第36話 ホテル

 ドキドキふわふわときめくパレードも終わり、私たちはホテルに戻って夕食をとった。


「ふー。美味しかったけど、さすがに疲れたね。早くお風呂入ろっか」

「はい。そうですね。浴衣のサイズはMでいいですか?」

「うん。バスタオルとかは用意したから、下着だけ出してね」

「はーい」


 そしていざ、入浴! ホテルのお風呂は露天風呂でも天然温泉でもないけど、立派なホテルに見合う程度にはしっかりした規模で、サウナはもちろん日替わり湯やジャグジーなども完備されているのだ! やっぱり旅行の楽しみの一つが、こういう大きなお風呂だよねぇ。

 るんるん気分で二人で大浴場に向かう。中は貸し切り、まではいかないけどかなり利用者が少ない。元々閑散期なのに加え、夕食前と夕食後の隙間時間になるのだろう。二人とも食後すぐにお風呂に入って平気な体質でよかった。


 ちょっと奥まった場所のロッカーを隣り合わせで確保し、荷物を入れて脱いでいく。


「日替わり湯、確かローズだったよね。ロマンチックでいいよねー」

「そ、そうですね……」

「ん?」


 上を抜いて脱衣籠の下側にブラを入れながら話しかけると、ここに来るまでは普通だったのになにやら急に那由他ちゃんの声が固い。顔だけで振り向くと、那由他ちゃんは頬を染めてじっと私を見ていた。だけど視線は合わなくて、じっと私の体を見ていた。


「!?」

「あ、あ、す、すみません、つ、ついった」


 さっとタオルで体を隠す私に、那由他ちゃんははっとしたように慌てて上着を脱いで籠に入れようとして、勢い余ってドアに手をぶつけていた。


「だ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。す、すみません。あの、その、み、見ちゃって」

「ああ、いやいや。てか私が悪かったよね。無防備すぎたって言うか、無頓着だったね……わ、私先に行くね」


 手を押さえながら籠に頭を突っ込みそうな勢いで頭も下げている那由他ちゃんに謝罪しながら、サッサと下も脱いで浴場に入った。


「……くっ」


 他のお客さんもいて大きな声は出せないので、洗い場に座ってシャワーを浴びつつ小さく漏らしながら反省する。やらかしたー。那由他ちゃんを恋人ってあれだけ意識してるのに、普通に同性としてお風呂に来てしまった。

 部屋のお風呂に一人ずつ入ればいいのに。那由他ちゃん、私が当たり前に誘うから断れなかったのかな。下心ありありだと思われたかな。あああ、てか、まじか。これから那由他ちゃん裸で入ってくるのまじかぁ。


 お、落ち着け私。見ないようにすればいい。ちらっと肌が見えるくらいならまあ、うん。女の子の裸くらい見慣れてるじゃん。後方にだって他のお客さんいるけど何にも感じないし。ただ、相手が那由他ちゃんで好きな子だってだけで……。う、うう。やばい。どきどきする。

 お、落ち着け私。おじさんとも大人になるまで健全な関係を保つって約束してるんだ。自分が勝手に思ってるならまだしも、保護者と約束してるんだから! ……って、まだしもってなにさ。それならぎり健全じゃないとこまで行けたって話じゃないから!


「す、すみません、お待たせしました」

「う、うん。まあ、隣座りなよ」

「は、はい」


 洗顔を終えて頭を洗い出していると、ひたひたと那由他ちゃんがやってくるのは聞こえていたけど、振り向けないのでそのまま促した。と言うか、ちゃんと隣に来たんだ。……これは、ちょっとくらいなら見てもセーフってこと?


「……」


 ちらっと那由他ちゃんを見る。う。わかっていたけど、胸大きい。柔らかそう。ていうか、全体的につやつやで触り心地よさそう。


「……ぅ」

「あ、ごめっ」

「い、いえ。お、お互いさま、ですから」

「う、うん……」


 目が合ってしまった。那由他ちゃんは悲鳴をあげたり嫌がったり隠したりしながかったけど、慌てて目をそらして謝罪する。ていうか私も見られてて恥ずかしいけど、状況的に隠せないし。ていうか那由他ちゃん、やばい。なんていうか、こう。やばいな。

 すごく成長してるんだけど、こう、どことなく幼い丸さって言うか、感じられるって言うか、は、背徳的な気になってしまう。いや、子供だとして、女湯で裸見たって合法なんだけど、こう、それを見ていやらしい気持ちになっている私が違法って言うか……あぁ、認めてしまった。


 その後、ほぼ無言で入浴した。移動する時と上がる時に声をかけただけで、ずっと無言で、ただお互いちらちら相手を見ているのはわかっていて、無性に恥ずかしかった。


「……い、いいお湯だったね」

「は、はい……」


 ぎこちなく服を着て部屋に戻る。その間も無言で、ちらっと那由他ちゃんを見る。お風呂上がりで、それだけでもないけど上気しちゃって、浴衣がとても似合っていて、豊かな胸元がアピールされていてとてもエロい。

