第8話「『イノチ』の食べ物」
形もまっすぐと呼ぶには難しい凹凸がいたるところに見える。
本で見るのとはまた違う、とても美しい姿である。
だが、本で読んだガイヤだからこそ分かる。この木は未完成だ。
幹と枝だけでは木は完成とは言えない。
緑色……葉っぱが必要なはずだ。
「アクア、この木の中に水を流しなさい」
その師匠の言葉に、ここにいる全員の視線が木からアクアに移る。
え?なぜこいつが?……全員が、そんな表情だった。
「え?はい」
しかし、指名された当の本人は、そんな仲間や先輩たちの視線をまったく気にする様子もなく、ゆっくりと木の幹に手を触れる。
それが面白くないのが、指名されなかった他の精霊たち。
「あ、いいな!私もやりたい!」
「あの……私も……」
ガイヤ、フレイに続いて、先輩たちも、手を挙げる
「お、俺たちも!」
「私たちも!!」
「ならぬ!!」
しかし、師匠は大声をあげて、それを制する。
「この木は、命だ。お前たちのような、力のある精霊たちが下手に障れば、壊れてしまうぞ!」
精霊の力は、いわば天変地異を軽く起こせるレベルのモノである
それは、先ほどの戦いでフレイが一瞬でガイヤの鋼鉄の腕を溶かしてしまったことからも分かるだろう。
1600℃といえば、大半の生物が生存不可能なほどの高温だが、彼ら精霊からしてみると、ちょっと熱い程度の認識でしかない。
そんな力の加減が分からない精霊たちが、木に触れればどうなるのか、想像するのはたやすい。
「なんと!?木だと思ってたのに、これがイノチなんだ……」
「いや、ガイヤ……まぁいい。その認識で」
師匠は、何かを説明したかったようだが、目を輝かして木を見つめるガイヤを前に、色々とあきらめることにした。
「師匠いい?」
「あぁ、頼む」
アクアは目を閉じると、木に水を流し込む。
それを興味津々に見つめる他の精霊たち。
気が付けば、シルフをぬかした全員が身を乗り出して、アクアに迫っていた。
「ねぇねぇ、アクア、どんな感じ?温かい?冷たい??」
「どう、アクア?軟らかいの?それとも固い??」
ガイヤもフレイも、イノチに触りたくて、うずうずしてしまう
シルフだけは、竜を抱っこしているせいか、いつの間にか、距離を置いていた。
変なところで母性本能が目覚めたのかもしれない。
シルフは男性型の精霊なので、この場合は父性と言った方が正しいのかもしれないが。
「ちょっと、黙っててよ。師匠、これ……難しいよ」
「お前にしかできないことだ。もっと言ってしまえば、お前にならできることだ」
「う~ん……」
アクアは一瞬だけ困った顔をすると、また意識を集中しだす。
「あ」
そこで、何かを感じたのか再び目を開けると……。
「ガイヤ。手伝って」
アクアはガイヤの方に顔を向ける。
「え?いいの?私もいいの?」
「うん、土の力がいる。水を流してて分かった」
「おぉ~!!やった!!やったぞ!!」
思わず両手を挙げて、ガッツポーズ。
「お、俺は??」
「あ、あの……私は??」
そこに遠くから見てたシフルと、近くにいたフレイが乗り出してくるが。
「う~ん……風と火の力はいらないかな?」
それを聞いて、目に見えて落ち込む二人。
「師匠、新米精霊より、俺たちの方が……」
さらに後ろで見ていただけの、先輩が聞いてくるが……。
「忘れたの?私たちは、第4世代のファイトフェアリー。この子たちは第5世代のネームドフェアリー。持ってる力が違いすぎるのよ」
他の先輩が、それをあきらめなさい。と言わんばかりに制した。
戦闘終了時にも水人属の先輩に言われた「ネームドフェアリー」
ガイヤたち新米4人の精霊にとっては、初めて聞く単語である。
当然、どんな意味なのかもいまだ分かっていない。
「じゃあ、ガイヤお願い。ガイヤは下ね。床に手を付けて」
「はいよー」
アクアに言われた通り、床に手を付ける。
瞬間
「え?なんだこれ?ある……地面の下に何かある!!」
思わず、声に出る。
ガイヤにとっては初めての経験である。
いや、頭では分かっている。
おそらくは『根っこ』だろう。
木は地面の中からエネルギーを吸収することは、本を読んで知っていた。
だが、実際に触れて感じるのでは、あまりに違いすぎる。
地面の中から感じる生命エネルギーは、ガイヤが生きてきた短い生涯の中で初めて経験する感覚だ。
「どうしたの?ガイヤ。何があるの?」
「たぶん根っこ。でもなにこれ?なんだこれ?」
もはや興奮のあまり、数多の本を読んで培った語彙力を失うレベルである。
