第48話 ご褒美は?
ダーツを始めてから一週間もたつころにはすでに、私は後悔すればいいのか、自分の策略を褒めたたえるべきなのか悩み苦しんでいた。
ダーツを始めてから、那由他ちゃんはダーツの矢を手に入れるためとても真面目にお勉強してくれているので、その間は私も安心して勉強に集中できるけど、一日分のノルマが終わったらすぐにダーツをしてしまう。そしてそれをきっちりノートにメモをして、どこにキスをするかしばし熟考してから決めるのだ。
私はそれを戦々恐々としながら待ち受け、那由他ちゃんが選んだ場所に口づけあうのだ。そう。一日一か所の日もあるので、普通に貯金が多くて、ダーツによって制限されている感はすでにほぼないのだ。
そしてそのキスも、今まで頬などだけだったので、表面を舐め合うくらいだったのに。いつの間にか、とても不思議なのだけどキスマークをつけたりしゃぶったりしあっていて、どう見ても不健全レベルのやり取りになってしまっている。
おかしい。いや、めちゃくちゃ気持ちよくて楽しいんだけども。普通ならしないようなところにキスして、一応服を脱いだりはしていないので一線だけは守りつつ、ぎりぎりを攻めていくようにだんだん過激になっているのだ。
那由他ちゃんは小学生。小学生。落ち着け私。と自分に言い聞かせ、なんとか私は一線を守ったまま、夏休みを乗り切った。乗り切ったのはいいのだけど、たかが一か月で乗り切ったとか大げさすぎる。これから6年乗り切らないといけないのに。と言う気持ちもある。怖すぎる。もうすでに、いや絶対無理だし、なんとか一線を越えても問題ないようにする方が簡単、と言う考えが浮かんできてしまっている自分が怖い。
「ん……那由他ちゃん、小指、可愛いね」
「そ、そうですか? 別に普通だと思いますけど」
「いや、ぷにぷにで、ホント可愛いよ……」
今日は足、と言うことなのだけど、ここはあんまり上に上がるのはよろしくないので、私から率先して下側にキスをすることにして順番を譲ってもらったのはいいけど、那由他ちゃんの足、めっちゃかわいい。
特に足の小指、触ってて気持ちいい。普通足の指って丸くなくなっていくじゃん? こう、やっぱ人間、年をとって歩けば歩くほど、足の指も形変わっていくじゃん? でも那由他ちゃん、本人がインドアなのもあるかもだけど、まだ全然足が全体的に柔らかくて、指先まで丸くてぷにぷにで、爪の色も綺麗なピンクで、ホント可愛い。
「あの、足、先に拭いたほうが」
ベッドに座らせた那由他ちゃんの足元に座り込み、右足をつかんで靴下を脱がせ、指先で揉みこむように触っていると那由他ちゃんがそんなことを言ってくる。
確かに夏だし、多少汗もあるかもしれないけど、拭く必要あるかな? うーん……拭いておくか。いや、もちろん私はこのまま足の裏だって舐められるけど、このあと逆の立場になることを考えると、拭かずに舐められるの恥ずかしいし。
除菌シートでシュシュッと拭きながらついでにマッサージする。
「お客様、かゆいところはありませんか?」
「ふふ、だいじょ、あ、いたっ。ちょっと痛いです」
「あ、そんな痛い? じゃあこれは?」
「いたたたっ。ちょ、ちょっと千鶴さんやめてください!」
那由他ちゃんの足の指を広げて間を拭くと痛がられたので、ちょっとした気持ちで足の指と手で恋人つなぎをするように間にいれたら、普通に痛がって足をあげて逃げようとしているけど、しっかりはまっているのでそう簡単に抜けない。私は釣りあげられるように中腰に立ち上がって腕をあげてついていく。
