第7話「風のドラゴン」
教会の中は、大騒ぎだった。
先輩たち全員が礼拝堂に集まり、師匠も苦い顔をしている。
師匠の前には、ガイヤ、フレイ、シルフ、アクアの4人が立っており、さらにその前には小さなドラゴンが、こちらを楽しいのか、それとも怖がっているのか、よくわからない表情で眺めていた。
「なにこれ?」
「見たことないぞ」
「変な声が出てる。生きてるの?」
先輩たちも興味津々だ。
「まさかな……お前たちが見つけてくるとは……」
師匠が頭を抱えて苦い表情を浮かべる。
なんてことをしてくれたんだ……その表情が訴えていた。
「師匠、これドラゴンですよね?」
ガイヤがドラゴンを指さす。
目の前で興味津々にこちらを眺めている、小さな生命体は、ガイヤがかつて本で読んだドラゴンの特徴、そのすべてを兼ね備えていた。
あえて言うならば、ガイヤが知ってるドラゴンの鱗の主な色は緑色だったが、目の前で可愛らし気な表情を浮かべるドラゴンの鱗は黄色だということだろうか?
本の知識をそのまま受け入れるなら、ドラゴンは本来何メートルもあろうかという巨体だが、目の前のドラゴンは体長50センチにも満たない、ガイヤたち『児童体』の精霊でも簡単に抱きかかえることができるぐらいの大きさ…というのも大きな差異である。
もっとも、それはドラゴンが生まれたばかりの赤ん坊だということで、説明がつくのだが。
「その通り、これはドラゴン……創生竜だ」
創生竜……ガイヤたちにとっては、初めて聞く単語である。
「師匠、こいつお腹空いてるって言ってるんですけど」
ドラゴンを指さし、師匠に顔を向けるシルフ
その言葉に、全員が……それこそ師匠までもがシルフの方に驚いた顔を向ける
「あ、そういえば、シルフだけこのドラゴンの声が聞こえるんだっけ??」
ガイヤの言葉を聞いて、先に言えよ!! と先輩どころか師匠からも声が上がった。
仕方ないのだ。初出撃、イレギュラーな戦場、そして、未知の生命体との遭遇と、この数時間で、あまりにいろんなことがありすぎて、新米4人の精霊が冷静に物事を考え報告する余裕などなかったのだ。
「お腹が……すく?お腹が空くってどういうこと?」
アクアの質問。
数多くの本を読んでいるガイヤも、生命は“お腹が空く”ことは知っている。
だが、実際に空腹というものがない精霊たちからしてみると、知識として知ったところで、それがどんな現象なのか体験することはない。
「そうだな。お前たちの感覚で、簡単に説明するならば、エネルギー切れだ」
「え?そういうことだったんですか?師匠」
多数の本を読んでいるガイヤもそれは初耳だった。
「なんだ、そういうことか。エネルギーが切れたなら、そう言ってくれよ」
言うと、シルフは風を巻き起こす。
「これで、どうだ?もっと、強風の方がいいか?」
風人属のエネルギーは風。
風を浴びることで、そのエネルギーを補給する。
『ピー!』
しかし、ドラゴンは大きく鳴くだけだ。
「あれ??」
シルフの不思議そうな声。
どうやら、風ではエネルギーを補給できなかったらしい。
「風じゃないんじゃない。やっぱり水だよ」
と、アクア。
「土なんじゃないの?」
と、ガイヤ。
「あの……炎かもしれないよ」
と、フレイ。
「水は惜しいが、創生竜のエネルギーはそんなものではない」
師匠が、やれやれとため息をつく。
後ろで先輩たちが、「水が惜しいのなら、硫酸とか?」「マグマの可能性もあるぞ」「いや、液体で言うなら、水銀という可能性だって……」と、様々な憶測を飛び交わしているが、とりあえず無視だ。
「お前たち、下がってなさい」
師匠が四人を下がらせ、一歩前に出る。
それを見て、何かを感じたのか、シルフに飛びつく黄色い創生竜。
反射的にシルフは竜を抱っこする形になる。
「あ、いいなー、ボクにも!」
アクアがすかさず手を差し出すが、後でな。と一蹴されてしまった。
今は師匠が何をするのか、眺める時である。
後ろの先輩たちも、我先にと前に乗り出し、何が始まるのかと師匠に視線を送る。
「竜は、命を持つ生物だ……そして、命がある生物は……」
言うと師匠は床に手を付けて……
「フンッ!!」
掛け声とともに、力を込める。
瞬間、地面から生えてくる、白や茶色を基調とした複雑な色をした、いびつな形をした野太い棒。
ガイヤがそれを『幹』だと分かるのに時間がかかった。
そして、幹がガイヤたちの頭上はるか上空、それこそ礼拝堂の天井ギリギリのとこまで伸びると、上の方から枝がにょきにょきと生えてくる。
「なにこれ!?」
「木だ……」
精霊たちの視線ははるか上空、木の頂上から離れない。
ガイヤも本で読んだからこそ知識はあるものの、本物を見るのはこれが初めてである。
「すごい、きれいな色」
アクアの感嘆した声が響く。
この世界には存在しない、複雑な色。一見すると汚らしくも見えるのだが、生命力にあふれる色は、精霊たちにとっては、とても美しいものに映った
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