第3話「先輩たちと、初実戦」


 灰色の世界。


 あらゆる生命の存在しない世界は、そう表現するほかない。


 教会の外は、岩と砂だけが、延々と広がっている。


 そこには、ヒトやその他の動物どころか、小さな虫、草木一本すら見当たらない。


 それが、ガイヤたち精霊の住む世界


 本で見た“ヒト”がいた『緑色の世界』とは大きな違いだ。



 逆を言えば、ここまで生命も、もちろん文明すら滅び去った世界で、まるで人工物のようにそびえたつ教会が、あまりに異質な雰囲気を醸し出している。


「お、来たか新人たち。」


 フレイ達と会話をしながら、教会の外に出ると、先輩たちが待っていてくれた。


 十代前半の、まだ『幼い』と言った方が良い少年、少女の姿をしているガイヤたちとは違い、十代後半から二十代前半の青年、青少女の姿をしている先輩たち


 身長も、一番低い女性型の水人属の先輩ですら、四人の中で一番身長の高いガイヤより頭二つ分ぐらい大きい。


 赤い髪をした、火人属の先輩たち。


 水色の髪をした、水人属の先輩たち。


 金色の髪をした、風人属の先輩たち。


 そして、茶色い髪をした、土人属の先輩たち。


 その数、数十人。


 だが、はやりというか、その中に師匠のような白い髪や、先生のような黒い髪をした精霊はいない。


「先輩たち、今日はよろしくお願いします」


 教会の入り口でガイヤは深々と頭を下げる。


「お願いしまーす」


 アクアたちもそれに続く。


 その姿が、あまりに可愛らしかったのか、思わず先輩たち……特に女性型の先輩たちの顔がにやけているのが、ガイヤたちの目に映った。


「今日は、初出撃だから、あまり前に出ないでね。私たちが戦うところを見ていて、どんな感じかわかってもらえば良いから。」


 水人属の先輩が、ガイヤたちに近寄り、膝を曲げて目線をあわせてくれる。


「いやいや、何言ってんだ?実践に出た以上は、こいつらも戦力だろう?早く慣れてもらうためにも、ガンガン前線に立ってもらった方が良いんじゃないのか?」


 それに、対して反対意見を出したのは、水人属の先輩の後ろで、腕組してこちらを眺めていた、火人属の先輩。


「それで、怪我をされたら、元も子もないだろう?とにかく、危ないことはさせるな。この子たちは、これからが大事なんだから」


 上空で偵察してきたと思われる風人属の先輩が、下に降りてきて別の意見を口にする。


「いざとなったら、私たちが守るわよ。いくら何でも、初戦で、ただ見ていろは、ちょっとかわいそうでしょ?」


 と土人属の先輩。


 なんだか、みんな意見がバラバラだ。


 勘違いしてはいけないのは、あくまで、彼らの方が『見た目』は大人だが、心まで成長しているかというと、それは全く別問題ということである。


 ガイヤたちに比べ、推定100年は長く生きているとはいえ、彼らに、物事を教えられる人は、誰もいなかった。


 彼らは独学で生き方も戦い方も学んできたのだ。


 そして、生まれながらに、大人と同じ体格を持ってきた先輩たちから見たら、幼い姿で生まれてきた、彼ら四人をどうやって使っていいのか?