 ごくり、と思わずつばを飲み込んでしまったのを気付かれないようにそっと顔をそらした。部屋についたら自然な動きで歯磨きをすることにしていったん距離をとる。


 一人で鏡に向き合っていると、多少冷静になれた。脳裏にさっきの光景がちらつきそうになったのは気合で阻止して那由他ちゃんの笑顔を思い浮かべる。那由他ちゃんのあの綺麗な笑顔を汚してはならない。


「……あ、あの、千鶴さん」

「な、なに? もしかして、もう眠くなっちゃった?」


 交代で歯磨きを終えた那由他ちゃんは、気を紛らわそうとテレビを見ていた私に声をかけ、すっとベッドに座ってた私の隣に座った。隣に自分のベッドがあるのに、この状態で隣に着ちゃうかー、とどぎまぎしつつ平静を装う。


「……へ、変なこと、かもしれないんですけど、し、質問、いいですか?」

「な、なにかな?」

「……わ、私と、こ、子供、つくりたいと思いますか?」

「こ、は……な、那由他ちゃん? その、女の子同士だと子供はできないよ?」

「そ、それはわかってます。でも、その、そう言う感じの、エッチなことは、女同士でもあるんですよね? お、お父さんが、だから、恋人になった以上、ちゃんと距離をとるようにって、その、言ってたんです」


 お、お義父さん! 可愛い那由他ちゃんになんてことを言うんですか! いやまあその通りだし、知ってないと自衛もできないだろうけど、だったらお風呂入るのは事前に禁止しといてよ!


「あ、あのね、那由他ちゃん……その、正直に言うね?」

「は、はい」

「そう言う気持ちも、まあ、あ、あるよ。そう言う意味でも那由他ちゃんを独占したくて、恋人になったのはあるよ」

「!」


 びくっと肩をゆらした那由他ちゃんの顔を見れない。いくら未成年で、手は出さないとはいえ、それはそうとして、那由他ちゃんだって高校生なら、ちょっとはそう言う気持ちわかるよね? 引いてないよね? もしかしてそんなつもりは全然なかった?


「な、那由他ちゃん、は? さっき、私のこと見てたけど、そう言う気持ちとか、あるのかな?」

「う……よ、よくわかりません、けど。でも、ち、千鶴さんは、綺麗で、み、見てたいし、その、さ、触ったりギュってしたいですし、その、他の人とそう言うこと、してほしくないとは、思います」

「な、那由他ちゃん……あ、ありがとう。その、気持ち悪いとか、言われるかと、ちょっと不安だったから」


 ゆっくりと顔をあげて、那由他ちゃんを見る。那由他ちゃんはじっと私を見ていた。なにもかも見透かされそうなその真剣な顔。ちょっとこわばっていて、落ち着きなく口元を動かしている感じは珍しくも、それだけ那由他ちゃんもいっぱいいっぱいになってるんだと思うと嬉しくなってしまう。


「そんな……そんなことは、ないです。私、そこまで、子供じゃないです。子供の作り方だって、授業で習ってます。その、それが、子供をつくるだけじゃなくて、愛情を確かめる行為でもあるって、習いました」

「う、うん……」

「その、だから……」


 黙ってしまう那由他ちゃんに、私は何も言えなくて、ドキドキとうるさい心臓が爆発しそうで、そっと自分の胸を押さえる。そして深呼吸をしてから、ゆっくり手を下す。


「んっ」


 その手がふいに、那由他ちゃんにの手の甲に触れてしまって、まるで私は熱いものを触ったみたいに手をあげてしまった。

 その不自然で、意識しすぎな自分の態度に恥ずかしくなってしまって、私は黙って那由他ちゃんの手と重ならないように慎重に手を下した。もう、顔をあわせられない。前を向く。いったん深呼吸で少しはましになった心臓が、むしろ爆発しそうになっている。息までしにくい。どうやって呼吸してたっけ。


「……」

「! な、那由他ちゃん……」


 ふいに小指をつつかれた。まるで火箸でも当てられたみたいに、全身でびくっとしてしまった。そして自分の手元を見る。ただ、那由他ちゃんと小指が触れているだけだ。

 日中はずっと手を握ってたのに。汗まみれになってお互い溶けてしまいそうな、くっつきそうなくらい手を握り合っていたのに。小指くらいで、どうしてこんなに胸が痛むのか。


 思わず那由他ちゃんの顔を見る。真っ赤になっていて、その目はお風呂上りだけじゃなくてうるんでいて、少ししっとりした髪が額にはりつくように分けられていて、那由他ちゃんはその顔をあらわにしている。もう二人きりの時は全く恥じらわなくなったその那由他ちゃんの可愛い顔。ぷるぷるの唇が開かれる。


「ち、千鶴さん……っ」

「!」


 那由他ちゃんは意を決したようにそう私の名前を強く呼び、まるで怒っているようなその声と勢いで、隣り合っていた私の手を握って顔を寄せてきた。ばちばちと、瞬きされたまつ毛が風を起こしているかのようにすら感じられる。そんな、美と言う暴力的なまでの那由他ちゃんの迫力に、私は飲まれそうになっていた。

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