第59話 大真面目に出した結論
先日の、那由他ちゃんによる抱っこしてなでなで事件。無邪気にじゃれてただけと自分を誤魔化して耐え抜いたけど、そのあとの保健の授業のせいでお互い下心ましましだったことがはっきりしてしまった。とっても気まずいし、その日はもじもじしながら言葉少なに別れてしまった。
それから二日後。スマホ上では何事もなかったかのようにあたりさわりないいつものいちゃいちゃしかしなかったけど、実際に会うと、やっぱりとてつもなく気まずい。
「……」
「……那由他ちゃん」
「はひっ、あ、は、はい。な、なんでしょう」
定位置についたけどお互い話さないので思い切って声をかけると飛び上がって距離まで取られてびびられてしまった。そ、そこまで。この間もそうだけど、人が見たら私が警戒されてるみたいな態度とるの、二人きりとはいえ絵面的にちょっとダメージくらうからやめてくんないかな。
まあとにかく、気持ちを切り替えよう。ここは大人の私が、ちゃんと言って空気をかえよう。えー。なんて言おう。
「なんていうか。うん。はい。……あの、この間のは、あくまでご褒美に抱っこしてみよっかって言うだけのあの、たまたまちょっと変な感じになっちゃっただけなので、その、忘れ、はできないけど、うん。あんま引きずらずに、気を取り直していこうよ」
よし。これでいいかな。と自分では及第点をあげたかったのだけど、那由他ちゃんは一瞬呆けた顔をしてからしょんぼりしたように顔を伏せた。あれれ?
「あの、那由他ちゃん? 私の言い方まずかったかな? 別にあれが駄目だったとか、文句があるとかじゃないんだよ? ただね、あれはあくまで特例だから」
「たまたまじゃ……ありません。私は、ああしたくて、したんです……。その、ごめんなさい。千鶴さんに、触りたくてしました」
「あー……はい。えっと、あれかな? もしかして今後も隙あらば同じことをしていこうと考えている的な決意表明だったりするのでしょうか」
「……そ、そんな感じです。えっと、たまたまで、なかったことみたいになるのは、その、ちょっと、嫌だったので」
「そっかそっかぁ」
うーん。はい。そんな感じって控えめな微笑みでとんでもないこと肯定されちゃったね。やばいじゃん? 私の体狙われてるじゃん? ていうか、あんなの同じことまたされて、そしてただもみくちゃにされるだけで終わるんでしょ? 私の理性のこと無敵超人だと思ってる?
そしてこれは、どういえば正解になるの? うーん。那由他ちゃんが望むことを言ってあげるのは別に、簡単だ。ていうか簡単って言うか、欲望のままだ。じゃあ倫理的に正解を言うと、そんなこと駄目だよってか。那由他ちゃん悲しむって言うか、そもそも無理があるんだよね。
「……」
だって私たち恋人同士で、お互いにお互いを思いあって、性的にも意識しあってることがはっきりしちゃってて、ルール上は成人まで待たなきゃってわかったうえで待てないかもって思ってるのも同じなのだ。ただやみくもに駄目って言って抑圧しても無理でしょ。
那由他ちゃんはどうせ待てないならすぐしたいし黙ってればいいじゃん派で、私は我慢したいけどついつい我慢できなくなっちゃってる派なのだ。こんなの先が見えているって言うか、そりゃ那由他ちゃんも諦めないでしょ。だって私、どう見ても押せばいけそうだもんね。
あんなにはっきり意思表示して浮き輪を用意したくせに、ご褒美って名目を付ければ胸を触らせるし、それで興奮したのもばれてるし、しかもそれで浮き輪を使いますって言いだすこともないんだもんね。
……私、ちょろすぎるな。流されすぎ。自分に甘い。そして客観的に見ても、絶対これ成人までとか無理だな。
「……千鶴さん、怒ってます、か?」
「ん? あ、ごめん、黙っちゃって。ちょっと、真面目に考えてた。先に勉強してもらってていい?」
「あ、は、はい……あの、私のさっき言ったことについて、考えてくれてるんですよね?」
「え? うん」
「じゃあ、はい。勉強して、待ちます。あ、ここでの待ちますは、今日今この時間ってことですけど」
なんかめっちゃ予防線はられたけど、とりあえず那由他ちゃんはこの間の続きを自主的にしてくれた。別にこれで待ちますって言ったから、じゃあ成人まで待ってよとは言わないし、それ関係なく成人まで待ってって言ったうえで拒否してるんだからその前置き意味ある?
