第64話 プロポーズ
去年の夏ごろからそこそこに準備をはじめ冬には本気を出していたからか、元々ちゃんと真面目に成績はおさめていたからか、無事、六月には第一希望の会社から内々定をもらうことに成功した。
一瞬、やった! 婚約! と浮かれかけた私だったけど、すぐに自制した。これで浮かれて単位落としたり留年したら目も当てられない。四年の前期はまだ必須授業もあるし、卒論の目途もたっていない。
正式に内定をもらう10月まではさすがに待たなくても、大手だし内々定をなかったことにはならないだろうからそこはいいとして、さすがに卒業の目途が立つまでは頑張ろう。
と言うか、今年の夏休みにまた那由他ちゃんと旅行する計画になっているので、それまでに。と自分の中で目標をたてなおしてもうひと踏ん張りした私。
夏休みを迎え、無事、単位も十分ですでにゼミの教授に確認してもらいつつデータは十分にそろって分析もすませたので、後は書くだけとなった。もちろん、書いている途中で分析の甘さとか不備とかでるかもしれないけど。後期は趣味でおまけに取った授業なので全部ぶっちぎってもいいのだから、時間的猶予はありまくる。これはもう、さすがにほぼ卒業に王手がかかったと言ってもいいのでは?
と思った。とはいえ、先走りはよくない。私がいいと思っても、はた目にはどうなのか。保護者の立場からの意見が聞きたかったので、思い切って母に相談してみた。
「えぇ……婚約って。いくら何でも急ぎすぎじゃない? 相手はまだ中学生なのよ? わかってる?」
「それはわかってるよ。でもわかってるからこそ、婚約しておきたい気持ちもあるんだよ。だってほら、那由他ちゃん美少女だし、早めにしっかり関係強化したいよね」
「うわぁ。姑息。まあ、確かに就活もできて卒業も見えてて余裕あるなら、仮に同い年の恋人なら、社会人になって忙しくなる前にってことで考えたらちょうどいいタイミングかも知れないけど。えー、でもやっぱり、ないでしょ。せめて高校生まで待てないの?」
「いや、そりゃ、那由他ちゃんのご両親が反対したら待つけど。でも許されるなら早くしたいの。そう思うのっておかしい?」
「……おかしくは、ないけど。うーん、まあ、いいんじゃない? 言うだけ言ってみたら? 実際、同年代なら全然ありなタイミングだと思うわよ。交際を認めてもらってるし、同年代なら普通に婚約の許可も出ると思うし、私なら出すわ」
ドン引きしてすごい予防線は張られたけど、とりあえず反対はされなかった。最初はからかわれたりもしたけど、もう開き直ることにしたので普通に質問する私にやや投げやりな態度だったけど、だからっていい加減なことは言わないだろうから、やっぱり客観的にも私の今の状況的に婚約を申し込む事態はセーフみたいだ。相手が那由他ちゃんじゃないなら。うん。それは仕方ない。
と言う訳で、プロポーズだ!
