第53話 小学生ごっこ
「あの、那由他ちゃん?」
「は、はい! なんでしょう」
「いや……見てるのわかるからね?」
「あ、いや、その、ち、違うんです。ただ、なんだか、千鶴さんが着替えるの見ていると、どきどきして、目が離せないと言いますか」
それってなにも違わないのでは? 那由他ちゃんにあまりに露骨にちらちら見られたので、苦笑しながら指摘すると赤くなりながらガン見になってしまった。
いや、上もキャミは着てるし、スカートは上からはくからあえて部屋を出てもらうレベルとは思わないけど、じっと見られるとやっぱり恥ずかしいな。おかしい、一緒にお風呂まで入ってるのに、今更そんな。
とりあえず背中を向けて着替えた。那由多ちゃんの制服なので少し大きい。洗濯したての匂いなのだけど、なんとなく包まれてる気持ちになってしまう。スカートが長いので折り込んで、シャツもインして、袖を折れば。うん。パッと見普通に制服。
せっかくなので姿見でよくみてみるけど、普通に学生服をきてるだけなので、小学生コスプレをしてるようにはみえない。まあすでに大学生なので、高校の制服だとしてもコスプレなのだけど。
「うーん、割といけんじゃん?」
サイズが普通だし、別に学生気分のままなので、高校の制服だとしても違和感ない、と自分では思う。折角なので姿見で見てみるけど、普通のありふれたシャツとスカートなのだし、普通に似合っていると思う?
「那由他ちゃん、どう?」
振り向いて聞いてみる。那由他ちゃんはなにやら胸の前で指先をくんでまるで祈るみたいなポーズで、ぱあっと笑顔になった。
「ハイ! お似合いです!」
「お、おう。そっか。ありがと、えっと、小学生ごっこってどうすればいいのかな」
「? 小学生ごっこ? そんな話してましたっけ?」
「え、ああーん? そうだっけ。じゃあ、勘違いか……じゃ、やろっか」
そう言えば別に、制服着て見て、しか言われてないのか。完全に先走っていた。じゃあこれだけで那由他ちゃんが満足なら、それはそれとして、普通に小学生ごっこすればよくね? 折角だし。だってもうする前提で覚悟決めてるし。
「え? やるって、小学生ごっこですか? それは、え、なにを?」
戸惑う那由他ちゃんの隣に座る。おっと、勢いよく座りすぎてスカートがふわっとなってしまった。私服でスカートあんまりはかないから忘れてた。
「わ、す、スカート、何だか短くなってますね?」
「うん。折った。その方が可愛いでしょ?」
「よ、よくお似合いです……」
那由他ちゃんは何やら頬を赤らめているけど、いや、那由他ちゃんのスカートが長いだけで、この位普通では? 小学生の方がスカートみんな短いくらいじゃない? あー……あの学校はそうでもないのかな? 駄目だ。参観日にまで行ったのに、那由他ちゃんしか見てなかったから他の子がどんな着こなしだったか全然思い出せない。
「えっと、じゃあ、同級生のお友達の設定でお話してみる?」
「同級生の設定でお話しするのはいいですけど……お友達なんですか?」
「そんな嫌そうな顔しなくても。わかったわかった。じゃあ、友達から恋人になる一日と言う設定で行こう。放課後、私の家に遊びに来ている設定で。あ、ため口でいいからね」
「あ、ど、ドラマ仕立てなんですね。わ、わかりました。えっと……よ、呼び方はどうしますか?」
「あ、そうだね。さん付けはおかしいし、適当に変えてみて。合わせるから」
「は、はい。……えっと、お、お家に招いてくれてありがとう、ち、千鶴」
あ、呼び捨て……。全然、全然ね、いいのだけど。普通に同級生の友達とは下の名前呼び捨てだし、いいのだけど。那由他ちゃんに呼び捨てされるの、ちょっと、きゅんとしちゃったな。でへへ。
「う、ううん。全然、来てくれて嬉しいよ、那由他」
「は、う、うん……え、えへへ。な、何だか、照れますね」
「ね、ねぇ。ちょっと、うん。……名前は、いつも通りにしておく? 今日のところは」
「そ、そうですね。えっと、じゃあ、千鶴さん」
「うん、那由他ちゃん」
改めて名前呼ぶのもそれはそれで、はぁ。那由他ちゃん、ほんとに可愛い。顔見てるだけで幸せ。でもほんと、罪深いんだけど、顔見てると、キスしてくなるって言うか、触れたくなるよね。さっきのキス、普通に思い出してしまう。
「ねえ、那由他ちゃん。私たち、来年卒業だね」
「え? あ、は、う、うん。そうだね」
しばし見つめあっていたので、那由他ちゃんは一瞬役を忘れたのか私の言葉に首をかしげてから慌てて頷いた。
何にも考えてなかったけど、恋人になる日ってことは、告白をする日って言うことだ。ごっこ遊びとはいえ、今から告白するってなるとなんだかちょっと緊張するな。那由他ちゃんがあんまり気負ってないのが余計に、突然の告白をするんだって気になって。
「中学生になる前に、那由他ちゃんに伝えたいことがあるんだけど……聞いてくれる?」
「え? な、なに?」
流れはわかってるだろうに、手をとって真剣な声でそう言うと那由他ちゃんは動揺したように瞳を揺らした。はあ、可愛い。この可愛い子に今から告白して恋人になるんだ。なんだか役に入り込んでしまいそうだ。
「……私、那由他ちゃんが好きなの。友達じゃなくて、恋人になりたいんだ」
「……うん。私も、好き。恋人になりたい。ずっと一緒にいたいな。……あぁ……どうして、千鶴さん、ほんとに私の同級生じゃないんですか?」
「えぇ、そんなこと言われても」
那由他ちゃんは嬉しそうに微笑んでから、何故かしょんぼり涙目でそんな文句を言ってきた。さすがにそれはどうにもならないんですけど。逆になんで那由他ちゃんこそ小学生なの。那由他ちゃんが小学生の方がよっぽど理不尽だと思う。
「ほんとの同級生だと、出会えなかったよ。だから私はこれでよかったと思うな」
「うー、それはそうかもですけど。……そうですね。千鶴さんはロリコンですもんね。ほんとに同級生だと、私のこと好きになってくれないわけですから、仕方ないですよね」
「いやー……はい」
それはね、だから、那由他ちゃん専用のロリコンなので、那由他ちゃんが逆に年上ならそれはそれで年上好きになってただろうし、違うんですよ。同級生だと出会わないのは、私小学校公立だし小学生にしたら遠い場所にいるから会わないんだよ。と言いたいけど、仕方ないって諦めてくれているのにそれを言っちゃうと、うん。
と言うことで頷くにとどめた。
「ま、気分だけ楽しめばいいじゃん。これからはずっと傍にいるんだから」
「そうですけど、でも、学校では千鶴さんいないんだなって、思っちゃったので。はぁ……学校、行きたくないです」
「まだいじめられてるの?」
「い、いじめって、ほどじゃ、ないんですけど。女の子はまだ、避けられてます。田中君とは、千鶴さんのおかげで誘われても断ったら悪口言われるだけで諦めてくれます」
「なぬ! 悪口とな?」
もにもにと、指先をあわせて目線をそらして言われたけど、いや、それ十分いじめられてるよね!? 許さんぞクソガキ!
