第5話「”ヒト”の武器」
「プラス……なんだそれ?」
「“ヒト”が作っていた素材の一つだよ。でもだったら、簡単だ。どおりで、シルフでも、倒せると思ったよ」
ここでの、ガイヤの推測は間違っている。
プラスチックは有毒ガスは発生はしないし、形状も元には戻らない。
おそらくは『ゴム』が正解だったのだろう。
そんなガイヤの推測は大きく外れていたが、彼女の導き出した答えは、ほぼ正解に近いものだった。
ガイヤは目を瞑り集中する。
そして……
「『metal』!!」
右手を真横に振りながら、叫ぶ。
それが、彼女なりの“スイッチ”の入れ方だった
瞬間、ガイヤの右腕が灰色の鋼鉄の素材に変化する。
土人属ガイヤの属性は『土』
そしてその管轄は、すべての『個体』
岩、土、それ以外にもすべての鉱石、鉱物が、土人属の管轄に入る。
土人属、土属性を持つ精霊は、あらゆる『個体』を操る精霊なのだ。
「お願い、フレイ!私の右腕を溶かして!」
だが、ガイヤにできるのはここまで、
ただ右手を鋼鉄に変えた程度では、あのヒューマノイドは倒せない。
ここから先は、他の仲間の協力が必要だ。
「え?うん」
フレイが両手でガイヤの右腕を握る。
鉄の融点は1600℃
フレイは集中して、一気に温度を上げる
「うわ、熱い!蒸発する!」
「まて、俺も体が浮く!」
突然の高熱に、たじろぐ風と水。土と火は大して気にする様子もなく、どんどん熱を上げていく。
「ありがとうフレイ!やっぱり、フレイは強い子ね!」
真っ赤になってドロドロになった、ガイヤの右腕。
ここまで溶ければ大丈夫
ガイヤは意識を集中して、溶けた右腕の形を整える。
そして……。
「アクアー!!」
「え?なにガイヤ??」
溶けた右腕を思いっきり、アクアのお腹に突き刺した。
プシューという、音がして、アクアの体積が少し減る。
「おい、ガイヤ!!何するんだよ」
怒り心頭にガイヤに突っかかるが、ガイヤの耳には届いていなかった。
「できた……」
鋼鉄をドロドロに溶かし、形を整え、水で急激に冷やす。
出来上がったのは、鋼鉄で出来た刃物。
硬度5.5
決して固い鉱石とは言えないが、鋭く鋭利な形は、水人属が作り出す氷の刃に負けないほどに、優れた切れ味を出す。
本来ならば、もっと複雑な工程を踏むのだが、土人属ゆえに鉱石の中の比率、硬度、そして、炭素濃度と言った細かい調整は、体内で、調整する。
(やっぱり、本は読んでおくものだ。)
ガイヤは刃となった右腕を見て、高揚する
“ヒト”が作りし遺物の一つ。『刀』もしくは『剣』ともいう。
30℃ぐらいの温度では決して解けず、炎のように絶えずエネルギーを消費する必要もなく、ただ、振り回すだけで、対象物が切れる優れモノ。
精霊では思いつかない“ヒト”だからこそできる発想である。
「いくぞ!」
ガイヤ、突貫。
まずは身近なヒューマノイドに切りかかる。
横一閃。
純白のヒューマノイドは、多少歪んで耐えたものの、すぐに真っ二つに切断され、霧散して消えていく。
それが、あまりに簡単すぎて、逆にガイヤが驚いたぐらいだ。
「いける!行けるぞこれは!」
霧散したヒューマノイドを眺めて、笑みがこぼれるガイヤ。
当然、有毒ガスが発生する様子もない。
ガイヤの想像以上に、剣という武器は今回の相手には相性が良い物だった。
ワンサイドゲームを確信した、幼き土の精霊は次の目標を決めて、走り出す。
しかし、土は大地である。
動かず、留まり、生命の足元を支え続けるものである。
つまり何が言いたいかというと、土人属であるガイヤは、脚が遅い……それに加え、本人が本ばかり読んでる文系だからなおさらである……。
「遅い!ガイヤ。これだから、土人属は!」
そんな中、いつの間にかシルフが真横についていた。
「うるさいな!こっちは身体が土で出来てるんだから、仕方ないでしょ!」
「掴まれ!ガイヤ」
言われて、シフルの右手をまだヒトの形をしている左手でつかむ。
瞬間、ガイヤの身体が風に乗せられて、宙に浮く。
「うわっ!一言いなさいよ!」
「うるせぇ、てか、ガイヤ重いぞ!少しやせろ!」
