第49話 参観日
「あれ? これって……」
大学も始まってしばらく。もうすぐ文化祭もせまっているある日。学校帰りの那由他ちゃんと家でいつものように勉強会をしようとしたところ、那由他ちゃんの教科書とノートの間に挟まっているプリントに目がとまった。
「あ、それは違いますね。間違って出しちゃいました」
「今度参観日なんだ」
かねてから告知していた参観日について、参加希望者は今回が最終申請である旨がかかれていた。二週間後か。
ていうか、参観日って申請しなきゃいけなかったんだ? うちの学校そんなのしてたっけ? なんか直前になってきてくれる人変わるとかもあった気がしたけど、やっぱ私立だから厳しいのかな。
「那由他ちゃんはお母さんまだ退院してないんだっけ? じゃあおじさんが行く感じかな?」
「あ、はい。そうです。お母さんも週に一回帰ってこれるようにはなったんですけど、日があわなかったので」
「へー……私も行きたいな」
「え?」
「那由他ちゃんが学校で過ごしてる感じ見たいな。やっぱ血縁者じゃないと無理なの?」
「うーん、一応、代理で業者の人が撮影に来たりとかあったと思いますけど、そもそもお父さんが来ますし。どうなんでしょう。でも……いいですね。千鶴さんが来てくれたら、楽しそうです」
いや、待てよ。考えたらあの悪ガキ君もいるんだよね。一応説明してくれたし、通報とか先生に言ったりとかなかったみたいだけど。ちょっと気まずいな。
それに割と思いつきの軽い気持ちでちょろっと行ってかるーく顔出せたらなって思ったけど、申請してってなるとやっぱ大げさだし腰引けるかも。ただ思った以上に那由他ちゃん乗り気な顔してるよね。誰もいけないってなったらもちろん、何があっても行くけど。おじさん行くわけだし。
「お父さんに相談してみますね。あ、平日ですけど大丈夫なんですか?」
「あ、それは全然。基本全部出てるから、一日くらい大丈夫だよ」
「大学って自由なんですね」
「まあ、自由度はあるかな。……あの、行けたら嬉しいし、軽く聞いてみてくれるのはいいけど、無理はしなくていいからね?」
「はい。でも、来てくれたら嬉しいです」
ちょっと弱腰になってしまう私に、那由他ちゃんはそう綺麗に微笑む。その微笑みを見ていると、ずっと見ていたくて、その為なら何でもしてあげたいなって思う。
そして今更、これを言うってことは、小学生なのに気が付いてますアピールになってしまうし、ますます那由他ちゃんに下手なことしても小学生って知りませんでしたと言い訳できなくなってしまうことに気が付いてしまったけど、もう何も言うまい。言い訳で逃げるのはよくないよね。
この際なのでばらしてしまおう。小学生とわかったうえで、小学生の那由他ちゃんが好きで恋人をやめるつもりもないし、将来も真剣に考えていることをわかってもらおう。
……いや、うん、何一つ偽りのない事実だけど、明確にするときっついな。小学生と結婚前提にした恋人関係を築いてるのか。うーん。それだけ聞くと、悪いことをしてる訳じゃないのに、こう、純粋な子供を騙している風味がそこはかとなくあるような。まあ、気のせいかな!
気持ちも切り替えて本日のノルマを行う。そろそろ漢字検定のほうは申請しておこうかな。英検もだけど頻繁にあるものでもないし。TOEICは毎月くらいしてるんだっけ。ならそっちは急がなくてもいいし。
漢字検定とれたら次は折角だし、就職に役立ちそうなパソコン関連のやつにしようかな。一通りの操作はできるし、テキスト見て対策すれば誰でも普通にとれそうだけど、履歴書にかける分には困らないだろうしね。
「千鶴さん、ついに漢字検定受けるんですね。その後はやっぱり一級を目指すんですか?」
「え? いや目指さないよ。合格率も段違いになるくらい難易度高いし、そこまでしても仕方ないし。次はもっと就職に役立ちそうなの考えてるんだ」
「え? そうなんですか?」
テキストを片づけながら意外そうに首を傾げられた。確かに漢字検定の勉強は好きだし、面白いけど。将来を考えるとあんまり趣味の資格に時間使ってられないもんね。
那由他ちゃんの漢字検定は続くので、一緒に感じの勉強って感じではなくなってしまうのは申し訳ない気もするけど、この間まで普通に別々の勉強だったし、些細なことだ。
「うん。ちゃんと就職して那由他ちゃんと結婚した時に困らないようにしないとだしね」
「千鶴さん……えへへ。私も、大人になったらいっぱい働きますね」
「そうだね。何かあったら困るし、一緒に頑張ろうね」
「はいっ。……えへ、えへへ。千鶴さん、だーいすき」
「ん? どしたの急に。私も大好きだけど」
鞄にペンケースも入れてから、那由他ちゃんはにこにこ笑顔で軽く私の腕をとって抱きしめながらもたれてきた。頭がごちっとなる勢いでぶつけられ、そのまますりすりされる。
頭が動かされてちょっと辛いので、那由他ちゃんの頭に手を当て髪をなでて落ち着かせる。
「ふふふ。千鶴さんはいつでも、私が嬉しいこと言ってくれるなーって思って、大好きだなって思ったので。えへへ。言いたくなっちゃいました」
「そっかそっか。那由他ちゃんは可愛いね。今日のダーツはどうする? 先にすする?」
この後、ダーツをしてキスをした。背中にたくさんキスマークをつけられたし、耳に舌をつっこまれて死んだ。那由他ちゃんのお耳はお父さんに耳かきしてもらっているらしくとってもきれいだったので、ついつい舐めてしまった私が悪いのだけども。
