第42話 え? 倉田くん?

 那由他ちゃんと順調すぎる恋人生活を送っているのだけど、あまりに順調すぎてちょっと怖い。このままだと、私がまだ学生の間に婚約したくなってしまう。いや待てよ? 就活決まりさえすればありでは? やばい。今から就活の準備もしておかなきゃ! 夏に決まればもう一年以内に那由他ちゃんと合法的にいちゃいちゃできるんじゃん! ついでに卒論も三年のうちにテーマ決めて概要まとめておけば時間も余裕できるし、燃えてきた!


「休憩終わりー。いつまでばててんの?」

「ばててない。将来設計考えてただけ」


 今日も手伝いで運び屋をやっている。前回でコツもつかめた感じで、ちょっとマシになってきた気がするけど疲れる。加工が終わったのでまた運ぶため、まずは台車にのせながら聡子に反論する。ボーっとして見えたとして、私の脳みそはフル回転してるんだぜ。


「将来設計?」

「そ。あくまでに参考までに聞くけど、婚約する時の指輪ってやっぱあった方がいいと思う?」

「……くっそ重いからやめときな? もうちょっと、時間かけたほうがいいって。悪いこと言わないから。あんたら、この春に出会ったんでしょ?」


 何故か苦虫をかみつぶしたような顔で言われた。マジトーンの忠告である。

 うーん、言われたらまあ、その通りだ。五月からだし、あ、まだ半年もたってないのか。そう言われたら、婚約はさすがに早い方だ。まして私たちは二人とも学生なんだし、一般的にそう思うかもしれない。

 でも、私はそうは思わない。那由他ちゃんとは、将来別れるなんて想像できない。一生当たり前に一緒にいたいし、那由他ちゃんも同じ熱量かはともかく、言葉の上では結婚を前提にしてくれてる。


 ……でも、確かに。確かに那由他ちゃんもああ言ってくれているとはいえ、まだ高校生だもんね。複雑な家のことも解決して、少し明るくなってこれから友達ができて世界が広がっていくかもしれないのだ。

 それを見越して恋人になったし、そうなっても私を見ていてもらえるようにするつもりだけど、さすがに婚約で縛り付けるのは早すぎるかもしれない。那由他ちゃんは今は喜んでくれるだろうけど、後からちょっと重いよね。と苦笑いされる可能性はある。

 いや許してくれると思うけど、でもちょっと大人げないような? うーん。那由他ちゃんと離れないためにならどんな手でもつかうけど、ぶっちゃけ、急いで婚約しなくても離れないでいることはできると思う。婚約したいのは私の百パーセント下心でしかない。……うん。慎重になるべきだね。


 と言う訳で、那由他ちゃんの今後は、やっぱり真面目にちゃんと一線は高校卒業まで守るべきだよね。もうちょっと誘惑を減らしてもらわなきゃ。と思いながら作業を頑張った。

 考えたら結婚するまでに、那由他ちゃんをお姫様抱っこできるようになっておいた方が格好いいな。体格で負けているとは言え、重さ的にはしっかり捕まってもらえば十分可能だと思うんだよね。少なくとも私より体重のある子でもおんぶとかできたわけだし。


 まずは体力づくりから始めようかな。と思いながら、今日のお土産を確保した。今日は前回より待ち合わせ時間は遅いのだけど、シャワーがギリギリだったので同じ時間にあがらせてもらった。

 こんこん、と何となく鉄パイプで地面をたたきながら歩いてみる。傘を持っている感じでついしてしまったけど、周囲の視線を集めてしまったので慌ててやめる。


 今日の鉄パイプは長いのだ。一メートルの長さで割って50と言う規格外。那由他ちゃんと言う運動音痴な女子高生もできるか確認してもらう、と言う体で我儘を言って余分に大きいのを普通に作ってもらったのだ。

 ひゅー、かっこいい。那由他ちゃん武器好きっぽかったし、絶対喜ぶぞー、これ。


 ルンルン気分で鉄パイプを抱えなおす。さすがにこれはマジで周りの人から危険人物だと思われてもおかしくないので自重しなきゃね。

 バス停をとおり、高等部の横を通る。もしかして那由他ちゃんと丁度合わないかな? と軽く下校している生徒を見たけど、そんな都合のいいことはなかった。だけどなんとなく違和感を覚えた。なんだろう。ちょいちょい高校生を見かけると感じるんだよね。那由他ちゃん好きすぎて、つい那由他ちゃんの影をみてしまってるとかかな?


 その先、那由他ちゃんと出会った神社に通りかかる。懐かしいなぁと横目に見ると、今日は何やらお客さんがいるようで、声が聞こえる。

 と言うか、子供の騒がしい叫び声だ。遊んでるっぽいけど、神社で走り回ってるとかだとさすがに注意すべきか? でも雨宿りしてた私にそんな権利あるかな? そもそも知らない子供に声かけるとか事案だし、あんまりやりたくないよね。でもなぁ、普通に、那由他ちゃんとの思い出の場所だしあんま汚されたくないよね。


 時間に余裕もあるし、ちらっと覗いてみようかな? 注意はしなくても、大人がいるってだけで、子供ら退散するかもだし。単に座っておしゃべりしてるだけならセーフだし、安心するし。うん。久しぶりに恋愛成就のお礼にお参りしよっと。