 そんなノウハウは持ち合わせていない。


「あの、リーダーとかいないんでしょうか?」


 ガイヤが手を挙げて、本で読んだ知識を披露してみる。


 戦闘時には必ずリーダーというものが存在し、それに従って戦う事が、兵士には大事なことなのだと、ガイヤは学んでいた。


「リーダー?リーダーって何?」


「一番偉い人でしょ?」


「ってことは、師匠?」


「いや、あくまでこの中でって話だろう?」


 顔を見合わせ、表情をしかめる先輩たち。


 彼らの戦い方にリーダーはいない。


 長年にわたり、それらを必要とするような場面がなかったからだ。


 だが、そんな悠長な会話もここまで。


「おい!霧が発生したぞ!!」


 上空で見張っていた、風人属の先輩の声が響く。


 その先輩の言葉通り、一瞬にして教会の周りは霧で立ち込める。


 水蒸気で出来たものではない。


 そんなものなら、水人属の先輩たちが一瞬で取っ払ってしまうからだ。


 成分は分からない。どこから、どのような原理で発生しているのかもわからない。


 ただ一つだけ、確実にわかっていることがあるとすれば、この霧は精霊たちの敵であるヒューマノイドが襲ってくる前に、必ず現れる……ということだけである。


 先輩たちの表情がこわばる。


「とりあえず、あなたたちは私たちのそばから離れないで!」


 結局、水人属の先輩の意見が採用されることになった。


「だ、大丈夫かな?」


 アクアの震えた声。


「怖い……怖いよ。ガイヤ……。」


 フレイがガイヤにしがみついてくる。


「大丈夫、私が付いてるから」


 そうは言うものの、ガイヤの足も震えていた。


「いよいよ、実践。来るなら来いよ」


 シルフだけが意気込んでいたが、声が若干上ずっている。


 そして……霧が晴れる……。


「なっ!?」


「はぁ!?」


 驚いた声を上げたのは先輩たち。


 教会の周りはすっかりヒューマノイドと思われる、“ヒト”の形をした、謎の生命体に取り囲まれていた。


 色は真っ白。顔に表情はなく目に色はない。


 髪の毛はなく、口も開く構造ではない。


 関節は球体で服も着てなく、男女の区別もない。ドールの素体を思い浮かべてもらえれば、それに近い。


 ただし、大きさは一体二メートル以上ある。


 その数、不明。


 あえて言えば、100を優に超える数である。


 数十人しかいない精霊たちからしてみたら、圧倒的な戦力差だ。


「ちょっと!?こんなの初めてじゃない?」


「なんだ?この数、見たことないぞ?」


 驚いた表情を見せる先輩たち。


 それを見て、ガイヤたち新米精霊もおびえだす。


 ヒューマノイドは、本来一体、もしくは多くても数体で襲ってくるが定石である。


 いつもなら、数的優位は精霊側であった。


 それが、よりにもよって、ガイヤたち新米精霊が初出撃の日に、その定説は破られてしまったのだ。 


「やっぱり、とうとう第五世代のこの子たちが外に出たから!相手も本気を出してきたんだわ!」


 風人属の先輩がガイヤたちを見て、表情を強張らせる。


 『第五世代』 ガイヤたちからしてみたら、聞きなれない単語だが、どうやら、自分たちのことを指していることは、なんとなく察した。


 青年の姿をしている先輩たちと、少年少女の姿をしている自分たちでは、『何か』が根本的に違っているのだ。


「そんなことは、想定済みだろう!とにかく、やることは変わらん!一体ずつ撃破だ。行くぞ!」


 先輩たち拡散。


 水人属の先輩は、自らの腕を氷の刃に変えて、土人属の先輩は腕を岩に変えて、火人属の先輩は炎に変えて、風人属の先輩はその機動力を生かして、彼らを運搬サポートという形でそれぞれの敵に立ち向かっていく。


