルフ!」


「分かってるよ!!」


 シルフは、身体の気体成分を再び変える。


 二酸化炭素は重いので、その俊敏性が死んでしまう。


 あたり一面炎の海で、せっかくの熱量なのだ。生かさない手はない。


 酸素濃度を濃くして、身体を軽くして宙に浮く。


 取りつくのは、巨大なヒューマノイドの頭部、首の付け根の関節部。


「『propane』!!」


 シルフは叫ぶ、右腕をメタンガスからプロパンガスへと変化させる。


 空気よりも重い、プロパンガス。


 首の関節部に差し込めばわずかな隙間をぬって、どんどん相手の身体の中に侵入していく。


 抵抗はできない。腕は溶かされ、脚は膨張している。


「知ってるか?ヒューマノイド。ガスって爆発するらしいぞ」


 それが、とどめ。


「フレイ!」


「うん!」


 シルフが作った、酸素の道。


 それを手繰って、フレイの炎が着火する。


 目指すは巨大なヒューマノイドの関節部。


 ガスが充満してる相手の体内。 


 着火。


 ボムッ!!という轟音がはるか遠くまで鳴り響く。


 半径数十メートルにまで及ぶ大爆発だった。


 ヒューマノイド消滅。


 フレイとシルフは、完全勝利を収めた。



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