第14話「イノチの音」


「ついたー!」


「疲れた……。」


 海岸線上に広がる砂浜に籠を下ろして、膝から崩れ落ちるシルフ。


 彼ら四人と一匹の前には、どこまでも続く水平線が広がっている。


 海を見るのは四人とも、これが初めての経験である。


 想像を絶するほどの、雄大な大海原。


 この景色を見ていれば、ここから命が生まれたと言われても納得するしかない。


「お疲れ様、シルフ。」


 砂浜に寝転がってるシルフに近寄るフレイ。


「あ、いや、フレイ、もういいから、近寄らないでくれ。これ以上浮くのは嫌だ」


 だが、それをシルフは右手で制した。


「……あ、ごめんなさい」


「だから、どうしてシルフはそうデリカシーがないの?シルフを浮かすために、高熱を出し続けたフレイだって、疲れているんだよ」


 それを黙って見ていられる、お姉さん気質のガイヤではない。


 籠から出るなり説教である。


「うるせー、ただ籠に乗ってただけの、お前が言うんじゃねーよ」


「まぁまぁ、二人とも……」


 一触即発のところをフレイが制して、一時休戦。


 とりあえずと、アクアがシルフィードを籠から出して砂浜に下ろす。


 途端に倒れているシルフに近寄る、シルフィード。


「いや、ホント疲れてるんだけど……」


 口にはしていたが、近寄ってきたシルフィードの頭をなでるシルフの口は緩んでいた。


 最年少の第五世代フェアリー組には、後輩がいない。


 ある意味、生まれたてのシルフィードは、十年近くたって、ようやくできた彼らの後輩でもあるのだ。


「さて、では、何から始めようか?」


 シルフィードといちゃついているシルフは放っといて、残りの3人で実験スタートである。


 とはいえ……


「うん。何から始めるの?ガイヤ?」


 フレイの質問に固まるガイヤ。


 海には来た。


 そして、本に書いていある通り、海からイノチが生まれたというのも本当の事だろう。


 とはいえ、海のどの辺からなのか?


 これだけ広大だと、それを見つけるだけで何十年、何百年とかかりそうである。


「……あ、ガイヤ」


「なに、アクア?」


「海見て分かったんだけどさ。ガイヤの作った塩水……あれ、海じゃないや」


「え?」


「だって、海の水には、イノチの音が聞こえる」


 アクアの目線の先には、広大な大海原が広がっている。


 その瞳の色は、目の前の海と全く同じ、透き通った水色。


 水の精霊とはいえ、海に来るのはこれが生まれて初めての経験。


 星の表面積7割を占める、膨大な水の世界。


 生まれて初めて、その世界に近寄ることで、水属性のアクアは何かを感じ取ったのだ。


「やっぱり、ガイヤの言うことを信じた俺たちがバカだったんだー!」


「シルフ。そんな言い方ないよ。ガイヤも頑張ったんだし。」


 それとは他所に、落ち込む風属性となだめる火属性。


 うるせーよ。という言葉を、ギリギリのところで土属性は飲み込んだ。


 今はそれどころではないからだ。


「で、アクア。イノチの音ってどういうこと?」


「よくわからないけど、聞こえるんだよ。イノチの音が……。たぶん、この中には、まだイノチがある。」


「「「は?」」」


 あまりに衝撃的な言葉に、目が丸くなるアクア以外の三人。


 イノチがある。それはこの世界からイノチが消え去ったと思い込んできた、彼らからしてみると、予想だにしてない展開だった。


「イノチが残ってるってことか?」


「うん。この中の奥深く……ずっとずっと深いところに、イノチがある……その音がここから聞こえる。」


「俺には、何にも聞こえないけどな」


「私も……」


「私もだな」


 とはいえ、誰もアクアが嘘を言ってるとは微塵も疑ってはいなかった。


 目の前に広がる広大な水の世界。


 そこに水人属だけが感じられる『何か』があったとしても、不思議なことではないからだ。


「行ってみよう!」


「行くってどこに?」


「もちろん、海の中!」


 わかっていたが……と言わんばかりに、顔をしかめる残りの三人。


「無理言うな!こっちはシルフィードもいるんだぞ!」


 シルフから怒声が飛ぶ。


「でも、行ってみないと分からないよ。」


「だからと言って、海の中に行けるの、アクアだけでしょ!」


 海、広大な水。


 当然、火で出来ているフレイは入れない。


 空気で出来ているシルフも無理だ。


 大量の水は気体を溶かす。


「だから、ボク一人で行くよ」 


「「「ダメ!!」」」


 あまりに恐ろしい言葉に、三人はあわててアクアを止める


「なんでー?」


「当たり前だろう?目の前を見てみろ!海はこんだけ広いんだぞ!アクア一人で行って、ここに戻ってこれるのか?」


「そうだよ。危険だよ。海は海流もあるし、波もあるんだよ。」  


「海流ぐらい、ボクだって読めるよ!」


 自信満々に言うが、ガイヤもシルフもフレイもアクアの性格はよく分かっている。


 アクアは、おそらく海流を読めたうえで……迷う!


「ちなみに、アクア。北はどっち?」


「え?あっち??」


 と言いながら、アクアが指さした方向は……


「そっちは西!!」


 やっぱり、こいつ一人で行かすのはダメだ。とガイヤは頭を抱える。


 行ったが最後。二度と戻ってこれないことは容易に予想ができる。


「もうわかったよ。だったら、ガイヤが一緒なら大丈夫でしょ?」


 仕方ないなーと、頬を膨らますアクア。


 それに対して、何を言いだすのだお前、と言わんばかりに目を丸くするガイヤ。


「いや、なんで??」


「まあ、ガイヤが一緒なら……。」


「ガイヤが一緒なら、大丈夫かな……?」


 しかし、シルフもフレイも、彼女が一緒なら問題ないだろうと目線をあわせる。


 属性や能力の問題ではない。


 アクアの問題は、そのいい加減な性格であって、ガイヤのようなしっかり者が付いているなら、その欠点を補ってくれるだろうという、実に合理的な判断である。


「なんで、私が!?言っておくけど、私も水ダメだからね!体が水吸収しちゃって、重くなるんだから!!」


 両手を広げ、必死に抵抗するガイヤ。


「でも、消えないし、溶けないしな……。」


「それに、アクアの言う『海の中から聞こえる、イノチの音』というのも、気になるよ……。」


 『水に入るだけで消えてなくなる』火や風の精霊からしてみると、所詮『重くなる』程度では、拒絶理由にはならない。


 フレイとシルフは、決して気が合う性格ではないのだが、この時ばかりは見事な結託である。


 シルフィードを抱いたまま、あきらめろよと言わんばかりのシルフと、ごめんねと言いながらも、絶対に拒否させる気のないフレイ。


 ガイヤにこれ以上の抵抗は無意味である。 


「はい、決定!んじゃ、ガイヤ行くよ!」


 最後はアクアによる強制連行だった。


 腕をつかまれ、海に突入するアクアとガイヤ。


 お互いの力は均等……いや、ガイヤの方が若干上のはずだったが、海の近くで水人属には勝てない。


 アクアにずるすると引っ張られる形で、ガイヤは海の奥底へと連れていかれる。


「待って、待って!!いやー!水はいやー!!」


 顔が水につかるまでガイヤの声は遠くまで響いたが、それを見守る二人と一匹は、仲良く手を振り、元気に鳴き声を上げるだけだった。



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