 子供をビビらせられるのが目的とはいえ、鉄パイプを振り回したら確実に通報されてしまう。鉄パイプを持ってるだけでやべーやつと思われて、ここで遊ぶのやめようってなったらちょうどいいんだけど。


「くらえ! 無敵剣!」

「はい無敵ガードするしきかねー!」

「おい! ちゃんと反撃しないと面白くねーだろ!」

「でけーのに弱すぎ!」

「や、やめてよ!」


 一瞬、目がおかしくなったのかと思った。小学生が紙を丸めて作る剣を手に、奥では走り回りお互いにきりかかっているし、真ん中の賽銭箱の前には一人の女の子を二人で囲んでばしばし叩いているのだ。しかもその女の子も一応剣を持っているけど、握りつぶしておれていて、どう見てもいじめで、そしていじめられているのは那由他ちゃんだった。

 瞬きをして、現実であるのを確認して、私はカッと頭に血が上るのを感じて鉄パイプで石畳を叩きながら飛び込んだ。


「こらー! 何してんじゃクソガキども!」

「うわ!? は!? 頭おかしいぞ! みんな逃げろ!」


 キンカン鳴らして怒鳴りつけると、小学生たちは全員そろって私を見てびくっと飛び上がるほどびびって一斉に逃げ出した。よしよし


「あ、あ、ち!?」

「おい里田! 何してんだ逃げるぞ!」

「わ、わた、私はいい!」


 驚きつつ当然私に気がついた那由他ちゃんはめっちゃ乱暴そうな小学生に声をかけられたけどそう断った。てか、通りすがりの小学生に絡まれてるのかと思ったら、もしかして近所の子なのかな? やばいぞ。これ、やっちゃった?


「は!? ああもう! おいテメェ! 警察呼ぶぞ! どっか行けよ!」


 あげくその小学生は那由他ちゃんの前に立ち、私に剣をむけてきた。えぇ。私が悪者かよ。まあいい。この際那由他ちゃんから私のことがばれなきゃ、また今日も不審者がでたって通報がまわるだけだ。那由他ちゃんをいじめてたのは間違いないんだからこのままやりこめてやろう。


「誰が不審者じゃ! 女の子をよってたかっていじめるんじゃない! おらぁ!」

「はあ!? ゴリラか!?」


 とりあえず鉄パイプで攻撃されたとか言われたらさすがにやばい事件になってしまうので、その場で折る。明らかにぎょっとした小学生は及び腰になったので、その隙に鉄パイプを放り出して小学生にとびかかる。


「誰がゴリラだ! いじめなんかして恥ずかしくないの!? 反省をしろ!」

「いっ、いででで! やめ、やめろゴリラ!」


 技はおなじみコブラツイストである。これかけ方にコツがいるのだけど、肩の前に手をまわすと痛いんだよね。拘束できるわりに力加減で痛さ調整できるし、子供ほど体が柔らかいから一時的にいててってなるだけなのででばっちりである。

 しかし、子供にはかけやすいなぁ。兄に対して練習したけど、やっぱ体格が小さい相手だとこんなに楽なのか。力をゆるめて顔を寄せて問い詰める。


「いじめはやめる!?」

「し、してねーよ! 一緒に遊んでやってるだけだろうが!」

「嫌がってたらいじめ!」

「わ、わかった! わかった! ちゃんと嫌がったらやめるって!」

「よし、謝れ!」


 納得してもらえたようなので解放してやる。小学生はばっと私から距離をとると、あっかんべーをして走り出した。


「だーれが謝るかこのゴリラ! 里田も早く逃げろよ!」

「はー、あのクソガキ!」


 裏へ走っていた小学生たちに一瞬追いかけたろか! と思ったけど、それより那由他ちゃんが先だ。と言うか、裏側から出たことないけど人通り多かったらマジで即逮捕だしね。ささっと立ち尽くしている那由他ちゃんに近寄る。


「那由他ちゃん、大丈夫だった? ……ていうか、多分私通報されるから、赤の他人ってことにしてね?」

「う……うわぁぁん! ご、ごめ、ごめんなさいぃ」

「え? な、なにも謝ることなんてないでしょ? え、ちょ、お、落ち着こう?  こ、こっちこっち」


 那由他ちゃんの肩を抱いて、賽銭箱の裏の階段に座らせる。まずい。なんで泣いてるの? 本気で通報されたらまずいから早く退散した方がいいんだけど、この様子だと仕方ない。私は取り調べを受ける覚悟をして、しばらく那由他ちゃんを慰めた。


 それから数分後。警察がくることもなく、那由他ちゃんも落ち着いた。


「う、ご、ごめんなさい、千鶴さん」

「うんうん。大丈夫だからね。さっきの子たち、那由他ちゃんの近所の子とか? いつもあんな風にいじられてるの? 言ってくれたらいつでも追い払うって言うか、親御さんに文句言った方がいいよ。一緒に行ってあげる」

「き、近所と言いますか…………えっと、あの……く、クラスメイトです」

「え? ……く、倉田メイト君って名前なのかな?」


 なんか今おかしな単語を聞いてしまった気がするけど、そんなわけないので聞き直す。


「い、いえ。あの、同じ小学校の、同じクラスの人です」

「???」


 は?

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