「那由他ちゃん!」
「は、はい!? え? な、なんですか?」
いつも通りの流れで私の部屋にきてくれたので、荷物をおいていつも通り座ったところで我慢できずに両手をとった。ぎゅっとその手をあわせるように胸の前で握って顔を寄せる。
「私と結婚してください! ひいては婚約しよう! 幸せにするよ!」
「えっ、あ、な、内定、決まったんですか!?」
「うん! 内定も卒業もほぼほぼ決まったよ! あとは卒論だすだけ!」
「やっ! やった! やりましたね! おめでとうございます!」
「ありがとう那由他ちゃん! ハグしていいかな!?」
「お願いします!」
一瞬驚いたけどすぐに理解した那由他ちゃんはぎゅっと私の手を握り返してくれながら、つられる様にハイテンションになっていく。それを見ると余計に私もテンションがあがってしまってそのまま抱き締めた。ぎゅっと膝立ちで抱き締めるのがちょうど収まってくれて好き。
那由他ちゃんの頭頂部に鼻先をあてると、ちょっとだけ地肌から汗の匂いがする。那由他ちゃんの匂い、好き。
「……」
「……ん? ちょ、ちょっと那由他ちゃん?」
そのまましばし那由他ちゃん成分を堪能していると、何だか那由他ちゃんが私の胸に顔をこすりつけるような動きになってきたので顔を離して力も緩めるけど、那由他ちゃんはますます私に寄りかかるように力をこめてくる。
「ちょ、ちょっとも、あ」
その勢いに思わずお尻が落ちて、なのに那由他ちゃんが胸にくっついたままなのでそのまま後ろに倒れてしまう。とっさに後ろ手をついたので転がらずには済んだけど、膝もたってしまったのに那由他ちゃんは構わず抱き着いてきたままで、強引に足の間から私に乗り掛かるような姿勢になっている。そこからさらに背中は撫でるわ露骨に臭いをかいでくれるわで、やりたい放題である。
「ちょっと、那由他ちゃん? 鼻息くすぐったいし、やめてって、ば!」
「うっ」
くすぐったい以外にもいろいろあるのもあって、私はやや強引に那由他ちゃんの頭をつかんで離させる。那由他ちゃんはちょっと呻いて起き上がり、自分の首を撫でた。
「あ、ごめん痛かった?」
「うーん、大丈夫ですけど。でもひどくないですか? プロポーズしてくれたのに、喜びの抱擁でこんな。もうOKなんじゃないんですか?」
「いやいや、私もさ、そう言う気持ちはやまやまだけども。まだだって。これから婚約指輪、はずっとつけられないから、なにか代わりになるようなアクセサリーを一緒に買いに行くでしょ? それからもちろん、那由他ちゃんのご両親に許可をもらいに行かなきゃいけないんだから」
「……」
那由他ちゃんはふくれっ面になるけど、私の言葉に否定はせず黙って視線を落としてがっかり顔になる。もう、可愛いんだから。髪を撫でて宥める。
「那由他ちゃんもそれ、わかってるよね?」
「……はい。で、でもちょっとハグしただけなんですから。いいじゃないですか」
「それ、下心がなかった子だけが言えるセリフだよね」
「うー。な、なかったですし。ちょっと、いい匂いがして、柔らかくて気持ちいいからもっとしたかっただけですもん」
「はい、ダウト。それより、肝心の返事、まだ聞いてないと思うけど? 私と結婚を前提に、婚約してくれますか?」
「あ、は、はい! よろこんで!」
はっとした顔になってから素直に満面の笑みで答えてくれる那由他ちゃん。うんうん。わかり切っていても、やっぱりちゃんと言ってもらえると嬉しいね。
「と言う訳で、今日はもう勉強とかどうでもいいから、婚約指輪、じゃなくてアクセサリー買いに行こうよ。なにがいい?」
「普通に指輪じゃ駄目なんですか?」
「駄目じゃないけど、学校では指輪を付けるの目立つでしょ? 学校でだけとおしてネックレスにもできるけど、那由他ちゃんまだ大きくなってるから、大人になってから入らなくなっても嫌だし」
「う……気づきましたか」
那由他ちゃんはなんだか気まずそうに眼をそらしたけど、いやまあ、気が付くでしょ。明らかに立って並んだら距離感違うもん。出会った頃から頭一つ分くらい違うな、とは思っていたけど、言っても正確に一つじゃなくて目の位置が顎か首くらいだったのが、今ではちゃんと一つ分違うもんね。
年齢的には今が成長期で全然おかしくないけど、てっきり早めに成長期が来たタイプなんだと思ってた。まだ成長期続いてるんだね。もちろん、悪いことでは全然ないんだけど。本人気にしてるみたいだし、あんまり触れてこなかったけどね。気づいてはいるよ、それはね。
「まあ、結構この一年で大きくなったよね。8センチくらい?」
