第58話 抱っこしてなでなで

「な、那由他ちゃん? その、ちょっと、強くない?」

「痛い、ですか?」

「んっ、い、痛くはないけど」


 那由他ちゃんの腕がぐいぐい力がこもってきたのでさり気なく注意すると、那由他ちゃんは尋ねながらも私の首筋に顔をうずめるように寄せた。首筋に唇があたりながら話すものだから、これまたくすぐったいし、それだけじゃなくてなんだかぞくっとしてしまう。ちょっと変な声が出てしまって恥ずかしい。


「ん、すー、すー」

「な、那由他ちゃん? なんか、息、荒くなってる?」

「んん。千鶴さん、いい匂いです。あったかくて。はぁ、何だか、どきどきしてきました」


 ぎゅっと腰を引き寄せられ、那由他ちゃんの体に強く押し付けられる。胸があるのでわずかに隙間があったのがなくなるほど体を押し付けられ心臓の音まで聞こえてしまう。那由他ちゃん、こんなに心臓うごかして。興奮してきてる?

 意識しないようにしているのに、那由他ちゃんの鼓動と鼻息でどうしようもなく私の心臓まで早くさせられてしまう。


「な、那由他ちゃん。その、そろそろいいんじゃないかな?」

「駄目です。もっと、私が満足するまで。ご褒美、なんですから」

「う……」


 そう言われると、これまで毎日ストレッチ頑張ってくれてたんだもんね。固かった体で、ほんの気まぐれにしたアドバイスを真面目に実践してくれたんだもんね。那由他ちゃんの今後にもいいこととはいえ、約束は約束だ。

 那由他ちゃんは私の頭を撫でるのをやめて、両手で私を抱きしめたまますりすり首筋に頬ずりして、体全体を揺らすように全身擦りつけるようにしている。


 うぅ。へ、変な気になってしまう。落ち着け私。那由他ちゃんは純粋に私が好きでやってるだけで、こんなの犬がじゃれついてるみたいなものだから。性的な意味ないから。


「はぁ……千鶴さん、ほんとに、いい匂いです。これ、何の匂いですか?」

「えぇ? 別に、ひゃっ」


 微妙に両手で私のお腹をなでなでしたい手がが太ももに伸びて、外をすり擦りして内側まで撫で始めたので、ズボンとはいえ悲鳴をあげてしまった。だって部屋着だし夏みたいな薄着ではないとはいえ、普通のチノパンだから、圧迫感や感触も伝わってしまう。


「ふふっ。ひゃっ、って。可愛い」

「うぅ。だ、黙ってよ。さっき黙るって言ったじゃない」

「はいはい、わかりました。そのかわり、千鶴さんもしー、ですよ」


 なんだその子供の我儘に言い聞かせるような言い方は、と言いたかったけど、恥ずかしさがまさったし、せめて吐息のくすぐったさだけでもやめてほしくて私は黙った。顔を隠していた手はいつの間にか口元をおおうだけになっていたけど、もうこうなったら声だけは出ないようにしなきゃ。


「はぁ、はー」


 う。那由他ちゃん、黙ると結構吐息荒いのがはっきりするし、全然ましにならないどころか、会話で意識そらせないのでますます那由他ちゃんからの刺激ばかりが脳みそを占有してしまう。

 なんだか両太ももの手は撫でるどころか揉むようになったり、何だかきわどいところまで親指が来ている。でも、そこは駄目、とかいって逆に興味引いても困るし、ズボンのチャックがあるからと自分を誤魔化す。


「!?」


 それに自分の唇を押しつぶす勢いで手を当てて耐えていると、那由他ちゃんは私を抱っこしたまま倒れるようにして転がった。そしてがしっと那由他ちゃんの両足が私の足にからみつくようにまわってきて、那由他ちゃんの両手が私の胸元にすべりこんできた。


「あっ、ち、ちずるさんっ」

「んん!?」


 なんだか自分の方が触られているかのような反応をしながら普通に那由他ちゃんが私の胸を揉んでいる。え、な、なにこの状況は!? 普通にパーカー越しでも力強いくらいで、ちょっと、ちょっと待ってホントに!


