第15話「風のシルフと火のフレイ」


「……………」


「……………………」


「ピー!」


「………………………」


「……………………」


『ピー!』


 さて、ガイヤとアクアが海の中に潜っていき、残されたのは、シルフとフレイだけである。


 だが、この二人だと見事に会話がない。


 何を話せばいいの分からない。


 シルフィードの鳴き声だけが、二人の間に虚しく響く。


「……ガイヤたち、大丈夫かな?」


 この空気に先に耐えられなくなったのは、フレイの方だった。


「たぶん、大丈夫だろう?」


 ………………


 …………………


 ………………………


「アクアの言ってたイノチってなんだろうね?」


「さあな?」


 ……………


 ………………


 ………………………


 会話がつながらない。


 フレイが言って、シルフが返して、それで終わり。


 そんな時間が、何分。何十分と流れる。


 聞こえてくるのは、波の音と、シルフィードの鳴き声だけ。


 勘違いしてはいけないのは、決してシルフとフレイは仲が悪いわけではない。


 いや、正確には、仲がいい悪いという以前の問題なのだ。


 なにせ、シルフとフレイは、二人だけでまともに話したことがない。


 シルフ自体は、割と明るい性格だが、先ほどガイヤに注意されたように、デリカシーが足りてない。


 それでも、注意してくれる仲間がいてくれるなら、遠慮なく話しかけられるが、ここには二人だけ……いや、正確には二人と一匹だけである。


 下手なことを口にして、フレイに泣かれてしまったら、フォローのしようがない。


 そう考えると、フレイに話しかけること……また、下手な返事をすることが躊躇われた。


 フレイはフレイの方でシルフを怒らせないように、必死だった。


 フレイの中では、シルフはとても短気で、ガイヤとしょっちゅうケンカしているイメージがある。


 それでもガイヤは上手くシルフと付き合えているが、フレイにはそんな器用な真似はできない。


 万が一にも下手なことを口にして怒らしてしまったら、取り返しがつかないだろう。


 それを恐れて、話しかけることはするが、そこから上手く会話が繋げられないでいた。


「ピー!」


 お互いが、お互いを思ってるがゆえに流れる無言の時間。


 そんな中、元気にシルフィードの鳴き声だけがこだまする。


「あ、いや、それはダメだ。あいつには近寄るな」


 シルフィードを膝にのせたまま頭をなでるシルフ。


 シルフだけが、シルフィードの言葉を理解する。


 フレイにはただの『ピー』としか聞こえないシルフィードの鳴き声も、シルフにとっては言葉なのだ。


「ん?シルフィードは今なんて言ったの??」


「あぁ、別に大したことじゃねーよ。こいつがフレイの近くにも行きたいって言ってきたから、それは、絶対にダメだって返しただけだ。」


「あ……」


 シルフにはデリカシーが足りない。


 だから、その言葉がどれだけフレイを傷つけるのかもわからない。


「そう……だよね……、私に近づいたら、イノチは燃えちゃうもんね……」 


 目線を下に向けて、見るからに落ち込むフレイ。


 体が炎で出来ている火人属。


 他の追随を許さない圧倒的強さの代償は、彼女にとってはあまりに大きい。


「まあな。でも良いよなフレイは、イノチに触れるだけで燃やせるって、もし、イノチがある敵が来ても、絶対無敵じゃねーか。」


 しつこいようだが、シルフにはデリカシーが足りない。


 全く足りてない。


 だから、落ち込むフレイに対して、笑顔で追い打ちをかけていく。


 いたら、絶対に歯止めをかけて、上手にフォローをしてくれたであろう、土と水の精霊は、ここにはいない。


 当然、まだ赤ん坊のシルフィードにそれを求めるのは、あまりに酷である。


「そうだね。でも、私はイノチに触りたい……。イノチの温かさを感じたい……。私も風人属に生まれてくればよかった。」


 半分笑ってるような、半分泣いているような、フレイの表情。


 それが、シルフの中にある、変なスイッチを刺激する。


「それって、俺が弱いって言いたいのか?」


 シルフの声が若干上ずる


 何がどうめぐって、彼の頭の中で、そのような結論が出たのかは分からない。


 ただ、シルフはフレイに対して昔から自分でも気が付かないうちに、コンプレックスを抱いていたのだ。


 風人属は、戦闘力だけ見るならば、四精霊の中で最弱。


 先輩たちも対ヒューマノイド戦では、前線で戦う他の三属性の精霊たちのサポートが主な仕事だ。


 シルフの望みは『誰よりも強くなること』


 それが、『最弱』というレッテルが貼られた風人属に生まれてしまった彼の中で、変なロジックを生んでしまっていた。


「そんなこと言ってないよ。シルフは弱くないよ、むしろ私の方がずっと弱いし……」


「それは、お前が強くなろうとしないからだろう!」


 怒声が飛ぶ。


 シルフィードがびっくりして、シルフの膝から飛び降りる。


 ガイヤがいたら、怒っていただろう。


 アクアがいたら、止めていただろう。


 だが、今ここにいるのは、二人だけである。。


 二人の言い争いを止めるものは、誰もいない。


「強くなんてなりたくないよ!イノチに触れないなら、シルフィードも抱っこすることができないなら、強さなんていらない!!シルフには分かんないよ!!」


「なんだと!!」


 シルフは立ち上がると、フレイに近寄ろうとして、躊躇する。


 ガイヤや、アクアが相手なら、遠慮なく手が出せる。


 だが、フレイには不可能なのだ。


 火人属と風人属では相性が最悪……という理由もある。


 だが、それ以上に、普段からオドオドしていて、ガイヤの陰に隠れてばかりいるようなか弱い相手に手を出したら、それこそ自分の中で何かが終わってしまう気がしたのだ。


「あぁくそっ!お前が、ガイヤみたいに殴り返してくるような奴だったら、手が出せたのに……」


 結局、地面に向けて思いっきり拳をぶつけるだけ。


「え?」


「殴ったら、フレイは泣くだろうが……泣く奴は殴れねーよ」


 それが結論。


 どんだけ生意気でも、どんだけ腹が立っても、シルフは泣くような相手には手を出さない。


 強くなりたいと望むシフルにとって、殴り返してくる度量もない相手を殴ることは、どんなことがあっても絶対にやりたくないことだった。


 結果的にこの争いはシルフの負けで決着である。


「あ、ごめんなさい……」


 私の方も言い過ぎた……とフレイが口にしようとした瞬間


「!?」


「!!」 


 二人の間に霧が立ち込める。


 両者で顔を見合わせる。


 実戦こそわずか一回だが、訓練自体は10年近くやってきている。


 二人の行動は早かった。


 咄嗟にやらなければならないのは、シルフィードの安全の確保。


 幸い、それほど離れていなかった。


 急いで、シルフィードを回収するシルフ。


 あれほど、怒鳴っておいて、あれほど怒りをぶちまけておいて、本当に情けない話だが、こうなるとシルフはフレイに頼るしかない。


 フレイもそれは分かっている。


 だから、フレイはシルフィードを完全に無視して、警戒態勢を取る。


 本当は震えるほど怖い。


 しかし、助けてくれるガイヤはいない。


 守ってくれるアクアもいない。


 臆病で、大して強くもない自分しかいないのだ。


 数は何人?どこからくる?フレイは周りに視線を巡らせる。


 霧が晴れる。


 そして、現れるのは……。


「イノチ ヲ ヨコセ……」


 自分たちの5倍の大きさはあろうかという、巨大なヒューマノイドだった……。



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