第2話「土は風にも水も強いが、火には弱い」


 図書室を後にして、アクアの横に着くように歩き出す。


 礼拝堂までの長い廊下。


 急いで歩いても、低い身長の二人だと、5分近くかかってしまう。


 もちろん、走るという選択肢もあったが、教会の廊下は走行禁止である。


「でも、本の何処が良いの?“ヒト”がこの星を去るときに捨てていったゴミでしょ?」


 若干速足で歩いていると、不意に横にいるアクアが口を開く。


「『残した遺産』って言ってほしいな。面白いよ。私たちのことも少し書いてあるし……」


「へーどんなこと?」


「えっと……確か、火は水に強くて、土に弱い」


 とりあえず、今読んでいた本の内容を口にしてみる。


 本の内容は、『ゲーム攻略』


 もちろん、ガイヤは『ゲーム』というものが、何であるのか、理解はしていない。


「うそだー。ガイヤは火人属とケンカして、勝てる自信あるの?」


 そんなことあるわけないじゃん。と、アクアの目が丸くなる。


「でも、本にはそう書いてあったんだもん!」


「“ヒト”ってけっこうデタラメだったんだなー」


 そんな会話をしているうちに、二人は礼拝堂にたどり着く。


 自分たちの身長の三倍はあろうかという、大きな観音扉。


 見た目以上には、重くないので二人の力で簡単に開くことができる。


 そこには、先輩たちも含め、ここに居る精霊たち数十人が、この一か所に集まっても、全員入りきって、尚余裕がありそうな広い空間が広がっていた。


 図書室とは違い、角部屋ゆえの三方向を大きな窓に囲まれた、明るい部屋。


 夜になると、月明りと星の光が美しく、先輩たちが、ここでお月見を楽しんでいるのをよく知っている。


 大きな柱が、12本。それらで屋根を支えて、屋根の素材は、壁同様何で出来ているのか、分からない。


 それは、あらゆる鉱石、鉱物を扱う『土』の属性を持つ、土人属のガイヤからすると、不思議でならなかった。


 そんな不思議だらけの大きな部屋。


 それが、ガイヤたち精霊が礼拝堂と呼んでいる大広間だった。


「遅いぞ!お前たち!!」


 そんな礼拝堂で出迎えてくれたのは、師匠ではなく、風人属のシルフ。


 金髪の角刈り、三角眼に細い体


 身長で言えば、ガイヤとアクアのちょうど中間ぐらい。


 アクアがどちらかと言えば、中性的だが少年寄りというならば、シルフは完全にガキ大将というような、少年寄りの容姿を与えられた、風の精霊である。


「あれ?シルフも呼ばれてたんだ?」


 アクアとガイヤは、ゆっくりとぷかぷか浮いているシルフに近づく。


 風人属は身体が空気で出来ているため、地面に足を付けない。


 宙に浮きながら、腕を組んでこちらを睨んでいるその姿は、どこか風神様を思い浮かべる。


 もっとも、風神様はもっとこう、鬼のような姿だったけど。


「俺だけじゃないぞ。あいつもだ!」


 言うとシルフは親指で、礼拝堂の隅っこをクイクイと指さした


 そこには柱の陰に隠れた、赤髪の可愛らしい子が……


「フレイ!!」


 ガイヤはその影を見つけると、柱のそばまで全速力で駆け寄る


 火人属フレイ。真っ赤な髪を肩まで伸ばして、たれ目で小柄。


 身長は、アクアよりさらに小さく、ガイヤと同じく少女寄り……もっと言ってしまえば、美少女寄りの容姿を与えられた、ホントに可愛らしい火の精霊である


「あ、ガイヤ……良かった。ガイヤも一緒だったんだ。」


 柱から、ひょっこりと顔を出して、弱弱しい表情をこちらに向けるフレイ


 その顔を見ただけで、ガイヤから満面の笑みがこぼれる。


 ガイヤはフレイが好きだった。


「うん。良かった!フレイも呼ばれてんだ!うれしいな。アクアとシルフの三人だけだったら、どうしようかと思ってたもん。」


「おい、どういう意味だ?ガイヤ?」


「ん?何か気に障った?シルフ?」


 シルフが睨んできたので、こちらも負けじと睨み返す。


 先程、火人属とケンカでは勝てないと言ったが、風人属、ましてやシルフ相手ならば、話は別だ。


 ガイヤは右手を唸らせる。


 先日読んだ本の内容が、頭をよぎる。


 “ヒト”の使う技術だったが、土人属のガイヤにも応用が利きそうな内容だったので、シルフ相手に試すつもりなのだ。


「辞めないか、お前たち!」


 しかし、そんな風と土の対決は、扉の方から聞こえてきた低い声によって、中断された。


 この声が聞こえた以上、彼らは喧嘩ができない。


 ガイヤもシルフも右手を下ろし、アクア、フレイ同様声の方向に顔を向ける。


「あ、師匠!」


 まっさきに反応したのはアクア。