 灰色の世界に、風が舞い、水が唸り、炎が沸いて、土が叫ぶ。


 その光景は、まるで天変地異である。


 精霊たちのヒューマノイド退治は、どちらかと言えば、害虫駆除に近い。


 ヒューマノイドに精霊を倒せるだけの力は備わっていないからだ。


 だからと言って、油断をして教会にでも入られようものなら、一気に形勢は逆転する。


 ヒューマノイドの狙いは、あくまで教会。


 そして、精霊たちは教会を失うと、生きていく術を失う。


 撃ちもらしは許されない。


 一体足りとも教会に近づけるわけにはいかない。


「俺たちも行くぞ!」


 そんな先輩たちの姿を見てシルフが意気込むが……。


「行くってどこに?」


「先輩たちは見てろって言ってたよ」


「怖いよ……ここに居ようよ。」


 残りの三人は、教会の入り口から、一歩も動こうとはしなかった。


 臆病ともいえるが、同時に冷静な判断ともいえる。


 なにせ、ベテランの先輩たちですら、大群によるヒューマノイドの強襲は経験のない初めての事なのだ。


 そこに、今日が初陣となる新米精霊が、出て行ったところで出来ることはない。


 かえって足手まといになるだけだ。


「なんで、お前たちは、そう弱気なんだよ!ここで、成果を上げられなかったら、また見習いに戻されるかもしれないんだぞ!」


 体を前のめりにして三人に食らいつくシルフ。


 しかし、それでも三人は動こうとはしない


「でも、相手がどんな特徴を持ってるかわからないのに、むやみに突っ込むのは、良くないって、訓練で教わったじゃん」


 ガイヤの助言。


 作戦なし、力量に合わせて各個撃破。


 そんな危険極まりない戦場に、己の力量すら図れない新米が出ていくのは自殺行為だ。


「あぁ、お前たちは!!もう良い!俺一人で行くからな!」


 だが、ガイヤの助言もむなしく、血気盛んなシルフは身体を浮かせて、敵のど真ん中めがけて、突っ込んでいく。


「危ないよ!シルフ!」


 フレイが大声で止めたが、シルフの耳には届いてなかった。


「あーあ、ボクしーらない」


 アクアはそう言いながら、己の水分量を確認するように、何度も自分の手を氷の刃に変えては、元の手に戻す作業を繰り返す。


 どれだけの武器が今自分の手元にあるのか、確認してるのだ。


 甘えん坊で、どこか抜けてる感じがするアクアだが、これでも結構、周りが見えてるタイプなのだろう。


「くらえ!ヒューマノイド!かまいたち!」


 灰色の世界に、若い金色が駆け抜ける。


 風に乗り、風になり、風の中を舞い上がる。


 まだ若い、血気盛んな風の精霊は先輩が取り逃がしたヒューマノイドめがけて、一気に距離を詰めと、両手の平をスライドさせる。


 一番近いものを上げるとすれば、忍者が手裏剣を投げるスタイルである。


 シルフの属性は『風』


 両手をスライドさせることによって、真空を作り出し、鋭い刃のような風を発生させる、風人属特有の大技。


 純白な、“ヒト”の形を模した人形が、真っ二つに切断されて、霧となって霧散する。


 一体撃破。


「あのバカ、あんな大技を!」


 遠くからそれを見て、頭を抱えるガイヤ


 技の使用頻度、その威力には当然制限がある。


 特に新米精霊の彼らは、ベテラン精霊に比べて、その威力も回数制限も、とても低い。


「うっしゃ!続けていくぜ!かまいたち!」


 二体目撃破。


「かまいたち」


 三体目撃破


「かまいたち!」


 四体目


「かまいたち!」


 五発目は…不発だった


「あれ?」


 なんで?という表情を浮かべながら、もう一度シルフは両手をスライドさせる


「かまいたち!」


 どうでもいいことなのだが、わざわざ、叫ばなくても、技は出てくれるのだが、言った方が、かっこいいという、彼なりの美学である。


 そこは譲れないらしい。


「あれれ?」


 やっぱり不発


「ねぇ、シルフ、ピンチみたいだよ」


 遠くで見ただけでのアクアから、心配そうな声が上がる。


 見てれば分かるが、だからと言って、彼を助け出せる手段があるわけではない。


 何度でも言うが、ヒューマノイドに精霊を倒せる力はない。


 シルフがやられる心配はないが、ケガぐらいはしてしまうだろうか。


「え?おい、ちょっと!!」


 ガイヤがそんなことを考えている間に、シルフは8体のヒューマノイドに囲まれてしまう。


 シルフの耳に届く、ヒューマノイドからの奇声


『イノチ ノ ニオイダ……?』


『イノチ ヲ ヨコセ……』


「はぁ?なんだよ?『イノチ』って、知らねーよ!」


 こうなると、シルフは物理攻撃しかない。


 一生懸命、ヒューマノイドに蹴りや突きを繰り出すが、新米精霊の出せるシルフの風は余りに貧弱。


 相手を吹き飛ばすだけの威力が出ない。


「ねぇ、助けた方が良いんじゃない?」


 フレイからの提案。


「助けるって言っても、相手の特徴も分からなかったしな……」


 それを聞いて、腕を組み顔をしかめるガイヤ。


 方法が思いつかないのだ。


 見捨てるわけではないが、策もなしに突っ込んで、被害を大きくするわけにもいかない。


「ボクが行くよ」


 言うと、アクアは右手を、自身の身長の1,5倍はある氷の長剣に変える


 水人属、アクアの属性は『水』


 水単体であるなら、超越権限で使えるのが、水人属の特徴である。


 (超越権限の説明は、また後日)


「まった、アクア」


 しかしガイヤが、飛び出そうとするアクアを引き留めた


「どうして、止めるの?」


「この右手、何分持つ?」


 上を見る。


 霧が晴れて、太陽がさんさんと、戦場を照り付ける。


 気温は、ざっと30度を超えているだろう。


 実際、アクアの右手は、すでに溶け始めてる。


「……3分ぐらい?」


「ダメじゃん!」


「ねぇ、なんか先輩たちも押されているみたいだよ。危なくない?」


「「ほえ??」」


 フレイに言葉で、周りを見渡す土と水。


 そこには、散開して戦っているはずの先輩たちが、じりじりと後退しているのを、見ることができた。


 素人でも分かるほどに、戦況は劣勢だった。


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