「な、な那由他ちゃんストップ! ちょっとストップ!」


 慌てて那由他ちゃんの手に重ねて、自分で自分の胸に手を当てるような姿勢でなんとか那由他ちゃんに制止をかける。


「は、はぁはぁはぁ。ち、ち、千鶴さん、なんか、なんだか、体が熱いですっ」


 私の言葉に何とか指の動きはとめた那由他ちゃんだけど、めちゃくちゃ息が荒いし、言われなくても那由他ちゃんの体が熱いのは私もわかってるよ。私も熱いよ。


 お、おちつけ。落ち着こう。胸を触ってるのもほら、私もこないだしちゃったしね。それにほら、単純におっぱいって脂肪だから手触りいいもんね。なんとなく赤ん坊の頬をぷにぷにしたくなるのとおんなじだ。だから胸を触ってもおかしくない。おかしくないよね。

 うん。落ち着け私。だって那由他ちゃんにこの後の展望とかないから。ただ触りたくて触ってるだけだから。恋人に触れられてるとか考えたら終わりだ。那由他ちゃんは大きな犬、純粋な天使、無垢な悪魔、だから触っても他意はないし、興奮するものじゃない。お風呂で体を洗ってるだけで興奮しないのと同じだ。ここが踏ん張り時だぞ私の理性! 


「那由他ちゃん、あのね、その、くすぐったいから、ちょっといったん、手を離してほしいな」

「は、はい……」


 那由他ちゃんは素直に手を離し、だけどちょっとだけ前に出した状態で空気を動かすように指先を動かしている。うう。その動き、なんか恥ずかしいな。


「そ、そろそろ満足しない? ご褒美、もう大丈夫かな?」

「……あの、も、もうちょっとだけ、駄目ですか?」

「えぇ……」

「も、もうちょっとだけ! もうちょっとだけですから。こう、なにかがひらめきそうなんです!」


 いや、何の話ししてるの!? ひらめくっていうか、それ何か、開けちゃいけない扉を開ける的なやつじゃないかな!? でも、これ、断ったところで今更と言うか。それで後々気にされるよりはこれで一回満足するまでやってもらったほうがいいのかも。今、私我慢できてるし。この精神状態のほうが。うん。


「じゃ、じゃあ、あとちょっと、い、一分だけ」

「え? ご、五分お願いします」

「ごっ……わかった。タイマーかけるからね。それで納得してよ」


 五分は長すぎるのでは? と思ったけど、三十分とか言われるよりずっとマシだ。私は手を伸ばして何とか卓上からスマホを引きずり降ろしてタイマーをセットする。


「いくよ。じゃあ、スタートんんっ」


 押した瞬間、那由他ちゃんが勢いよく私の胸を鷲掴みにした。スマホをとりおとしながら私はまた自分の口を押えた。


 それから五分間、私は耐えた。那由他ちゃんは段々揉み方にも変化をつけたり、時々太ももやお腹も撫でるし、足先で膝下も撫でてくるし、そもそもその光景自体えげつない。ちょっと下見たら那由他ちゃんの太ももめっちゃ見えてるし。私はひたすら心を無にすることに努めた。


 ぴぴぴぴ! とアラームが鳴った瞬間、私は長すぎる五分間にようやく那由他ちゃんから解放された。全身まきつくような力が抜かれるけど、半分のしかかるような姿勢なので動けない。


「な、那由他ちゃん、早く離して」

「……」


 那由他ちゃんは黙って腕と足をどけてくれて、私は何とかそこからはい出した。あまりに熱い。私はパーカーを脱いで、卓上に出しっぱなしのお茶を飲み干した。


「はぁっ、あー……」


 つ、疲れた。頭おかしくなりそう。ていうか、なんか、気持ち悪い。トイレ行きたい。でもこう、あんまりすぐトイレ行くのもおかしいって言うか、察せられてもねぇ?