……いや、それだけ必死に私を求めてくれてるんだよねぇ。うう。思い出してしまう。
那由他ちゃんは真面目に勉強をはじめて、ほんとに偉い。気持ちの切り替えが上手。
……。うん。好き。愛してる。ちゅーしたい。真面目に言って、色々したい。て言うか夢の中ならもう色々してる。起きてる時の妄想は自重してそういうことはしないけど、夢の中ではまあまあやばいよ。大人になったバージョンもあるけど、そうじゃないのもあるしね。
だからもう、認めるしかない。私は那由他ちゃんとえっちしたいってことを。公にするしかない。
公と言ってももちろん、堂々と口にするわけでも公言するわけでもない。ただ、自分の欲望を認めて、それを実現できるような方向に努力した方がいいってことだ。
つまり、家族にたいしては直接言わなくてもそれが目的としてるってバレたとしても仕方ない。隠さない。誤魔化さない。そう言うことだ。だいたい小学生だからあれなだけで、本来恋人ってそう言う目で見るのもそりゃ込みだから公にしないけどそれは当たり前だからね。改めて口にしないだけでなにも恥じることはない感情のはずなんだ。
……いやだから、小学生なのが問題なんだけどね?それはおいといて、つまり結論はこうだ。
プロポーズしよう。正式に。できるだけはやく。そして婚約関係を結ぼう。これだけが、世界で唯一この国で合法的に那由多ちゃんとえっちできる方法なのだ。
婚約自体に年齢制限はないし、来年になれば那由他ちゃんは中学生の13歳になる。法的には可能だ。指輪だけならバイトでためてるお金だけでも買えないわけじゃない。ていうか、最終的には社会人になる前に自分の車買えるようにと思ってたから、使いつつもそこそこ貯めてはいる。
でもそれだけじゃない。やっぱり、ちゃんと就職してないと親御さんの許可はおりないだろうし、なにより私がそんな空手形は嫌だ。一生に一度のプロポーズが、いずれいいところに就職しますからってそんなバカな話ある? ないわ。最低でも内定はもらっておきたい。
一応、ここ数か月で将来のことを考える機会はあったので、ある程度業界の絞り込みとかはしてる。交流のあった先輩から話を聞いたりもしたけど、まださすがにどこの会社にまでは決めかねている。ここにはいれたらいいな、と思うとこもあるけど、ちょっと難易度高そうなところなので他にも見繕っておかないと。
六月くらいに内々定もらってる先輩も結構いたけど、後期募集もあるわけだし、那由他ちゃんのためだけじゃなく、私だってできるならいいところで働きたい。そもそもの内定って出せるのが秋からなんだし、焦ってランクを落としたくないから、だいたい一年以内に就職先を決定するのが目標でいいだろう。もちろん席数は決まってるんだから早く決まるに越したことはないだろうけど。
決まったらプロポーズしよう。よし。もちろんね、反対される可能性は低くはない。でもそれはそうなった時に考えるべきことだ。少なくとも就活を頑張ることは、那由他ちゃんが大人になってから婚約するにしたって必要なことだ。
そして何より大事なのは、そうした具体的で近い日付の解禁目標をかかげることで、少なくともそれまでは我慢できるようになるはずだ。
大人になったら、が曖昧で遠すぎるから、心がゆれるのだ。だけど一年以内、それも将来にかかわる重要なことの為にも努力が必要、となれば那由他ちゃんだって私だって、その為に我慢や努力することはできる。
今までも那由他ちゃんと結婚したかった。少しでも早く婚約したかった。でもそれはあくまで意思表示だし、明確に下心ではなかった。それに具体的にいつするかはまだまだ曖昧にとらえていた。
だけど今、決めた。一年以内に就職活動を成功させたら、プロポーズしよう。そしてそのまま婚約を那由他ちゃんのご両親にお願いしに行こう。
もちろんこれが那由他ちゃんじゃなくて同い年だとしても、まだ早いって声がでるかもしれない段階なのはわかってる。就職して生活が落ち着いてから結婚したっていいし、婚約だって慌てる必要はない。
だけど私はちょっとでも早く、那由他ちゃんと一緒になりたい。この気持ちをもう抑えきれない。
だって同い年だとすれば、ここまですれば十分とも言える段階だ。慌てる必要がなくたって、私の心はいつだって急いているのだ。交際一年の内定卒業が決まった大学生となれば、少なくとも婚約を言い出しておかしい段階ではない。
だからそうしよう。ちゃんと手順を踏んでお願いしに行こう。
「よし」
「ん……千鶴さん? なにか、考えがまとまりましたか?」
「うん。ごめん、勉強中に。ちょっと遅れたけど、私も今から作業するよ。そのあとで、大事な話するね」
「えー、気になります。もう40分くらいはしてますし、休憩させてくださいよ。大事な話ならなおさら、先にお話し聞きたいですよ」
ペンのお尻で自分の唇をつついてから、那由他ちゃんはニコッと笑ってノートを閉じた。対応がスマートすぎない? 勝手に考え込んで勝手に結論出して空気変えた私に対して、完璧な受け答え。はあ、好きすぎる。
「じゃあ、言おうかな。と言っても、今更みたいなことで、単なる決意表明って思うかもしれないけど」
「はぁ。よく、わかりませんけど、さっき考え出されたことと違うことを考え込まれてたってことですか?」
私のもったいぶった言い方に、さっきの那由他ちゃんがわざと私の胸を触りましたって言う申告と関係ないことだと思ったのか、那由他ちゃんは小首をかしげながら机に肘をついてちょっと上体を預けるようにしながら私の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。
とんでもないことをして言っていたのに、こんなに無邪気な仕草が似合って、どうしようもなく小学生なのだとわからされる。それでも、私の気持ちは何も変わらない。
「あのね、那由他ちゃん。大好き。結婚しようよ」
「えっ」
まん丸に目を見開いた那由他ちゃんは、もったままだったペンを手から転がり落とした。
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