「なるほど。ガイヤ感じるか?この木の命は、地面からエネルギーを吸いだす。土のエネルギーを命に代えるのだ。」
師匠が、水だけではだめだったのか?と感心した声を上げる。
彼も土のエネルギーまでが必要だとは知らなかったのだ。
「んじゃ、ガイアお願いね。」
「了解」
やり方は聞かれなくても分かった。
この木は、土から栄養を欲しがっている。
だから、この木の下にある土に栄養を送ってあげるのだ。
ガイヤとアクアは木に意識を集中する。
栄養を送り、水を送る。
リン酸、カリウム、タンパク質……欲しい栄養素は複雑で多岐にわたる。
木の声を聴き、慎重に丁寧に、根っこから土のエネルギーを幹から、水のエネルギーを送っていく。
しばらくして枝から白い楕円形のふくらみが生えてくる。
蕾だ。
「おい、ガイヤ、アクア。なんか出てきたぞ大丈夫なのか?本当に大丈夫なのか?」
遠くからシルフが心配そうな声を上げるが……。
「大丈夫、これであってる。シルフは遠くからその竜を抱えたまま見てて、危ないから」
「お、おう……。」
危ないと言ったところで、何がどう危ないのか、説明できるものはいない。
ここから先、この木に何が起こるのか、分かってるものは誰もいない。
ただ、何が起きてもいいように、大事なドラゴンは距離を置く必要がある。
そう判断したに過ぎない。
「あの……私は……?」
「フレイは私と共にいなさい。火はイノチの天敵なのだから」
フレイは師匠に抱きかかえられて、遠くに追いやられる。
それを見てアクアが、ちょっとだけ羨ましそうな表情を浮かべたが、すぐに木に集中を戻す。
余計なことを考える余裕など、今の水と土にはない。
「アクア!」
「分かってる」
ガイヤとアクアはさらに意識を集中させる。
枝から生えてきた蕾。
これを成長させるのは、至難の業だ。
水が多すぎてもダメ。少なすぎてもダメ。
栄養も与えすぎてもダメ。もちろん、少なすぎてもダメ。
必死に目の前の木の様子を感じながら、土と水を調整する。
「おぉ~!」
先輩たち、そして、師匠からも声が上がった。
ツボミが成長して、大きく数枚の平たいレンズ状をした、美しい形に変わる。
花……と呼ばれるものだ。
真っ白く生命力にあふれる色。
灰色の世界しか知らない精霊たちにとって、初めて見る色である。
それが、無数に木の上空に咲き乱れる。
その姿はとても美しく、どこまでも見とれてしまう姿だ……。
ガイヤは本で読んだ知識を思い出す。
『花見』と呼ばれる、“ヒト”が花と共に行った祭り。
初めて理解をした。いったい、どうして“ヒト”は花を眺めるだけのことに楽しみを覚えたのか?
当たり前だ。このような美しい光景が“ヒト”がいた時代にはたくさんあったのだ。一日中だって、見ていられる。
「なに……これ?姿が変わった。魔法なの??」
「これが、イノチの持つ力だ。」
フレイも、そして彼女を抱きかかえている師匠もその光景に、言葉を失う。
少しでも知識があるものなら、『花』の存在は知っている。
だが、実物は本で読んだものとも、話で聞いていたものとも全く違う。
そんなことがあるはずがない。数多くの精霊が思っていたことが、実際に目の前で起きている。
先程まで幹と枝しかなかった木に、数多くの花が咲き乱れる。
生命の『進化』『成長』『変体』そして『老衰』
それは、生まれた時から姿の変わらない精霊たちにしてみると、あまりに神秘的な光景だった。
「ガイヤ、集中切らさないで!まだ終わってない!」
「あぁ、ごめん」
アクアに注意されて、もう一度地面に意識を集中する。
木が花をつけることは、過程の一つ。まだ終わりではない。
この木は実を結びたがっている。
そのために、ガイヤとアクアは、集中して木にエネルギーを送る。
花が落ちる。
でも、そこから緑色の小さな塊が出来上がる。
それをさらに成長させる。
「難しい……」
思わず口に出る。
アクアの額には汗がにじんでいた。
ガイヤは土属性故に、汗こそ出ないが、先ほどから、めまいがしそうなほどにエネルギーを消費している。
大量に必要なわけではない。調整が難しいのだ。
師匠の言葉通り、イノチというものはこれほど繊細なのかと、二人は身をもって思い知らされる。
アクアとガイヤは目線を合わせ、呼吸を合わせ、さらには声を掛け合って、慎重に、丁寧にエネルギーを調整しながら木に送り続け、緑色の塊を大きくさせていく。
その、あまりに神秘的な光景に、精霊たちは言葉を失い、木を見つめ続けた。
「なんだ?何だこれ??すごいぞ。アクア、ガイヤ。すごいぞ!!」
