第57話 前屈が届いた!
那由他ちゃんには交換日記上でも改めて、今度こそ、今度こそ胸を張って恋人と言える程度に清く、犯罪行為は絶対にしないと宣言しておいた。
いや、言葉にすると当たり前のことすぎて、守れてなかった現状に凹むけど。二週に一回ペースでまあまあ守ってなかったもんね。はい。小学生にしちゃいけないことは、那由他ちゃんにもしちゃいけないのだ。
キッチリ怒り、いつでも出動できるアピールで浮き輪を二つ部屋に配置したことで私の本気を感じたのか、那由他ちゃんも大人しく無理に私をあおってくることはなくなった。それでいいんだよ、那由他ちゃん。那由他ちゃんはいつでも可愛く素直ないい子だもんね。
相変わらずダーツは続けているけど、肌着は脱がないルールにしたのもあって、今のところ清純である。まあ、私の手足や首筋にキスマークを付けられてしまってはいるけど。うん、まあ。那由他ちゃんには常に一か所しかないよう我慢してるし、セーフ、だよね?
検定があったり、芸術の秋と言うことで美術館へ行ったりと、部屋にこもりっきりでない健康的な交際を行った11月。そして12月。世間はそろそろクリスマスシーズンと言うある日、那由他ちゃんはにこにこしていた。
「何かいいことあったの?」
「はい!」
「えー、なになに? 教えてよ」
「えへへ。お勉強が終わってから教えますね」
なんてやり取りがあってから、しっかりといつも通り課題をすませた。那由他ちゃんの学校での成績は今のところほぼ百点満点の好成績だ。小学生だとわかってからは、普通に学校のテスト結果も見せてもらっているし、課題以外にも学校でわからなかったことも教えている。
小学校のことも教えてもらっていて、学校校舎を見たことでどんな生活を送っているのかも詳しく想像できて、とっても楽しい。
「そう言えば那由他ちゃん、髪の毛伸びてきたね」
「え? ああ、そう言えばそうですね」
片づけようと鞄を膝に乗せて中をのぞきこむ那由他ちゃんの姿に、そう言えば、と話題をだす。実際にはそう言えばどころではない。出会った時は前髪が長いだけで全体的に短めのショートって感じだったけど、今は毛先は肩に届いてるし、高めの位置から段があったのが下がり、一番上の段で耳の下くらいだ。定期的にカットしているぽくて、前髪の長さはキープされているし、毛先もすごく乱れているほどではないけど、伸びてきているなーって感じだ。
「どこまで伸ばす予定なの?」
「うーん、実は今まで伸ばしたことがなくて、今も別に、伸ばしているつもりはないんですけど、適当に整えてくださいって言ったらこうなっているだけで。前はお母さんと一緒に行って代わりに注文してもらってたので。その、なんて言えばいいのかわからなくて」
「あ、そうなの? じゃあもしかして前髪ものばしてないの?」
「あ、この前髪は結構前から長くしてます。その、背が高くなってから、周りの視線が気になるって言うか」
通っているのは家の近くのでおばさん行きつけの美容室らしい。顔見知りで名前も覚えられている間柄なので話すのが緊張するわけではないけど、単に大人相手に何を話せばいいかわからないし、言い方がわからないだけらしい。それって割と緊張しているのでは? と思わなくもないけど、まあしてないって本人が言っているからそれはいいとして。
「じゃあこのまま伸ばすの?」
「うーん……でも今度、お母さんが帰ってくる日が増えるので、次は一緒に行くかもです」
「お母さんは何か言ってないの?」
「伸びた髪型も似合うわねって言ってくれてます」
「じゃあ次は髪型伸ばす形でってなるっていうか、那由他ちゃんの意見聞いてくるんじゃない? 那由他ちゃんはどう思ってるの?」
単に那由他ちゃんが惰性でそのままを希望して、おばさんの注文でこのままの髪形を続けてきたらしい。そう言えば那由他ちゃんのアルバムとか見たことないな。あんまり家に行ってないから仕方ないけど、今度行く形で提案してみようかな。
那由他ちゃんはどうやら今も髪型にこだわりがないようで、私の質問にも軽く小首をかしげながらペンケースを中にいれた。
「うーん。乾くのが早いので、短い方が好きかも知れません」
「そうなんだ。那由他ちゃんなら長いのも似合うだろうし、綺麗な髪だから色んなのを試してみてもいいと思うけどね」
「うーん……ちょっと、考えてみます」
「まあ、那由他ちゃんは何でも似合うし可愛いから、単にいろんな那由他ちゃんも見てみたいなってだけだし、私の意見って気にしなくてもいいけどね」
髪を短くするのはいつでもできるけど、どうしても髪型のバリエーションないしね。前のだと結ぶこともできない。まあ、言っても私も、ぎり一つ結びにできる程度のボブなのであんまり言えないけど。これでも高校生時代は長かったりもしたんだよね。あー、那由他ちゃん、三つ編みとか似合いそう。想像だけで可愛い。ま、とにかく、一回くらい長いの試してもいいんじゃない? ってことだ言いたかった。長い手間も、意外となれたらそうでもないしね。
「そうですね。そうします。ところで、そろそろ私のいいこと、発表してもいいでしょうか?」
「あ、そだったね。なんだったの?」
鞄をしめて横にどけながら那由他ちゃんがにこっと雰囲気をかえて微笑んだ。那由他ちゃんはテストの点数がよかった時もこんな感じで笑顔で報告してくれるし、きっととってもいいことがあったんだろうなぁ。