「那由他ちゃん、満足、したよね?」

「うーん……なんだか、まだ、もぞもぞしますけど、はぁ……疲れたので、何だかやり切った気はします」


 那由他ちゃんは脱力して床に転がったまま、目を潤ませ赤らんだ顔を私に向けてぼんやりとした微笑を浮かべた。なんて顔をしてるんだ。小学生がしていい顔じゃないよ。


「でも、なんだか、変な感じがします……はぁ」


 ため息が悩ましすぎる。き、気分を変えよう。あとスカートもすごいはだけてるし。スパッツ履いてるのが見えてしまうくらいなので、きわどい。


「と、とりあえずお茶でも飲みなよ」

「そうですね……んっ」


 ゆったりと体を起こして、自分のカップに手を伸ばした那由他ちゃん。お茶を飲むだけで、何だかいつもと違って気だるげだし、こう、色気を感じずにはいられない。これは私の見る目が変わってるのか、事実として那由他ちゃんが一皮むけてしまってるのか、判断つかないな。


「とりあえず、トイレ行ってくるね」

「あ、私も行きます」

「え……じゃ、じゃあお先にどうぞ」

「あ、はい」


 絶対にすぐ入られたくないので、先に行かせて私は部屋で待つことにした。最初以降してないのに、何でこんな時に限ってタイミングダブるかな。と思いながら待って、那由他ちゃんが戻ってきてから部屋を出てトイレに行った。


「お待たせー」

「い、いえ」


 無事身ぎれいになってすっきりして部屋に戻ったのはいいのだけど、何だか那由他ちゃんはさっきよりもめっちゃ恥ずかしそうな顔をしている。那由他ちゃんも冷静になってさっきのが恥ずかしくなったのかな? あの、いやらしい意味じゃなく、普通にね? 普通にあんなに胸にじゃれてたら子供っぽいって思ったのかもね? 那由他ちゃん無邪気だからね、変な意味じゃないもんね。


「何かあった?」

「い、いえ。何でもないです……あ、あの、ちょっと、部屋暑いので、窓開けてもいいですか?」

「え? ちょっとくらいならいいけど。あ、ごめん、私先にパーカー着るからちょっと待ってね」


 さっきのドタバタ中は汗ばむほどだったとはいえ、すでに外は涼しい気温なので、今のシャツ一枚だと窓を開けるのは辛い。すでにトイレに行ったので体も冷えているし、定位置に座っている那由他ちゃんの足元、机の下に押し込むようにさっき投げるように脱いでしまったパーカーを回収する。


「あ、あ」

「? え、な、なに?」


 回収時、やたら挙動不審に那由他ちゃんはスカートを押さえて私から距離をとるようにお尻をずらした。

 え、何その反応。逆じゃない? 私の方が太もも撫でまわされたのに、なんで那由他ちゃんの方がそんな警戒してるみたいな反応なの? え、理不尽すぎない?


「な、なにその反応。私に近づかれるの嫌ってことなの? さっきあんなに私のこと抱きまわしたくせに」

「ち、違います。失礼なことしてすみません。あの、そうじゃなくて、その……わ、私、その、く、臭くないですか?」

「え?」


 パーカーを手に持ったまま、四つん這いで那由他ちゃんにさすがに文句を言うと、那由他ちゃんは自分の体を抱きしめるようにしながらそんなことを聞いてきた。ちょっと顔を寄せて嗅いでみる。まあ、ちょっとだけ汗のにおいがしないでもない? くらいかな?


「お互い、ちょっと汗かいちゃったけど。そのくらいわかってるしよくない?」

「……その、き、汚い話なんですけど。あの、さっき、興奮しすぎたせいか、ちょ、ちょっとだけなんですけど……その、も、もらしちゃって。す、すみません。す、スパッツは無事なので、大丈夫だと思うんですけど」

「…………いや、おしっこじゃないと思うよ」

「え?」


 ……いや、これ、説明するの? いやでも、おしっこもらしちゃったと思わせておくのもあれだし。


 冷静を心がけて、できるだけ客観的に説明した。したけど、じゃあ千鶴さんも? とか言われたし答えないわけにいかなかったから死んだ。

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