「うるさい!シルフ、黙ってろ!!」
怒るつもりはなかったのだが、あまりに慎重な作業の連続故に、小さなことが、ガイヤの気に触れた。
「ガイヤもうるさい!集中させて」
それをアクアが制する。
かれこれ、数十分……ガイヤとアクアから見たら、何時間、何日とも思えるほどの時間が経過して、木の実は丸く大きく、そして赤々と実った形に変わる。
これで、完成。アクアとガイヤはそれを見て、木の陰に大の字になって横たわる。
「つ……疲れた……。」
「エネルギーが、もうないよ……」
先輩たちが、それ見て二人に近寄ると
「凄いぞ、お前たち!!」
「お疲れ様。今すぐ、水と土を用意するわね。」
大事に抱きかかえられて、先生のいる医務室まで運んで行こうとする……が……。
「せっかくだから、最後まで見たい。」
「……うん」
この二人の意見に、先輩たちに抱きかかえられる形で、最後まで様子を見ることになった。
ここから先は、師匠と風の精霊の出番である。
「シルフ。あの赤い塊を、ドラゴンに食べさせてあげなさい。あれが、創生竜のエネルギーだ。」
師匠はゆっくりとフレイを下ろすと、木の頂上付近にできた、赤い木の実を指さす。
残念ながら、あれほど多くの花を咲かせておきながら、出来上がった木の実は、わずか一つで、残りはすべて枯らしてしまった。
それほどまでに、この木の実を作る過程は複雑で難解だったのだ。
それでも、初めてでここまでできたのだから、上出来だと、師匠は二人を褒めた
「えぇ!これがこいつの、エネルギー?」
シルフは驚いた声をあげながらも、赤い塊がなってるところまで飛んでいき、唯一出来上がった真っ赤な木の実をもぎ取る
この木の生命を注ぎ、そして水と土が渾身の力を込めて作り上げた、たった一つの神秘的な宝石をもぎ取る風の精霊は、さながら悪魔の化身にすら映った。
風は植物から我が子を奪い去る悪魔だが、その恩恵は数多くの生命を支え、そしてより多くの植物の繁栄に携わった神の恵みであることを、幼き精霊たちは知らない。
「ほら、これで良いのか?」
シルフは真っ赤な木の実を抱きかかえたままの創生竜に与える。
それを口から体内に取り込む創生竜
「え?口って、そういう使い方するものなの?」
驚いた声を上げるガイヤ。
当然だ、精霊達にとって『口』は言葉を話すための器官であり、エネルギーを取り込むためのものではない。
むしろ、口からしかエネルギーを吸収できないなんて、もし口をなくしてしまったら、どうなるんだ?とすら考えてしまう。
もっとも、『口』がない生命もかつては普通に存在していたのだが……。
『ピー!』
今度は、言葉の分からない土、水、火の精霊でも伝わった。
このドラゴンは喜んでいる。
「創生竜は、お前たちとは違い、『命』がある生き物だ。そして、命ある生き物は、他の命をエネルギーに変える。」
それを見て満足気な表情を見せる師匠。
“イノチ”は他の“イノチ”をエネルギーとする。
すごく、当たり前のことなのかもしれないが、土、風、火、水をエネルギーとしている精霊たちにしてみると、あまりに不思議なことであった。
そしてそれは、イノチなき世界において、創生竜のエネルギーとなるものが存在しないということを示す。
「師匠、木が……」
フレイが実をもぎ取った後の木を指さす。
そこには、我が子を失った木が、そのエネルギーを使い切ったかのように、しおれていく姿が目に見えた。
時間にしてわずか数十秒。木はあっという間に朽ち果て、やがて崩れ落ちる。
「やはりな……私の力では、このような『紛い物』を作ることで精いっぱいだ」
師匠の悲しそうな声。
自分の力のなさを痛感しているのが、その表情からよくわかった。
「この役割は、もっとお前たちが実戦経験を積み、先輩たちから様々なことを学んでから、伝えるつもりだったのだがな……。」
言うと、師匠はガイヤ、アクア、シルフ、フレイを眺め……。
「お前たちの本当の役目は、ヒューマノイドから教会を守ることではない」
「え?違うの?」
「師匠、ボクたちに嘘ついたの?」
「あの……戦う事じゃないんですか?」
師匠は首を横に振る。
「お前たちの本当の役割は、こんな『紛い物』ではなく『本物』の命を作り出すことだ」
第五世代。別名ネームドフェアリー。
長い年月をかけてようやく生まれた、シルフ、ガイヤ、アクア、フレイのたった四人の新世代。
彼らの命をめぐる冒険が、ここから幕を開けるのだった。
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