第37話 おやすみのちゅー
那由他ちゃんは真剣な真っ赤な顔を寄せてくれていて、今にもその唇に吸い込まれてしまいそうだ。握られている手が痛くて、心臓もずきずきと痛い。だけど、それが那由他ちゃんにもたらされているのだと思うと、心地いいくらいで、くらくらしてきた。
その瞳には私がうつっている。それほど距離が近くて、だけどその私を見て気持ちを奮い立たせる。那由多ちゃんに誇れる私でいるって、決めたでしょ!
「……な、那由他ちゃん、目、閉じてくれる?」
「っ、は、はい!」
声をかけると、ぴたりと近寄るのをやめて目を閉じた那由他ちゃん。その従順すぎる姿に、私は背筋がぞくぞくしてしまうのを堪えて、そっと、那由他ちゃんのおでこにキスをした。
「! ……」
那由他ちゃんはゆっくり目をあけた。キスをしたての至近距離、吐息の触れ合う、理性の溶けそうな距離。だけどまだ、私の理性は仕事をしてくれている。偉いぞ! 私!
私は那由他ちゃんの手を握り返す。那由他ちゃんに負けないだけの熱はあるのだと、けして独りよがりなわけではないと伝えるために。
「ごめんね、勇気をだしてくれたのに。でもね! その、恋人になる時、言ったでしょ? 清いお付き合いでいましょうって。那由他ちゃんのお父さんとも、念押しされるくらい、那由他ちゃんに手を出さないって約束したから。だからその、そう言うことだから。私、待ってるから」
待ってるから、早く大人になって。ずっと、待ってるから。そう思いを込める。那由他ちゃんだから、したい。でも那由他ちゃんだから、待てる。
「今のはおやすみなさいのちゅーだから、セーフ、ね?」
もう寝よう、と那由他ちゃんを促し、握り合っているのと反対の手を伸ばしてそっと那由他ちゃんの肩をたたく。
「……わかりました」
「ありがとう、わかってくれて」
那由他ちゃんはこわばった顔のまま、小さく頷いてくれた。よかった。伝わった。そうほっとして、思わず笑みがこぼれた。那由多ちゃんはそんな私に、勢いよく顔を寄せた。
ガツッー
「ぐぅっ」
歯と歯がぶつかった衝撃で、うめき声が出て私はそのまま後ろに体が倒れかけた。だけど那由他ちゃんが私の肘をつかんでひき、一度離れた唇をまたあわせた。
「……」
ぎゅっと、押し付けられるその唇の柔らかさは、残る痛みもあってしびれるように脳みそを侵食し、私はピクリとも動けなかった。
「んはぁっ」
そのまましばらく、永遠に思えるほどの時間ののち、那由他ちゃんは勢いよく顔を離して口をあけて空気をすった。同時に私も再起動し、ゆっくりと呼吸する。
那由他ちゃんは、はっ、はぁ、と短く呼吸をして、真っ赤な顔で、うるんだ瞳からわずかに涙をもらしながら半開きだった口を動かす。
「……ち、千鶴さんじゃなくて、私から手を出すなら、セーフ、ってことですよね?」
「あ、あぁ……いやぁ、その……どうかなぁ」
そう言う問題では全然ないし、手を出さないって約束だけど、健全な関係ってのも間違いなく言ってる訳で。こう……那由他ちゃん可愛いなぁ。好き。
「じゃ、じゃあ! 今のもおやすみなさいのちゅーです! おやすみなさい!」
「あ……」
那由他ちゃんは私の煮え切らない態度に怒ったようにそう言って、目じりの涙を乱暴にぬぐうと自分のベッドに潜り込んだ。
思わず、反射的に伸ばした手は空を切る。引き留めたとして、どうするつもりだ。踏ん切りがつかず、那由他ちゃんからの勇気さえ濁すしかできない私が。
「……」
でも、仕方ないじゃない。だって現実として、那由他ちゃんは年下の未成年で、おじさんにも禁止されていて、もしバレたら自由に会えなくなる可能性だってあるんだから。私の気持ちだけじゃなくて、あの約束を破るわけにはいかないのだ。
