第10話「闇の精霊」
「先生いるー?」
礼拝堂からだいぶ離れた場所、ガイヤが住み着いていると言っても過言ではない司書室。
そこから3つぐらい隣の部屋は、『治療室』と呼ばれ、傷ついたフェアリーが、よくここに運ばれてくる。
そこには『先生』と呼ばれる、師匠とは別の意味で、彼らの親代わりの精霊が常駐している。
師匠とは対照的に、髪の色は、真っ黒で長い。
身長も師匠の胸位の高さまでしかない。
細い線と、丸みを帯びた身体。
釣りあがった目と、小さい口。
壮年期の男性型をしている『光の精霊』である、師匠とは対を成す、壮年期の女性型をしている『闇の精霊』である、先生。
師匠がみんなのお父さんというのなら、先生は、その姿から、みんなのお母さんともいうべき存在である。
あまり表に出ないのは、先生は『夜』の担当だからだ。
師匠の時間である、『昼』に活動するが多い精霊たちは、夜に活動をする先生とは、あまり顔を合わせることがない。
「あら、どうしたの?シルフ珍しい」
「先生、塩ある?あったら、欲しいんだけど」
「塩?そりゃ、あるけど何に使うの?」
言いながら先生は奥の棚から、真っ白い粒々が入った小瓶を取り出してくる。
この部屋には、他の部屋にはない特殊な薬品、素材が山のようにあふれている
長い時をかけて集められた、生命の残骸……。
先生の仕事は星の記憶の採取と保管。
それが、何の役に立つのか、本人ですらわかってない。
「海を作るんだ!」
塩を受け取り、満面の笑みを返すシルフ。
ヤンチャ坊主という言葉がピッタリのシルフも、先生の前では素直でいい子である。
それだけ、彼女のもつ包容力は精霊たちに安らぎを与えるのだ。
「は?海?」
「そう、海。先生知ってるか?『イノチ』っていうのは、海から生まれたんだぞ。」
ガイヤに教えてもらった知識を自慢げに披露する。
師匠から与えられた使命。
『イノチ』を作り出せ。
いきなり、そんなことを言われても、どこから手を付けて良いのか分からないので、とりあえず、本を調べることにした。
主に、ガイヤが……。
そして、生命の誕生は、海からだということを突き止めたのだ。
とはいえ、海は遠く四人で行くには、ちょっと大変だ。
そこで、海を作ることにした。
海は塩水で出来てるらしい。
ならば、塩水を作ればそれは、海になるという発想である。
師匠からイノチを作り出せと言われたときは、ただ茫然とするしかなかった四人だったが、案外簡単に作れそうでなによりである。
「そう……まぁ、何事も試行錯誤は良い事よね。」
それに対し、引きつった笑顔で返す先生。
結果はもちろん分かっているのだが、あえて言うような真似はしない。
その失敗から、何か学ぶこともあるかもしれないからだ。
やっても無駄。
それは、未来を担うこれからの世代に使う言葉ではない。
「あと、シルフィードいる?」
「シルフィード?」
「あの、ドラゴンの名前だよ。あれは、俺の竜なんだろう?」
星が残した最後の希望。第三世代フェアリーの遺言が示した四匹の創生竜。
最初に生まれ、彼らの下にやってきたのは、空をつかさどる、風竜だった。
風人属のシルフにだけ声が聞き取れたのは、そのためだったのだ。
他にも、水竜、火竜、土竜がどこかにいるはずだが、今生まれたところで、彼らのエネルギーとなるものが、どこにもない。
まずは、何はなくとも『イノチ』を作り出すことが最優先だ。
「素敵な名前ね。でも、今は寝てるわよ」
「寝てる?」
「そう。今起きたところで、あの子の食べるものは、どこにもないからね。もうしばらく、あなたたちが、命を作り出せるまで、寝てもらっているの」
闇の精霊は『夜』の担当。
夜は多くの生命が眠る時間。
先生は、数多くのイノチを眠らすことができる。
逆に言えば、光の精霊である師匠は数多くの生命を目覚めさせることができる。
先日、紛い物とはいえ『木』を一時的に生やすことができたのは、師匠が星の記憶から、一時的に木を目覚めさせたからだ。
決して『誕生』したわけではないので、すぐに枯れてしまったのは、そのせいでもある。
あくまで、生命を『誕生』させることができるのは、第五世代フェアリーである、シルフ達4人にしかできないことだ。
「やっぱり、イノチっていうのは、眠るんだな。あぶねーな。こんな時に襲われたら、どうするんだろう?」
「そうなっても大丈夫なように、昔の生き物は、色んな工夫をしていたのよ。ガイヤに聞いてみたら、色々教えてもらえるんじゃないかしら?それとも、シルフも文字を覚えて、本を読んでみる?面白いわよ」
教養は大事だ。
新しいことを成すためには、古い知識が必ず必要になる。
命をこれから作ろうとする彼らに大事なことは、過去に命を作ろうとして失敗してきた、先人たちの多くの経験と知識。
もしかしたら、全く違うところからもヒントを得るかもしれない。
何にせよ、教養や知識はあって無駄になることはない。
しかし、それを聞いてシルフは途端に顔をしかめる。
「ゲェ、どっちもごめんだ。俺は強くなりたんだよ。勉強とか、あいつに任せておけばいいんだ。」
シルフの頭に浮かぶのは、事あるごとに人をバカにしては偉そうな態度をとってくる土の精霊の姿。
あんな奴みたいになるのは、まっぴらごめんである。
「戦いに強くなるためには、勉強も必要だと思うけどね。それじゃあ、命づくり頑張ってね」
手を振って笑顔を返す。
その姿は、かわいい我が子を見守る母親そのものである。
「おう、ありがとう。先生!」
それに対して同じように手を振って、シルフは治療室を後にする。
「強くね……。そうね。あなた達四人は誰よりも強くならなくちゃいけないのよね。可哀想に……。」
シルフが去った後、一人残された先生のつぶやきを聞く者は誰もいなかった。
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