 扉から現れた、巨体の男性に咄嗟に抱き着く。


 それを見て、顔をしかめる他の三人。


 アクアの行動に、嘆かわしんだわけではない。


 単純に羨ましかったのだ。


「お前たちは、顔を合わせるたびにケンカをして……昔はこうではなかっただろう?」


 四人の姿を見て、大きくため息をつく『師匠』と呼ばれる巨体の男性。


 もちろん、この世界に、“ヒト”は存在しないので、あくまでも巨体の男性をかたどった“ヒトの形をしている精霊”ということなのだが。


 その顔は、西洋の古い騎士を思い起こさせるような、掘りの深い骨格、見ているだけで心を見透かされそうな、真っ青な瞳。


 そして、属性の特徴をあらわす、腰まで伸びてる髪の色は、純白。


 この色は、彼が土、火、風、水、どの属性にも属さない特殊な精霊だということをあらわしている。


 先輩たちが青年期の姿であり、ガイヤたち四人は少年期の姿をかたどってる中、先生と並んで、壮年期の姿をしているのも大きな特徴だ。


 だが、ガイヤたち四人が師匠について知っているのは、その程度。


 彼女たちは、目の前の男性型の精霊について、詳しいことは、何一つ知らされてない。


「だって、シルフが突っかかってくるから……」


「何言ってんだ?先に、言いがかりをかけてきたのはガイヤの方だろう?」


「やめないか!!それと、アクア……降りなさい」


 師匠はアクアを抱きかかえると、ゆっくりと地面に下ろす。


「えー、昔はよく、抱っこしてくれてたのに」


 それが、不満だと言いたげに、口をとがらせ、両手を伸ばすアクア。


 しかし、師匠は全く相手にしない。


 数多くいる精霊の中でも、唯一の少年少女の姿をしている精霊ということもあるのだろう。


 彼ら四人は、先輩たちに比べ、非情に甘やかされて育てられている部分が、こういう時に現れる。


 とはいえ、アクア、ガイヤ、フレイ、シルフの四人は、生まれてから、十年そこそこしか、経ってないのだが。


「まったく、先生と相談して、もうお前たちを一人前と認めるつもりだったのだが……これでは、考え直せばならんな。」


 師匠は、腰に手を当てやれやれとため息をつく。


 それを聞いて、途端に静かになる、小さな精霊たち。


「え?一人前??」


 反応したのはガイヤ。


 その目は大きく輝いている。


「そうだ。ここにお前たちを呼んだのは、他でもない。今日から、お前たちも実戦に出てもらおうと思ってな。この四人で」


 それに対し、四人の反応はまちまちだった。


「やったー!!ついに来た!!どこ行こう?海?山??高山も行きたいなー」


 両手でガッツポーズを作り、さっそく、冒険の計画を口にしだすガイヤ。


「実戦……私たちが……実戦?怖い……怖いよ……。」


 顔を青くして、震えだすフレイ。


「えー?ぼくたちも一人前なんだ??じゃあもう、先生に抱っこしてもらえないの??」


 検討違いの心配をするアクア。


「待ってくれよ!師匠、この四人って……この四人か?」


 そして、怒りをあらわにするシルフ。


 その顔は、冗談じゃないと言わんばかりに、眉間にしわが寄っている。


「そうだが……何か問題でも?」


「問題しかねーよ!なんで、ガイヤや、ましてやフレイなんだよ!!どう考えもこいつら、役立たずだろう?」


 両手を広げ、全身で怒りを表現するシルフ


 彼としては、もっと有能な先輩たちと組みたかったのだろう。


 だが、自信が少年の体格を持ってしまった以上、必然的に同じ体格を持っている、アクア、ガイヤ、フレイと組む以外の選択肢はないのだが、それが、彼には納得がいかないことだったらしい。


「シルフほどじゃないと思うけど?」


 だが、それは他のメンバーから見ても同じこと。


 ガイヤも、自分を『役立たず』と評価してくるような仲間とは、一緒に行動などしたくない。


「なんだとガイヤ?なんだったら、ここで勝負するか?」


「いいよ。泣いても知らないから。」


「やめないか!お前たち!!」  


 結局、師匠になだめられて、一時休戦。


「いいか、お前たち精霊は、一人一人の力はとても弱い。それは、シフルもガイヤも同じだ。でも、お前たちが力をあわせれば、無限の可能性が生まれる」


「師匠、それ何度も聞いた」


「何度話しても、理解しないみたいだから、もう一度話すんだ!」


「やーい、怒られた」


「ガイヤにも話している!!」


「……はい。」


「お前たちも、知っている通りこの教会は常に狙われている。ヒューマノイドと名付けられた、謎の生命体はどこからか現れ、ここを目指し侵攻してくる。それを防ぐのが、我々精霊に与えられた仕事だ。」


