第65話 婚約

 大事な話がある、と言う私たちの要望にいつも誠実なおじさんはとっても迅速に対応してくれて、なんと翌日に私は那由他ちゃんの家を訪ねた。しっかりスーツの正装で尋ねた私と、自分の家なのに制服を着ていた那由他ちゃんに何かを察していたようで、那由他ちゃんのご両親がそろってカチッとした服装で迎えてくれた。

 そして客間に通され、私は婚約の申し込みをした。


 それから、短くない時間がかかった。と言うか、とても長かった。わかりやすく否定したり拒否したりしないものの、のらりくらりと後回しにしようとする意志をはっきり感じた。それでも那由他ちゃんと協力して言葉を重ね、昼過ぎに尋ねた私は夕方に何とか許可をもらえた。


「やりましたね! 千鶴さん!」

「やったね!」


 了承をもらえた瞬間は控えめにお礼を言って粛々とその場を後にしたけど、那由他ちゃんの部屋にはいってから二人で両手を合わせて喜びあう。そのまま回ってダンスのようになりながら喜びを表現する。


「えへ、えへへ! あとは何が必要なんですか? こう、婚約証明書、みたいなのを役所にだしたりするんですか?」


 ちょっと疲れるまで二人で部屋中を回り回ってから、那由他ちゃんはベッドに腰かけて揺れながらそう質問してきた。まだ両手を繋いだままなので、体を向き合わせたまま私も隣に座りつつ答える。


「そう言うのはないよ。法的、と言うか、そう言う書類的に必須なのはないよ。プロポーズして本人同士で了承があって、第三者にもわかる客観的な事実があれば、法的にも婚約されたとみなされるの。だから、こうやってご両親に許可もらえたらもうOKだよ! うちも母にはこないだ婚約するつもりって話したしね」

「そ、そうなんですね。えっと、じゃあ、私も雀さんに改めて、今日千鶴さんがしてくれたみたいに挨拶した方がいいですね。あ、あー……その、すみません。お名前忘れましたけど、その、お、お父上のほうにも」

「ぷぷ。お父上は笑うからやめて。おじさんでいいでしょ。ただ、うーん、まあ、流れはそうかもしれないけど……恥ずかしいから挨拶とかしないでいいよ」


 だいたい、うちの家族が反対するとかないからね。お前犯罪じゃん自首しろ、みたいに言われる可能性はあるとして、本人とご両親の許可までもらってるとわかれば、じゃあ好きにしてと十中八九言われるだろう。真剣に真面目に付き合っていて、相手が前科もちとかでもないのに反対するほど過保護ではない、と思う。まあ、一応父にも言っておくか。はずいけど。

 ただ、私が言っておけば十分だ。那由他ちゃんに私がしたみたいに、お嬢さんと結婚を前提に婚約させてください、と目の前でお願いさせるって。中学生に何やらせてるのって感じだし。うん。ちょっとしんどいよね。


「えぇ……そんなに、早く私と婚約したいんですか?」

「それはもちろんそうだけど……まあ、とりあえず今日は、私の方から親に婚約の許可もらったこと言うよ。絶対無理だと思われてたし」

「あ、そうなんですね。……じゃあ、また今度ですね」

「ん? うん、そうだね。もう夕方だし、帰るよ」


 にんまり微笑んで小悪魔感のもはや貫禄さえ出しながら言う那由他ちゃんだけど、別に内容は普通なので私が普通に答えると、何やら肩透かしのように不満そうにした。


「……そうじゃなくて」


 那由他ちゃんはそっと、私の髪をかき上げて耳をだして耳に顔を寄せて囁く。


「キス、とか、その、するの、今度、ですね?」

「ん″……そ、そう、だね。また、連絡、するね?」

「はい、待ってますね」


 はにかむようにうなずいた那由他ちゃん、可愛すぎる。と言うか、そ、そっちか。うん、別に、忘れたわけではない。ないけど、純粋に婚約できた喜びでいっぱいだったし。そこまでまだ実感なかった。でも那由他ちゃんは忘れてないどころか、すぐにでも意識してるんだ。い、いけない中学生だなぁ。

 私がそうしてしまったのだと思うと、また、妙な気分がこみあげてしまう。ダメダメ。まだ、こんな決まったその日に、那由他ちゃんのご両親がそろってる場所では、キスだってためらわれる。

 それが目的ではあるけど、別にそれだけじゃなくても婚約はしたいし、那由他ちゃんを純粋に愛してるのだってあるんだから。もうちょっと落ち着いてから、ムードをつくって進展するのだから。落ち着け私。


 そう、初めては臭いくらいロマンチックなほうが思い出になるでしょ。その辺で済ましてはいけない。ファーストキスに関しては那由他ちゃんからされたし、あ、ていうか、那由他ちゃんとのキスは旅行先が初めてだし、今回の初めてもこないだ思ってたように今度の旅行にしたらちょうどいいかも。

 お泊りだし、周りに声とか気にしなくていいし。うん。すぐシャワーも浴びれるし、前から許可もらってるからあんまりあからさまでもないし、いい。ちょうど良すぎる。

 ちょっとくらい気まずくても、絶対二人きりだから強引にでもリカバリーできるし。……あと二週間じゃん! やばい。すごい現実的な日程で、興奮してきた。落ち着け私。まだ婚約認められたばっかりだぞ。