土は支え、水は流れ、火は揺らぐものだとしたら、風は運ぶもの。
風人属のシルフに運べぬものなどない。
……例え、それがどんなに重い土の精霊でも。
「とにかく、つっこんで!」
「おうよ!」
ガイヤ、シルフに乗せられて特攻。
二体目、撃破。
続けて三体目、四体目と続く。
刀はそれでも切れ味を失わない。
さきほど、どこぞの馬鹿が繰り出したかまいたちとは、大きな違いだ。
「フフフ……今宵も虎鉄の錆にしてくれる」
「なんだ?それ?」
「私もよくわからないけど、刀で切ったら、こういう風に言わないといけないみたいな、決まりがあるんだって」
先日ガイヤが読んだ本。タイトルは『剣客商売』
内容は半分も理解はしてない。
「やっぱり、“ヒト”はよくわからん」
五体目。いや、気が付いたら、いつの間にか、ガイヤとシルフは6体ものヒューマノイドに囲まれていた。
身長が130センチにも満たない二人が、2メートルもあるヒューマノイドに囲まられると、完全に影に隠れて周りからは見えなくなってしまっている。
『カタナダ オマエ ガ イノチ ヲ カクシテルノカ?』
ヒューマノイドから奇声が響く。
「イノチ?」
「そうなんだ。こいつら、さっきからイノチを寄こせって、ガイヤ『イノチ』ってなんだ?」
「確か、“ヒト”がまだこの星にいたころにいた、生き物が、持っていたものだと思うけど……」
しかし、ガイヤたちは持ってないはずだ
「そんな昔のモノ、残ってるわけねーだろう!!」
前のめりになってヒューマノイドに噛みつくシルフ
「ごめんなさい。私たちは『イノチ』……っていうの?それは持ってないの」
それとは対照的に、頭を下げるガイヤ。
もし、ヒューマノイドの狙いがイノチなら、とりあえず、持ってないことを説明して、ここはお引き取り願おうという算段だ
『ウソダ タシカニ ココニ イノチ ノ ニオイガアル ドコニカクシタ?』
だが、ヒューマノイドは引き下がらない。
二人を囲んでいる6体のヒューマノイドのうち一体がガイヤのまだ人間の形をしている左腕をつかむ。
「なっ!!」
慌てて、自らの腕を砂に変えて逃れるガイヤ。
「逃げるぞガイヤ!!」
それを危険に感じたのか、シルフはガイヤをつかむと、一気に上昇する。
ヒューマノイドに空を飛ぶ力はない。
危機一髪。
いくら、ヒューマノイドに精霊を倒す力はないとはいえ、対格差は二メートル強と130センチ弱。
無傷というわけにはいかないだろう。
「イノチの匂いって……そんなの分かる?シルフ?」
シルフに捕まれ、上空5メートル。
これ以上は、彼の力ではガイヤを浮かすことは不可能なのだ。
「俺に聞くな。そもそもイノチって何なのか分からないのに、臭いなんて分かるか?」
なるほど、と納得してガイヤは下にいるヒューマノイドに目を向ける。
下から、こちらをずっと眺めるヒューマノイド。先ほどより数が増えている。
どうやら、逃がしてくれる気はないようだ。
「困ったな……」
手に顎を当て考えると……
『オマエタチヲ ケセバ イノチガ テニハイル』
『ソウダ オマエタチガ キエロ』
ヒューマノイドは空を飛べない。
……はずだった。
しかし、今回の敵の素材はプラスチック……もとい、ゴムである。
質量がとても軽く、そして、弾力があった。
ヒューマノイドの一体が、もう一体のヒューマノイドを勢いよく踏みつける。
何をしているんだ?と考える暇すらなかった。
下になったヒューマノイドの弾力を利用して、上空にいるガイヤとシルフのところまで飛び掛かってきたのだ。
「え?」
「ちょっと!」
こちらにつかみかかってくるものを、ギリギリのところで避けるシルフ。
だが、ヒューマノイドのジャンプアタックは止まらない。
次から次へと、ヒューマノイドがこちらに向かって飛んでくる
「シルフ、もっと上!」
「無理言うな!!ガイヤ、もっと痩せろ!!」
「そっちこそ無理言うな!!」
万事休す。
「『diamond』!」
「『obsidian』!!」
そんな中、助けに入ってくれたのは、土人属の先輩たちだった。