でも……だからって、那由他ちゃんの気持ちをないがしろにしていいわけじゃない。
私はそっと、那由他ちゃんのベッド脇にしゃがみこむ。布団にくるまって顔も埋めて、頭のてっぺんだけ見える状態。
「ごめんね、那由他ちゃん」
「……」
「ありがとう、嬉しかったし、ドキドキしちゃった。大胆な那由他ちゃんも大好き。惚れなおしちゃったな」
そっと旋毛を撫でて、そこにキスをする。ドキドキを超えて、心地よい気持ちよさ。
「キス、気持ちよかったよ。でも、今夜のことは内緒にしてね」
「……はい」
くぐもった返事と共に、少しだけ那由他ちゃんが顔を出そうとする。だけど私はその目元に手をかぶせて、目をあわせないようにした。この話は、顔をみてできない。何となくそう思った。
「おやすみ、那由他ちゃん。電気消すね」
「……」
その気持ちを汲み取ってくれたのか、今度は那由他ちゃんは返事をせず、また布団を頭の上まで引っ張った。
私は暗い中自分のベッドに潜り込んだ。だけど高鳴る心臓とどうしようもない昂る感情に、しばらく眠れそうにない。目を閉じると何度でも那由他ちゃんとのキスがよみがえる。あのぶつかった衝撃さえ愛おしい。唇の熱量も、那由他ちゃんの涙も、震える声音も、全てが胸を焦がす。
何度か、ベッドをでてしまいたい。隣に那由他ちゃんが寝ているのだ。いつでも触れられるのだと、悪い私が頭をだしてしまいそうになった。
那由他ちゃんはすっかり眠りについたようで、すやすやと規則正しい寝息が聞こえる。キスしておいて自分は先に寝れちゃうところ、最高に小悪魔だわ……。好き……。
だけどそうして悶々としていてもいつの間にか眠気はやってきて、私は那由他ちゃんの寝息をBGMに眠りについた。
○
「う……」
「あ、千鶴さん、おはようございます」
「うぐぐ……ふわぁぁ……」
体がややだるい。寝すぎた時特有の瞼の重さだ。昨日、なかなか眠れなかったのだけど、今思ったらそもそもお風呂入ってすぐだしめちゃくちゃ時間的にはやかったよね。何時か見てないけど、多分寝たのすらいつもより早くて、かつ起床時間は八時過ぎ……、うん、まあ、疲れたとは言え寝すぎだ。
ゆっくりと体を起こして、隣を見る。すでに起きている那由他ちゃんは着替えも済ませた状態でスマホを手にしてベッドに腰かけ、こちらをむいて挨拶をしてくれている。目が合う。にっこり微笑まれる。
「……お、おはようございます……」
途端に昨夜のことを思い出して照れてしまった。顔をそらしながらで不自然極まりない挨拶を返す私に、那由他ちゃんは少しだけはにかんだ。
「はい。その、お腹空きましたね」
「う、うん。ごめんね、待たせて。すぐ着替えるよ」
慌てて身支度を整える。その際、ちらっと那由他ちゃんを見たら目が合ってしまった。すぐそらされたけど、うん。でも、わざわざトイレとか行って着替えるのも違うし。とちょっと恥ずかしがりながら着替えた。
支度を済ませて、那由他ちゃんを朝ごはんを食べた。昨日のことは口には出さなかったけど、どうしてもお互い意識してしまって、目が合ってはちょっぴりもじもじして静かな朝食になった。
「な、那由他ちゃん! 今日でデートは終わりだね」
「え、あ、はい……そうですね」
「だからこそ、帰るまでがデート! 目一杯楽しもう!」
荷物を整理して出る時間まぢかになってもちょっと気まずかったのでそう宣言する。いやこの甘酸っぱいもじもじ感も駄目ではないけど、折角の遊園地なんだしね? あと帰った時おじさんに邪推されても嫌だし。邪推、だよね? 今回はセーフだよね?