 腰に手を当て、四人を見渡す師匠。


 その目は優しく、いつまでも終わることのない戦いに、身をとおじなければならない精霊たちをいたわっているのが、よくわかる。


「知ってるよ。それぐらい。大丈夫だって、俺一人でいくらでもやっつけてやるから」


 だが、そんな師匠の気持ちを知ってか知らずか、腕を頭の上で組んで、シルフがそんなつまらない事今更言うなよという態度をとってくる。


「師匠、ずっと気になっていたんですけど、その仕事って、誰に与えられた仕事なんですか?」


 ガイヤたち精霊の任務は教会をヒューマノイドから、守ることだ。


 そのための訓練を、ずっとこの教会でやってきた。


 しかし、いったい何のために、誰に言われてやっているのか、それはずっと教えられないまま、ここまで来てしまった。


 今までは半人前だから、聞けなかったけど、もう一人前と認められたのなら、聞いても良いはずだ。


「それは、お前たちが成長していくうちにおのずと見えてくるはずだ」


「えー、なにそれ?答えになってないです」


 ガイヤは口をとがらせて拗ねてみるが、だからと言って、答えを教えてもらえるわけではない。


「もういいだろう?あとは、実際に外に出て自分たちの目で確かめてみなさい。先輩たちが、待っているぞ。」


「はーい」


 おそらくは、これ以上何を聞いても無駄だろう。


 それにやっと、実践に出れるんだから、下手にゴネて、やっぱりなしと言われても困ってしまう。


「いくよフレイ」


 ガイヤはこれ以上の質問をあきらめ、ずっと柱の陰に隠れていたフレイの手を引っ張って、廊下に出る


「うん……でも大丈夫かな?私なんかで……」


「大丈夫、大丈夫、私も付いてるし、フレイはかわいいから」


 ガイヤは笑顔を向けて、フレイの腕を組む。


 礼拝堂を出て、長い廊下を四人で歩く。


 ここから教会の外に出るには、さらに10分近くかかってしまう。


「おい、ガイヤ。フレイをちゃんと見張ってろよ!」


 歩き出して少ししたぐらいだろうか。


 ガイヤとフレイの前を歩くシルフが、不意に後ろを向いて指をさしてきた。


 ……なっ!


「シルフ!!そんな言い方ないでしょ!!」


 フレイと組んでる腕をほどいて、前のめりに叫ぶ。


 泣き顔になるフレイ。


 そんな大好きなフレイをバカにされて、黙っていられるガイヤではない。


 なんなら、今すぐさっきの続きでもしてしまいそうな勢いだ。


「仕方ないよ。シフルは風人属だから、火人属に近づかれると、身体が浮いちゃうんだもん」


 しかし、それをアクアが止めた。


 ガイヤの肩をつかみ、しょうがないしょうがないと、首を横に振る。


「そっか、風人属は温められると、身体が宙に浮いちゃうんだっけ?……っていうか、シフル、まだその程度の調整もできないんだ。」


 さっきまでの怒りも、どこにやら。


 ガイヤは指さしてシルフを嘲笑う。


「うっせーな!だいたいフレイだって調整できないのが、悪いんだろう!!俺だって、浮きたくて浮いてるわけじゃないや!」


「ひっ……ごめんなさい。」


 ガイヤの陰に隠れてあやまるフレイ


「あやまることないよ。こんな奴の言うこと。なんだったら、今からでもどこか遠くに飛ばしちゃおう」


 ガイヤの脳裏に先日読んだ本の内容がよぎる。


 えばりちらして、嫌われ者の悪人が、最後は正義の刃によって、倒れる物語だ。


 ガイヤの目には、そんな嫌われ者の悪人がシルフと重なって見えていた。


「まぁまぁ。ボクもちょっとフレイは苦手だしね……ほら、身体が蒸発しちゃうっていうか……」


 水で出来てるアクアも熱に弱い。


 体が炎で出来てるフレイとは、確かに相性がいいとは言えないだろう。


 逆に言えば、フレイとまともに接触できるのは、身体が土で出来てるガイヤぐらいなもんなのだ。


「ごめんなさい……私、みんなの邪魔だよね?」


「そんなことないよ!フレイ!だって、フレイは火人属じゃない!」


「そんな、私、火人属の中でも落ちこぼれだし……」


「大丈夫、大丈夫。フレイの強さは私が一番知ってるから」


 フレイは強い。


 それは火人属だから……という理由ではない。


 本当にフレイは強いのだ。


「任せろよ。フレイ。お前たちの出番はねーよ。全部俺がやってやるから」


 おそらく、シルフなりに気を使ったつもりだったのだろう。


 親指を立てて、任せろと言わんばかりに笑顔を向けたが、その頼りない姿に、残りの三人は苦笑するしかなかった。



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