跳躍を続けるヒューマノイドに、割って入ると、右腕を切れ味の鋭い黒曜石、もう一人は、世界一固い鉱石であるダイヤモンドに変えて次々と切り付けていく。
「先輩!」
わずか数十秒。
二人の先輩が、この辺りのヒューマノイドを殲滅してくれたので、上空に逃げていたガイヤとシルフは地面に戻る。
「すごいな後輩。その発想はなかったぞ」
あたり一帯を殲滅して落ち着いたところで、上からガイヤの頭をワシャワシャと左手でかき乱してくる成人男性型をした土人属の先輩。
愛情表現なのだろうが、仮にも(幼児体型とはいえ)女性の姿をしているガイヤからしてみると、ちょっとムカッとする行為だった。
黒曜石とダイヤモンド。
ガイヤが作り出した鉄なんかより、ずっとずっと固く、鋭い切れ味を持っている鉱石だ。
「このまま一気にせん滅する。後輩、やれるか?」
笑顔で左手を差し出してくる先輩
「はい。大丈夫です」
それに対して、ガイヤも左手を差し出す。
右腕の『鉄の刀』はフレイとアクアの協力あっての変化なので、簡単に解除できないのだ。
「あの、先輩。どうやら敵は『イノチ』っていうのを、探しているみたいなんですけど、先輩分かりますか?」
先輩の登場で一気に役立たずになったシルフが恐る恐る、声をかけてくる。
「なるほど、後輩。良いことを教えてやる。敵の言うことに耳を傾けるな。こいつらは、いつも、そうやって、わけのわからないこと言って、俺たちを惑わす。それに気を取られて、何人の仲間がやられたか……。」
先輩の一人が、二人を指さす。
100年以上前線で戦ってきた先輩の精霊たち。
ヒューマノイドに精霊を倒す力がないとはいえ、毎回必ず無傷とは限らない。
どれだけ大きな生物も刺されどころが悪かったために、小さな虫に殺されてしまうように、中にはヒューマノイドにやられた精霊も、全くのゼロではないのだ。
「とにかく、今は敵のせん滅を最優先だ。土人属中心に、風人、火人、水人は俺たちのサポートに回れ!」
敵の倒し方が分かった、先輩精霊たちの行動は早かった。
次々と、自分たちの身体を、ダイヤモンドや黒曜石、玄武岩と形を変えて、ヒューマノイドに切りつけていく。
まるで、先ほどまでの劣勢は何だったのだろうかと言わんばかりに、ヒューマノイドを押し上げていく先輩たち
「なぁ、お前も鉄じゃなくて、最初から先輩みたいに切れる物に身体を変えれば良かったんじゃないか?」
出遅れたガイヤに隣のシルフがぼやく。
「言わないで……」
ガクッとガイヤは肩を落とすが、いつまでも先輩たちの活躍を黙って眺めているわけにもいかない。
「私たちも行くよ」
「おう!」
ガイヤはシルフのコンビは再び宙に浮くと、先輩たちが討ちもらした敵に向かって突進していく。
二人とも、先ほどの反省を踏まえ、前にできすぎず、かといって後ろに下がりすぎず、あくまでも先輩の尻ぬぐいに徹する事に心がけて動くこと数十分
「これで、最後と言ったところか?」
最後の一体を倒したのは、ガイヤたちを助けたあの土人属の先輩だった。
霧散したヒューマノイドを眺めながら、手をぱんぱんと打ち払う。
途端に風人属の先輩が、拡散して周囲の哨戒を始める。
一体でも討ちもらしがあってはならないからだ。
この辺りのコンビネーションは、長年戦ってきた熟練の技というべきだろう。
「今日はありがとう。えっと……」
そんな先輩たちの姿をボーっと二人で眺めていると、水人属の先輩が優しく声をかけてくれた
「あ、ガイヤです。土人属ガイヤ」
慌てて頭を下げるガイヤ。
「そう、ガイヤちゃん。……って、その名前は?もしかして、そこにいるのは、シフル、アクア、フレイ?」
ガイヤとシルフだけでなく、結局教会の入り口から最後まで動かなかった、二人を眺めて質問してくる水人属の先輩。
「はい、そうです」
答えたのはシルフ。
「なるほど。初めての『ネームドフェアリー』あなたたちが。どうりで……期待しているわ」
言うと水人属先輩は笑顔を振り向きながら教会の中に戻っていった。
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