て言うか危ないなぁ。今日は足にしよう、と那由他ちゃんが決めてズボンできたからいいものの、そうじゃなかったら普通に見えてたよ。那由他ちゃんの危機管理能力高いんだか低いんだか。
「抜くから落ち着いて。よいしょ」
「うう。なんでひどいことするんですか」
「ひどいって。見て」
那由他ちゃんの反対の足を押さえて指を抜いた私は、ベッドに転がって恨めし気な目を向けてくる那由他ちゃんの足元に座り、右足の靴下を脱いで左膝の上にのせるように引き寄せ、左手で指をいれてしっかり握る。足首を右手で押さえてぐーるぐるまわす。
「ほら、こんな感じにストレッチできるものなんだから。指が入らないのは固すぎ。血行悪くなっちゃうよ。若いんだからほぐして」
「えぇ……いいですよ。私、前屈はちゃんと床に届きますし。体柔らかいです」
「ほんとにぃ? ちょっとやってみてよ」
「いいですよ。ほら」
那由他ちゃんは得意気な顔で床に降り立ち、堂々と上体を倒した。うん、まあ。確かに届いていると言えなくもないけど。めちゃぎりぎりっていうか、中指の爪があたってるレベルじゃん。私もそんな体柔らかいわけじゃないけど、それはかたいでしょ。
「那由他ちゃん、床に届くってのはこうでしょ」
「う。千鶴さん、体柔らかいですね」
「いや、それほどではないけど。普通だよ。ぎりぎりだし」
私も降りて那由他ちゃんの隣でやって見せてみる。一応手の平が触れるくらいまではいける。手首の上はちょっと浮いてるけど、少なくとも届いてはいる。那由他ちゃんはぎりすぎ。
「よし。今日はちゅーとかしてる場合じゃないよ。ストレッチしよ!」
「えぇ……えぇぇ? いいですよ」
姿勢を戻して元気よくそう宣言する私に、那由他ちゃんはベッドに不満そうに膝をかかえるように乗りあがった。三角座りは普段スカートだとしないので新鮮だ。半ズボンで膝を曲げたことで膝小僧がちらっと見えているのも可愛い。
「まあそういわずに。毎日少しずつやれば、すぐ体はある程度まで柔らかくなるからさ」
「えぇ、毎日ですか? 嫌ですよ。痛いですもん。それに私なんにも得しないですし」
あんなに何の得もしない勉強は頑張ってたのに、ちょっと体を動かすだけでこの拒否反応。どんだけ嫌なの。隣に座って那由他ちゃんの膝小僧をなでなでしながら説得することにする。
「得するよ。健康になるし、柔らかい方がこけたときとか怪我しにくいし」
と言うか那由他ちゃんの膝小僧、すべすべー。気持ちいい。
「うーん……も、もっとほかにこう、あっていいと思います」
「え? 他に?」
那由他ちゃんは私の一歩間違ったらセクハラ行為には特に何も言わず、むしろちょっと私にもたれて甘えてきてくれているけど、言葉は全然従順ではない。珍しくねばるな。そんなに嫌なのか。
そもそも、ストレッチに得するってなに、あ、そういうこと!? これ渋ってたの、勉強みたいに頑張ったら私からご褒美がほしい的なやつ?
はっとしたのが顔に出たのか、那由他ちゃんはにぱっとやや恥ずかしそうにしつつ笑顔を私にむけた。
……う、うーん。可愛いし、全然そうしてあげたいけど。でも、なんと言うか、わりとアブノーマルに指先突っ込んでる現状、あんまり簡単に言いにくいな。お菓子をあげるとかそういうのじゃなくて、いちゃいちゃ的なことを言ってるんだろうし。
でもまあ、なんでも叶えてあげるじゃなくて、具体的に決めれば大丈夫、かな?