まあとにかく、那由他ちゃんの手を取ってそう言うと、那由他ちゃんも私の意を汲んでくれて、まだ多少ぎこちなくも頷いてくれた。
「はいっ。そうですね。まだまだ、デートは続きますもんね!」
「そうだよ! 最後まで楽しもう!」
多少空元気的なとこはあれど、照れくさいのも無視して強引に手を繋げば、昨日は普通にできていたのだ。段々そのノリを思い出していった。もちろん、都度都度思い出してしまってはいたけど、基本的には普通に遊園地を楽しむこともできて、楽しいデートになった。
昨日乗り損なった最後のジェットコースターと、あとはお土産をまわり、ちょっとのんびりしてキャラクターを探して写真をとったり、昨日に比べて大人しめのコースにした。帰りも運転しなきゃいけないからね。
「ふー、疲れたね。ちょっと早いけど、そろそろ帰ろうか」
「はい。名残惜しいですけど……千鶴さんに運転してもらいますし、仕方ないですね」
運転と言っても、一度休憩を挟めばそう重労働な距離でもないし、友達とならパレードを見てから夜中帰宅、と言うルートもできる。でもさすがに、那由他ちゃんは保護者に返すわけだし、夕方には出て途中で晩御飯を食べて帰宅くらいを想定している。
荷物を車にのせ、早めなのもありスムーズに出発できた。まだまだ体力には余力はあるし、夜中でも運転が怖いってことはないけど、念には念をいれて悪いことでもないしね。
「うん、まあ運転は平気だけど、おじさんも待ってるだろうしね。心配させられないよ」
「……いいですけど、なんだから千鶴さん、お父さんの肩持ちすぎじゃないですか? 昨日だって、お父さんと約束したって言うし」
「え、そ、それはその、肩をもつとかじゃなくて」
私とお父さんどっちが大切なの、と言い出しそうなテンションと不満顔で言われてしまった。まいったなぁ。そりゃあ、那由他ちゃんが一番大事だし、その意思も尊重したいけど、それはそれとしておじさんは無視していっか、とはならないし。まして、現実問題として那由他ちゃん未成年だし。
「まぁ、那由他ちゃんが成人するまではね」
「……遠いです」
「まあ、そう思うかもだけど、すぐだよ、三年なんて。高校時代は振り返ってみれば短く感じるものだよ」
「…………はい」
運転中なのであまり那由他ちゃんの方を見れないけど、うつむいてしまった。うーん、まあねぇ。過ぎ去ってみれば短くても、実際に過ごしていると長いんだよね。わかる。わかるよ、わかるけど。時間の流ればっかりは、神様にしかどうにもならないからねぇ。
「ま、落ち込まないでよ。言ったでしょ? 何年だって私は待ってるからさ。ゆっくり大人になればいいよ。そうだ。折角だし、なにか歌でも歌ってよ」
「え、ええ!? ど、どうしたんですかそんな急に」
「え? ドライブ中の定番じゃない? 行きはずっとおしゃべりしてたけど、会話途切れたりしたら普通歌うでしょ? そのためにBGMも厳選してたじゃない? 今流れてるのも知ってる曲でしょ?」
「そ、それはそうですけど……あ、それより千鶴さん、しりとりしません?」
露骨に話題を変えられてしまった。おかしいな。カラオケに行った時も最初は恥ずかしがってたけど普通に歌ったし、何より可愛い声で普通に歌唱力もあったのに、そんな恥ずかしがる?
まあでも、元気は出たっぽいので素直にしりとりした。したけど、私しりとりっていかに長く続けて、相手がどんな単語をだしてくるかを楽しんであー、その発想自分にはなかったー、そう言う時その単語出てくる性格なんだー、みたいなをゲームだと思ってたら、普通にる攻めされてめっちゃ勝とうとしてきた。
えぇぇ。しりとりで燃えるの? 確かにゲームしてる時も、対戦系だと結構な一喜一憂具合で夢中になってるの可愛かったけど。負けず嫌いさ、しりとりでも発揮されるんだ……可愛すぎるな。
しかたないので私も攻めることにした。るはよく言われるけど、意外とルから始まるの多いし、むしろ単語自体はあっても意外とでてこない文字は他にもあるんだよ!
夕食をとるSAにつくまでしりとりは白熱した。
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