「じゃ、じゃあ、その。いい時間だし、帰るよ」

「はい……」


 何とかにやけそうな表情を引き締め、とにかく今日のところは今まで通りの清い付き合いで帰ることにする。那由他ちゃんはちょっと名残惜しそうにしながらも、素直に私を送り出そうと、そっと手を下して自分の体の前で合わせた。まるでデパート店員のような上品な佇まい。

 すぐに話題に出してしまうくらい、また今度ってことは、私が言ったら今すぐにだって答えてくれそうなくらい、エッチなことを意識して考えてるようないけない中学生なのに。そんな淑女みたいな顔をして。


「……那由他ちゃん、そんな顔しないでよ。ハレの日なんだから」

「わ、わかってます。特別な日って意味ですよね? 私、普通のつもりだったんですけど……でも、今日が特別だからこそ、ちょっと、寂しいなって」

「那由他ちゃん、おいで。さよならのちゅーしよ」

「ん、はい」


 さよならのちゅーも久しぶりだけど、一年前は当たり前にやってたことだ。那由他ちゃんは抵抗なく、私に寄って少しだけかがんで、嬉しそうに微笑む。可愛い。右手をのばしてそっと那由他ちゃんの頬に触れ、顔をよせ、触れてるのと反対の頬に軽くキスをする。唇が頬に当たる瞬間、すっと目を閉じた那由他ちゃん。一瞬で離してじっと近距離で見つめるとゆっくり目を開けた那由他ちゃんと目が合う。

 ふふ、と見つめ合ったまま微笑みあって、そっと唇をあわせた。久しぶりの唇同士をあわせたキス。


「……」


 ただ触れているだけ。なのに、柔らかくて温かくて、何だか懐かしさすらあって、心地いい。那由他ちゃんとキスしてるんだ。ちゃんと合法的に婚約者になって、正々堂々。そう思うと、すがすがしいほどで、同時に気持ちいい。もっと、もっと深くつながりたい。


「……ふふ。じゃあね、那由他ちゃん。また連絡するよ」


 だけどそれは、今じゃない。私は自分に気合を入れて顔を離して、そっと頬を一撫でしてから那由他ちゃんの肩をたたいた。目を細めてぽーっとしていた那由他ちゃんははっとしてから、赤らんだ顔ではにかんだ。


「はい。また……待ってます」


 那由他ちゃんの表情に、もう一度口づけたくなるのを堪えて、今度こそ私は那由他ちゃん家を後にした。最後にまたおじさんが出てきてわざわざ見送ってくれたのでちょっと気まずい気がしたけど、改めて那由他ちゃんのことをよろしく、と言ってくれたので全力で応えておいた。

 那由他ちゃんの人生丸ごと、任してくださいお義父さん!


 そして家に帰って、那由他ちゃんにもああいったので両親に話した。母は驚きつつ宣言していたので、そうなの、まあおめでとう。って感じだったけど、父は全く初耳だったようでめっちゃ驚いていた。

 そんな大事なことをどうして言ってくれなかったんだ。反対すると思ったのか? となんだかしょんぼりして聞かれたけど、いや、普通に母から聞いてると思った。わざわざ父に別で言うのも面倒だし恥ずかしいから省いただけだ。まあ積極的には知られたくなかったけど、絶対知られたくないとか思ってないから口止めはしなかったし。

 そう思って言い訳したら、こんな大事なことは本人の口から言うべきだと思って、とか言われた。ああ、うん、まあ、はい。私が悪かったです。


 と言うことで少々のお説教をくらった。婚約するならなおさら、独り立ちを目前としているんだから、そう言った気づかいや根回しもちゃんとするようにと。はい。気を付けます。と言う感じで、私が思っていた流れではなかったけど、父も反対はしなかったので普通には認められた。ただ普通の人と違う道を選ぶんだから、大変な覚悟を持っておけとは言われた。


 覚悟か。確かにこれだけ年が離れているし、少なくとも那由他ちゃんが社会人になるまではそれなりに大変かもしれないよね。でもそれはもうわかってる。小学生の一番やばかったのは乗り切ったんだし、と楽観視ばかりもしてられないけど。でもそれでも、那由他ちゃんが好きで、那由他ちゃんじゃなきゃ駄目で、これ以上待つことだってできないんだ。だから、覚悟ならとっくにできている。


「大丈夫。安心して。私、那由他ちゃんと幸せになる覚悟ならとっくにできてるからさ」


 なのでキメ顔でそう答えたらなんか微妙な反応だった。いまいち響かなかったらしい。おかしい。


 何はともあれ、これで無事両家の了解をとったと言うことで、早速那由他ちゃんに報告した。


「おめでとうございます。えへへ。じゃあこれで、ほんとのほんとに婚約ですね」

「うん。そうだよ。明日会う時は、もう婚約者の那由他ちゃんに会えるんだ。楽しみー」

「じゃあ千鶴さんも婚約者の千鶴さんなんですね。あー、確かに、そう考えるとなんだかドキドキしてきました」

「ね。あと、さ。……な、なんでもない。これはまた明日言うね」


 まだまだ夏休み。那由他ちゃんはもう夏休みの宿題もほとんど終わらせてる。中学生になって難易度が上がったはずだけど、すでに一度ひとさらい勉強しているか、相変わらず好成績をキープできている。さらにそのためにとさらに予習もしているので、最近は教科によっては普通に2年生レベルのもしてるらしい。天才かよ。

 まあそんなわけで、一応勉強会もしてはいるけど普通に焦ることはないので毎日会ってるし、慌てて言うことはない。


 大事なことなので明日言おう。うん、ていうか、電話で初めての日時伝えるって、変だし。別にひよったわけではないけど。反応見ながら伝えたいし。



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