「なんですかそのテンション。悪口って言っても、断るとか馬鹿、みたいな感じなので、私は気にしてないですけど」
「那由他ちゃんが気にしてないならいいけど……でもいつでも言ってよね! 代わりに懲らしめてあげるから」
「うーん、大丈夫です」
にっこりと微笑まれてしまった。強い。まあ、那由他ちゃんがそう言うなら。言って相手は小学生だし、積極的に首を突っ込みたいわけではないしね。
にしても、最初は那由他ちゃんってもっとこう、触れれば壊れちゃいそうな感じだったけど、最近は割と溌剌としてると言うか、静かなタイプには違いないけど、意思表明はっきりしてるよね。控えめだけど言うことはちゃんと言う感じ、いいよね。凛々しい可愛い。
「それより、千鶴さん。私たち、恋人になったんだね」
「ん? ああ、そうそう。そうだね。中学で世界が広がる前に那由他ちゃんと恋人になれてラッキーだなぁ」
「ふふ。うん。私、凄くラッキーだなって思うよ。千鶴さんに会えて」
「う、うん……」
小学生ごっこなのか、単に敬語じゃないだけの普段通りなのか。小学生の設定として役になり切ればいいのか、別にいつも通りなのか。対応にとても困る。
ただ言えるのは、ため口の那由他ちゃん新鮮で、可愛いなぁ。はぁ。ほんとに同級生だったら高嶺の花なんだろうなぁ。
じっと那由他ちゃんを見る。ほんのり頬を染めて、私を熱っぽい目で見てくれる那由他ちゃん。もうすっかり馴染んだ前髪を横に払ってとめているスタイルが、どこか子供っぽい。頬の丸みも、幼い感じで、綺麗より愛らしいと感じさせる。お目めもぱっちりで、赤い頬、ぷっくりした唇、全て可愛くて触れたくなる。色白で、鼻筋だってすっと通ってて、おでこ一つとっても綺麗だし、顎へのラインも完璧に美しい。
完璧に可愛い。那由他ちゃんは将来美しくなることが決定づけられているような美少女で、今この時だけがこんな風に子供らしい愛らしさが同居していて、そんな貴重な瞬間を独り占めしてるんだ。
そう思うと、なんて幸せなことなのかと思ってしまう。こんなに幸運なことって、私の人生にもう二度とないだろう。一生那由他ちゃんといたい。この幸運を、手放したくない。
「……ねえ、那由他ちゃん。恋人になった記念に、キスしても、いいかな?」
「え? う、うん……」
那由他ちゃんとふっと目を閉じる。その戸惑いのない仕草にドキッとしながら、そっと唇をあわせた。
「ん……」
「! ……えへへ、く、口、なんだね」
「うん……だって、私たち、同い年でしょ?」
大学生の私は、いくらロリコンでも簡単に唇にキスすべきではない。さっきまでのは特例で、那由他ちゃんへ気持ちを証明するためだ。でもこれはただのごっこ遊び。いつものちょっとした戯れ。だから大学生の私が普通にいちゃつくのに唇は駄目でしょ。
でも、今の私は小学生で、那由他ちゃんと同級生の恋人なのだ。ならばこの瞬間、私はロリコンではなく、高嶺の花の女の子と結ばれた小学生なのだ。
「……うん。そうだね。……もう一回、してもいい? あ、あの、く、口、あ、開けるのは」
「小学生の私には何言ってるかわからないかな」
真っ赤な顔で目を泳がせながら言われる言葉を途中で遮る。小学生時代の私は洋画のキスすら見たことなかったし、小学生ごっこをしているのだからそれはもちろんNGだ。
私の端的な拒否に、那由他ちゃんは赤い顔のまま、ぷぅっと頬を膨らませた。
「……小学生の私は知ってますもん」
うーん。どこの悪いロリコンのせいかな? 小学生の私にはわかんないかな。
「だーめ。小学生ごっこ続ける? それともやめる?」
「……続けてください」
「はい。じゃあ、もっかいしよ」
「うん」
素直に目を閉じた那由他ちゃんに、私は小学生の気分で唇を重ねた。
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