ちゃんといつも通り、頭をなでてよしよしして褒めてあげなきゃ! と思う私を前に、何故か那由他ちゃんは立ち上がった。
「いきますよ。みててください」
「え? う、うん?」
一度両手をあげた那由他ちゃんは真剣な顔でゆっくり手を下げ、それについて行くようにして腰を曲げていく。あ、前屈だ。とぼんやり見ながら、那由他ちゃんの指先が地面につく。
「すー、ふーっ」
大きく呼吸をしながら那由他ちゃんの手のひらがさらにおりていく。しっかり判定するよう私も上半身を倒して床に顔をつけて見守る。
「ふー! つ、つきましたよ! 見ましたよね!?」
大きく息をついた瞬間、那由他ちゃんの手首下の手のひらまでしっかりと床についた。もちろんすぐに離れたけど、それでも浮いているのはわずかで、十分届いていると言えるだろう。
「見た見た! ずいぶん柔らかくなったよね」
「はい! えへへ。足の指も、ちゃーんと間にはいるようになったんですよ」
起き上がって、えっへんと腰に手を当てて胸をはる那由他ちゃんに、思わず見とれてしまいそうなのを堪えて立ち上がって視線を誤魔化し、頭を撫でて褒める。
「おー、偉い偉い。真面目につづけてたんだね。最初以降、あんまり日記にも書いてないからどうなのかなってちらっと思ってたんだよね」
「ちゃんと真面目にやってましたもん」
「ごめんごめん。那由他ちゃん真面目だもんね。いい子いい子ー」
「えへへ。あのですね、じゃあ、ご褒美、欲しいです」
「ん、あ、はいはい。抱っこね」
正直そろそろ忘れかけていたけど、約束はちゃーんと覚えている。私が那由他ちゃんに抱っこされるって話だ。うん、恥ずかしいしあんまり気が進むわけじゃないけど。那由他ちゃんがしたいならいいでしょ。
ちょっぴり恥ずかしそうに頬を赤らめながら、那由他ちゃんは腰をおろす。いつもの正座ではなく両足をのばして、少しはしたなくも広げて座った。
「じゃあ、ここに」
「う、うん」
そして自分の太ももを一撫でするようにして私に着席を促した。今日は平日。那由他ちゃんは制服だ。長いスカートは膝小僧の半分くらいを隠しているけど、その動きで少しだけ動いて膝の上まで見えてしまう。
それを見ないふりして、言われたとおりに移動する。那由他ちゃんの足の間に背中を向けて立ち、後ろを振り向きながらゆっくりとしゃがんでお尻をおろす。
「もっと、こっちです」
「あ……うん。お、重くない?」
お尻が地面に落ちる前に、那由他ちゃんが腕を私のお腹に回し、抱き寄せるようにして太ももの付け根におろさせた。背中に当たる那由他ちゃんのボリュームに動揺しつつ、しっかりと体重がのってしまっているので思わず聞いてしまった。聞いたところで、那由他ちゃんがやめないのはわかっているのに。
振り向くと那由他ちゃんは私の肩口に口元を隠すように見えた。その新鮮な角度に意識を奪われる前に、那由他ちゃんはにんまり笑って私の耳元で囁く。
「全然、重くないです。羽みたいに軽いですよ」
「っ……さすがにそれは気障すぎるって」
那由他ちゃんは体格相応に小学生にしたら力はあるけど、鍛えている訳でも運動が得意なわけでもない那由他ちゃんが私を軽々持てるわけがない。なのにそんな返事。私が重いって言ったのを根に持っているのか。
皮肉か、と思ってしまうひねくれている私だけど、でも、にっと笑って言う那由他ちゃん、かっこいい……。うう。お腹の手でぎゅっと抱きしめて包み込まれている感じといい、ときめいてしまう。と言うか、背中全体で感じると、ほんとに那由他ちゃん、豊満ボディだよね。これに一回触ってるのか。な、何か思い出してしまう。落ち着け私。
「んふふ。照れてますね。可愛いですよ」
「か、からかわないでよ」
「からかったつもりはありませんよ。可愛いから、可愛いって言っただけです」
「う……耳元でささやかないで」
さっきから息をふきかけられているようでくすぐったいのだ。耳を押さえてお願いすると、ふふっと吐息がかけられてしまう。
「ふふふ。じゃあ、しょうがないですね。しゃべるのはやめてあげます。なでなでしますね」
「ん……」
那由他ちゃんは右手でよしよしと私の頭を撫でだした。無言で、優しいゆっくりした手付きで。
「……」
お腹の左手ももじもじ動いてるし。なんだこれ。くすぐったい。ていうか、恥ずかしい。私、今、小学生に抱っこされていい子いい子されてるのか。恥ずかしくて、死ぬかも。
両手で顔を隠して誤魔化すけど、那由他ちゃんの手の感触が生々しく伝わってくるばかりで恥ずかしさは全然減らない。
屈辱、までは言わない。と言うかむしろ。ちょっと心地よく感じている自分がいるのが、怖い。なんだこれ。こ、このままでは那由他ちゃんに妹にされてしまうのでは? いやそれはない。何を言ってるんだ私は。
「んふふ」
那由他ちゃんは何が楽しいのか、こらえたように息だけで笑いながら私を撫でまわしていく。息だけで、と言うか息がくすぐったいんだけど。と思いながら堪えていると段々那由他ちゃんの動きが大きくなっていく。
「ん? な、那由他ちゃん?」
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