「じゃあ、体が柔らかくなって床にしっかり手のひらがつくようになったらご褒美をあげるのはどうかな? なにがいい?」
「えっと……さ、催促したわけじゃないんですけど……く、口でちゅーしたいです。その、遊園地の帰りみたいな、あの、続き、とか」
「だーめ。分かってて言ってるよね」
おずおずと伺うように言われたけど普通に却下する。そんな唇とがらせて、ちゅーしちゃうぞ! しないけど。帰りにキスしたの、我ながら英断だったよね。この部屋で二人きりだったら多分、歯止めきかなくなってたもんね。今はちゃんと小学生ってわかってるんだから、自制しないと。
那由他ちゃんはわかりやすく不満げに唇をとがらせて、でも私がにっこり笑顔のままでいると観念したのか、ふぅ、と息をついて諦めてくれた。
「じゃあ……千鶴さんのこと抱っこしたいです」
「え? 私がされる側なの? ハグとかじゃなくて抱っこ?」
「は、はい。こう、千鶴さんを膝にのせるかたちで後ろから抱き締めてなでなでしたいです」
「う、うーん。まあ、そのくらいなら」
抱っこしてなでなでって、完全に年齢逆だけど、まあ体格的に私が膝にのせてあげることはできないもんね。恥ずかしいけど、那由他ちゃんがそうしたいならいいかな。
「ほんとですか? やた。じゃあ、頑張ります」
「よーし、じゃあ今から一緒にやろっか。と言っても、別に特別なことしてないけどね」
机をどけて床に那由他ちゃんを座らせて、まずは前屈。むむっ!? ……よし。胸があたって前屈できないってことはなさそうだね!
「那由他ちゃん、ゆっくりしっかり呼吸して。お腹が膨らんだり凹んだりするように腹式呼吸ね」
「は、はい。ふぅー」
「ちょっとだけ押すねー」
那由他ちゃんの背中に手をあて、ほんの少しだけ力をいれる。
「うっ」
「これ以上押さないから、このまま呼吸してほら、はいてー」
「ふ、ふぅー、すぅー」
那由他ちゃんの呼吸で体が上下するのに合わせて私の手も動かす。ほんの少し、前に体がうごく。そうしてじわじわ呼吸に合わせてほぐすのを、前屈だけじゃなく開脚して横側にもしてもらう。
一通り体をのばした那由他ちゃんは、汗を流しながら大の字に寝転がって大きく呼吸している。
「ふぅ、ふー……柔軟って、こんなに疲れるんですね」
「うん、でも始める前よりもう、ちょっとは柔らかくなったんじゃない?」
「確かに、ちょっとスムーズになった気はしますけど」
「まあ毎日は同じようには無理でも、この位をキープするつもりで、ちょっと前屈とかしてみてよ。それでも効果はあると思うし」
「……はい。大丈夫です、ご褒美が待ってますもんね」
「う、うん……」
そんなに気合のはいるご褒美ではないと思うのだけど。ちょっと怖くなりつつも、那由他ちゃんがやる気を出しているようなのでいいことにする。
「那由他ちゃん、今日はちゅーしてないし、柔軟頑張ったご褒美に膝枕してあげる。おいで」
「あ、嬉しいです。えへへー」
足にキスするのがなんとなく流れたし、疲れてる那由他ちゃんと今からって気分にもならないので、那由他ちゃんをいたわってあげることにした。
隣に座って膝を叩いて促すと、那由他ちゃんはぱっと起き上がっていそいそと私の膝にやってきて、下向きに抱き着くようにして膝に乗ってきた。
「お、おお……そう向き?」
「えへぇ、千鶴さん、重くないですか?」
「重いねー、ずっしり。でも、那由他ちゃんの重さだからかな、もっと重くなってもいいよ」
「うー、意地悪言ってます?」
「そりゃ、体格的に重いのは仕方ないでしょ。那由他ちゃん、私より頭一つくらい違うんだから」
改めてほんと、大きいよね。色々と。体重何キロ? とか軽々とは聞けないよね。うーん。この子をお姫様だっこ、ほんとにできるかな。
「ところで那由他ちゃん、お姫様だっこに憧れとかあるタイプ?」
「……そ、そんなの、別に、ないですけど?」
はーん。これあるな。よし。真面目に体鍛えよ。私は那由他ちゃんの頭をワシワシ撫でながら決意を新たにした。
なお、この後普通に足にキスをした。
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