第12話「『海』作成」


「それにしても、シルフ遅いなー。」


 土器作成に大した仕事のなかった風の精霊シルフ。


 属性的に仕方ないのだが、それでも一人仕事をしなかったということで、使い走りに回ってもらっている。


 かれこれ待つこと15分。まだ戻ってくる様子はない。


「ねぇ、私ここに居て良いのかな?」


 そんな中、ふとフレイがつぶやいてくる。


「え?どうしたのフレイ??」


 顔を傾け、不思議な顔を向けるガイヤ。


 師匠は言った。


 イノチを作るのは、第五世代、ネームドフェアリー4人の仕事だと。


 もちろん、その中にフレイも含まれている。


「だって、私は火だから……火はイノチを滅ぼすものだって……。」


 目が泳ぐフレイ。


 火は生み出すものではなく、壊すものである。


 “ヒト”の残した数多くの本の中でも、火は破壊の象徴であり、再生の象徴とされる水とは、対称の存在という場合が多い。


 もっとも、火の次に破壊力のあると言っても過言ではない水が『再生の象徴』というのも、ガイヤからしてみると、納得いかない部分ではあるのだが……。


「火が、必要とする命もあるんじゃない?」


 アクアの意見


「どういうこと?」


「ほら、師匠が作った木……だっけ?あれは、土と水を必要としたけど、中には、風と火が必要な命もあるんじゃないかな?」


 アクアの意見に、なるほど。と、ガイヤは顔をうなずける。


 たまたま、あの時師匠が作った木は、水と土を必要とした命だったが、それとは別に、火と風が必要とする命もあるということなのだろう。


「アクア、本読まないくせに、頭良いね!」


「ガイヤは変な本ばっかり読んでるから、頭悪くなるんだよ」


「なんだと?」


 アクアの言い分に顔をしかめるガイヤ。


 4人の中では、一番頭が良いと思い込んでるせいか、変なところでプライドが高いのが彼女の欠点である。


「私が、必要なイノチもあるのかな?でも……」


「大丈夫だよ!フレイ。それに、フレイは強いし」


 涙目になってるフレイに、ガイヤは両手をつかんで、笑顔を向ける。


 様々な問題こそあれど、破壊の象徴とされてきた『火』


 それをつかさどる精霊だけあって、フレイの戦闘力は、他の3人とは比べ物にならないほどに高い。


 ガイヤ、アクア、シルフが束になってかかっても、フレイには勝てないだろう。


「私、強くなくていいから……イノチを触りたい……」


 だが、当のフレイ本人はそれを良しとしない。


 フレイの目にはいつの間にか涙があふれていた。


「あ……」


 言葉を間違えた……と言わんばかりにフレイの両手をつかんだまま、顔をゆがめるガイヤ。


 前に師匠が作った木。


 フレイだけが触れることを許されなかった。


 理由は一つ、フレイが触れると、命が燃えてしまうからだ。


 火の精霊であるフレイは、木に触れることも、例のドラゴンの赤ちゃんに触れることも許されない。


 最強であるが故の、孤独。


 火人属であるフレイは、これからも、そういう場面が多くなっていくのだろう。


「そのためにも、火が必要とする命も作らないとね」


 遠目から見ていたアクアがフレイに笑顔を向ける。


 甘えん坊でいい加減。


 そんな水の精霊アクアだが、周りは良く見えてる。


 その言葉を聞いて、少しフレイの顔がほころんだのが、ガイヤにとってもうれしかった。


「おーい!」


 そんな話をしてるうちに、シルフが塩をもってやってくる


「遅いよ!シルフ!」


 時間にして20分。


 先生のいる医務室から、中庭までの距離を考えたら、かかりすぎである。


「うるせーな。シルフィードの様子を見てきてたんだよ」


「シルフィード?」


「あのドラゴンの名前、アクアもう忘れたの?」


「そうだった。まぁいいや。早速海作ろう!」


 遅くなったことをいつまでグチグチ言ってもきりがない。


 ガイヤたちは、さっそく水の貼った土器にシルフの持ってきた塩を投入する。


「で、どれぐらい入れればいいんだ?」