くすぐったいから舐めないでっていって聞いてくれたのはいいけど、消える前にされるからどんどん体にキスマークが増えているんだよね。那由他ちゃんにまずいことを教えてしまった気がする。
○
なんてことがあってからしばらく。私は那由他ちゃんのお父さんとの面談を経て、無事に参観日に参加することができた。うん、まあ。小学生ってわかってるのにまだ付き合うんだ、的な目で見られたし、再度清いお付き合いを念押しはされたけど、一応前に話した時と同じ内容なのでそこまでくどくは言われなかった。何とか交際は引き続き許してもらえている。
よかった。あとついでにお母さんにも言ったら、本気で気付いてなかったの? とか言われた。ひどい。
まあなにはともあれ、公式に親公認での交際だし、正々堂々身内として参観日に行けることになったのだ。
参観授業の後は保護者会もあるけど、もちろんそれには参加しなくていいから、あとは解散して那由他ちゃんと先に帰っていいとのことだった。何と言う美味しいとこどりなのでしょう。まあ、保護者会にでろって言われたらあらゆる意味でみんな困るだろうけど。
不審に思われないようグレーのパンツスーツでヒールもちゃんとはいてる。普段カジュアル多めな私だけど、ヒールもはけるんだぜ! まあ、五センチ以上は怖いし無理だけど。
おじさんと一緒に手続きをして入校許可証を胸にかける。ここが那由多ちゃんが通う小学校か。そう思うとなんだかドキドキしてしまう。
時間は五時間目。五時間目の授業を受けて、そのまま保護者は保護者会、子供はそれで授業終わり、と言う流れの様だ。時間帯が決まっているので、当たり前だけど廊下を歩いている今も割と他の保護者の姿は見える。すでに授業は始まっていて静かだけど、廊下から見ている保護者もいるから窓やドアが全開になっていて、普通に授業の声は聞こえる。
どうも、女の人はスーツじゃない方が多いけど、スーツもいることはいるのでセーフとしておこう。私の時はスーツの母親なんていなかったけど、私立だからって気合入れすぎた感あるね。普通に、よくありそうな服装だ。入学式卒業式ほど気合をいれてない感じがある。年に何回もあるし、そんなものか。
那由多ちゃんのクラスについた。おじさんに続いてそっと中に入ると、かりかりと生徒たちがペンを走らせる音がする。コツコツ、と黒板に文字を書く音が懐かしい。と言うか、私学なのにまだ黒板なのか。校舎も結構古めの由緒ある学校だから逆にかな。大学も黒板つかってないだけで教室にはあるしね。
同じ制服を着た子供たちが並んでいるのを見ると、いやでもここが小学校なのがわかる。みんな小さい。そんな中、明らかに一番大きい那由他ちゃんが一番左端の一番後ろに座っていた。
那由他ちゃんの後ろに移動したけど、授業に集中しているのか視線があうことはなかった。他の生徒はちらちら後ろを見たりしているので、さすが那由他ちゃんである。と言うか小学生なら普通見るよね。
「じゃあ次は順番に朗読してもらいます」
国語の授業なので普通に朗読がまわされる。ところどころ止まりながらされる子供特有の高い声。この感じ、懐かしい。ていうか、小学生が一生懸命勉強してる感じ、なんか可愛い。全体的に浮足立ってる空気といい、面白いなぁ。
そしてこのクラスで授業を受けている那由他ちゃんと私は恋人なのかと思うと、言葉にできない気持ちになるね。ものすごく悪いことをしてる気になってきた。だってこの、可愛い子供たちに手を出してるわけでしょ? 胸が痛い。那由他ちゃんのご両親の気持ちを思うと、隣の顔が見れないよ。
那由他ちゃんが真面目に勉強してる後姿を見ると、今も普通に抱きしめたいし、めっちゃ恋人としか見えないけど。小学生は普通に犯罪だよね、そりゃ。とこの平和な光景見てると思うよね。
「……!」
はっと、何かに気が付いたように那由他ちゃんが振り向き目があった。何も声を出していないけど、朗読で集中力が途切れて授業参観なこと思い出したのかな?
目があった那由他ちゃんはめちゃくちゃ嬉しそうに笑顔をむけてくれた。その距離2メートルほどが遠いよ。小さく手を振って応える。
那由他ちゃんはニコニコしながらうんうん頷いてから、ゆっくり名残惜しそうに前を向いた。何て自制的な子なんだろう。可愛い。好き。
「……」
はっ! 隣からの視線を感じてみると、おじさんからめっちゃジト目を向けられている。そ、そんなににやけた顔してたかな? おじさんは知っているとはいえ、他の保護者にまで交際していると知れるのはいいことではない。まだ犯罪ではないとはいえ、やっぱり世間の印象ってあるしね。
誤魔化すように咳払いをして、おじさんに顔を寄せて小声で問いかける。
「な、なんでしょう? 私、変な顔してました?」
「いや……君がいると、那由他が私を見てもくれないだけだ」
「……」
いや、反応に困るなぁ。おじさんも私に対して怒る話ではないと分かっているからか、それだけ言ってまた那由他ちゃんに目をやっている。まあ、複雑な気持ちになるのは仕方ないよね。うん。気まずいけど、それだけで済ませてくれるおじさんはほんといい人だと思うよ。
とりあえずおじさんから一歩離れて、そっと授業風景を見守った。でも授業参観にきてよかった。こんな那由他ちゃんを見たら、絶対成人まで守らなきゃって誓う気持ちになるもんね。
まあ、実際にはいつもそう思ってはいるのに、ふたりきりになるといつもついつい、理性がゆるんできてしまってはいるのだけど。うん。とりあえず今は、誓いを新たにした。
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