「ろ、6センチです! そんなに大きくなってません」
「ああ、ごめん」
いや、那由他ちゃんレベルだと2センチとか誤差でしょ。と思うし、私も別に二センチくらい上下してもどうでもいいのだけど、気になる人は本人が一番気になる問題だしね。
「あのね、背が高いの格好いいし、那由他ちゃんは足も長くてスタイル抜群で綺麗だよ」
「う……そう言ってくれるのはうれしいですけど。はぁ。さすがにこれで打ち止めだと思いたいです。大台には乗りたくないです」
「まあそうだね。個人的には背が高くてもいいけど、あんまり背が高くなると衣類の選択肢減るもんね」
「そうですよ。はぁ」
「まあまあ、落ち込まないで。それより、アクセサリーは何がいい? 無難なのはネックレスかな、やっぱり。学校でもこっそりつけていけるし」
那由他ちゃんは指輪がいいみたいだけど、やっぱり学校に行くのには外さないといけないはずだ。婚約指輪はおしゃれアクセサリーじゃないし、宗教とかの理由だったりしたら校則には引っかからないってきいたことあるし、ギリセーフかもしれないけど。でも、多分他の生徒の目もあるから隠すように言われるだろうしね。無難にしておこう。
と決着がついた。
なので早速、アクセサリーを買いに街に繰り出した。のはいいけど、想定はしていたけどやっぱり一日では決まらなかった。まあね。だって、那由他ちゃんに似合う、毎日身につける特別な一生ものの婚約の品だよ? そんな一瞬で決まるわけない。
那由他ちゃんもそこは真剣に付き合ってくれて、決まらなかったのも仕方ないと思ってくれたのでセーフ。
そんなこんなで、プロポーズをして一週間。なんとか婚約の証として、お揃いのネックレスを購入できた。デザインを色々悩んだ結果、結局一粒のシンプルなものになった。ハート型と最後まで悩んだのだけど、装飾感強いと学校で問題がでてもあれだし、あんまり細くて繊細すぎても怖いと言う那由他ちゃんの意見もあって、ちょっとしっかりめのにしておいた。
「じゃあ、那由他ちゃん、つけるね」
「はい!」
部屋に戻ってから那由他ちゃんをデスクの椅子に座らせてネックレスをつける。今日は休日なので普通に私服なのだけど、今日は買うとわかってたからか、似合うようなちょっとフェミニンな服装で着てくれたので、何なら私と同年代に見える。
後ろに回ってネックレスをつける。何でもない動作だと思っていたけど、いざ、プロポーズネックレスをはめてもらうのだと思うと、妙に緊張して時間がかかってしまった。
「で、できたよ。那由他ちゃん、立って見せてみて」
「はい……似合いますか?」
「うん……すごく、似合うよ」
「ふへへ。ありがとうございます。じゃあ、私も千鶴さんにつけますね。座ってください」
「うん」
場所を交代して、那由他ちゃんにつけてもらう。ドレッサーをちゃんと買っておけばよかった。そうすれば、椅子に座っていても後ろの那由他ちゃんが見えたのに。どんな顔で見せてくれているのか、わかったのに。
どきどきと、何だか少女みたいに胸が高鳴った。二人で一緒に宝飾店を見て回るのだって楽しかったけど、こんなに特別な気持ちになるのはこれが初めてだ。これから那由他ちゃんと、婚約するんだ。
言葉でどんなに重ねるより、ただネックレスを付けるこの行為が私にそれを自覚させた。那由他ちゃんは私のもので、私は那由他ちゃんのものになる。その約束の証なんだ。
「はい、できましたよ」
「うん……ありがとう。似合う?」
「はい! とっても、お綺麗ですよ。……千鶴さん」
振り向いて尋ねる私に、那由他ちゃんはにっこり微笑んでからそっと私の髪を撫で、額を撫でるように髪を払って、額にキスをした。
「ふふ。婚約者になったと思うと、千鶴さんがなんだか、今まで以上に愛おしいです」
「那由他ちゃん……ふふ、ありがと。私もおんなじ気持ちだよ。おでこ、届かないからちょっとしゃがんで」
「はい」
ちょっとだけかがんだ那由他ちゃんのおでこにキスを返す。これが、堂々と唇にできる日が近づいてきているのだ。そう思うとちょっとした興奮と共に、何だか感動してしまう。
那由他ちゃんとはまだ、出会って一年と少し。まだまだ、長い付き合いとは言えないはずなのに。もう私の頭の中は那由他ちゃんでほとんど占められている。それが不思議なような、当たり前のような、変な感じだ。
私は大好きな那由他ちゃんと共に、おじさんに大事な話があるので時間をとってもらえるようお願いした。
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