 シルフの質問


「わかんないけど、とりあえず、しょっぱくなればいいらしいよ」


 ガイヤによる、本の知識。海はしょっぱい。


 だから、それぐらいの塩を入れれば海になるということだ


「しょっぱい??」


「えっと……口に含んだ時に、味っていうのがあって……」


「あじ??」


 アクア、フレイ、シルフの三人の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。


 『味』と言われても、分からないのだ。


 精霊はシルフィードのような『イノチある生物』と違って、他の命をエネルギーとしない。


 口はしゃべるために必要なモノであって、そこからエネルギーを摂取するなんて、シルフィードを見るまで、知らなかったぐらいだ。


「とりあえず、なめてみよう」


 塩を入れて、出来上がった塩水を指に付けて舐めてみる。


 量が分からなかったので、シルフが持ってきた塩の約半分を、土器の中に入れてみた。


 水と塩が入り混じって水が濁る。


「うぇ、なんか、水を口から入れるなんて変な気分。」


 指をくわえて、アクアが顔をしかめる。


 『食べる』『飲む』という概念が、精霊にはない。


 つまり、彼らはたった今、史上初めて『水を飲んだ』精霊になったのだ。


「これが……しょっぱいなのか?」


 塩水を舐めてみてのシルフの質問。


 誰に聞いているのかは不明な上に、こたえられる者はいない。


 ガイヤもアクアも、首をかしげるだけだ。


 しょっぱいと言われたところで、今まで何かを味わうという経験がなかったのだ。


 何をもって、しょっぱいなのか?聞かれたところで、分かるはずもない。


「……私がやると、塩だけになっちゃう……」


 フレイは少量の水だと、蒸発してしまうのか、うまくできないらしい。


「で、結局、これで海はできたのか?ガイヤ?」


 疑問は尽きない。答えは出ない。


 何もかもが手探りで、何が正解なのか誰も分からない。


「たぶん、これで成功なんじゃないかな?」


 だから、ひたすら手探りで答えを探す。


 目の前の塩水が果たして、海なのかどうなのか、それは分からない。


 どちらにせよ、これで『イノチ』が生まれれば、成功なのだ。


 あとは、これでイノチができるまで見張るだけである。


 ……………


 ……………………


 …………………………


「できないね?」


「……うん」


 どれぐらい見張っていただろうか?


 少なくとも半日近くはたってるはずである。


 しかし一向に、イノチができる気配がない。


「塩が足りなかったのかも」  


「多すぎたんじゃないかな?」


「うーん……やっぱり、本物の海じゃないとだめなのかな?」


 結局、自分の知識で作ってみても、本物には勝てない。


 幸い、教会からだいぶ距離はあるとはいえ、海があることは知っている。


 実際に赴き、海を見てみるのが一番手っ取り早い方法だというのは、目の前の塩水を作る前から、分かっていたことではある。


「海かー。師匠に頼めば、連れて行ってくれるかな?」


「というより、本当に海から命は作れるのか?」


「だって、本にはそう書いてあったし……」


「その本が間違ってるんじゃない?」


 だとしたら、打つ手がない。


 なにせ、ヒントがないのだ。


 何もかもが手探りで、それこそ彼らが頼れるのは、この星から消え去った“ヒト”が残していった、数多くの本だけである。


 その数、数万冊。


 かつての人類が描き記した本の総数を知るものなら、それがいかに少ないかが分かるだろう。


 だが、ガイヤ一人が読むには、あまりに多い量であることも確かだ。


「とにかく、行ってみればいいんじゃないかなー?このままじゃ、らちが明かなないと思うよ……。」


「うーん、そうだね。師匠に頼んでみよう」


 結局、フレイの意見を採用することになった。


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