第35話 遊園地デート

 那由他ちゃんから道中、お母さんと会ったお盆期間について色々聞けた。そこまで言っていいのかな? くらい事細かに教えてくれた。

 つい首を突っ込んでしまったけど、いい方向に転がったなら本当によかった。それに血がつながってないって聞いた時以上に結果的にヘビーな話だったけど、最終的に那由他ちゃんがご両親に愛されていて、三人家族の形に戻るのは決まってるみたいだし、本当によかった。


「全部千鶴さんのお蔭です!」


 と言う那由他ちゃんの姿勢にはちょっと、あー、いやー、それはどうかな? とは思うものの、まあね、よかったよかった。これで憂いなく旅行に集中できるし、何より那由他ちゃんが幸せなら本当によかった。

 私が何かしなくても結果は同じだっただろうけど、時間が早まったならそれにこしたことはないしね。多少は功績として受け入れたっていいだろう。固辞しすぎても失礼だしね。


 朝から出発したので、お昼にもまだまだ早いくらいに到着した。と言ってもすでに開園はしている。無事入園を果たしたが、すでに入り口からそこそこの人手だ。比較的空いている時期でもこれなのだから、人気ぶりがうかがえる。


「那由他ちゃん、はぐれないよう手を……」


 入ってすぐに振り向いて手を差し出しながら声をかけ、途中でやめる。同じように手を出しながら不思議に首を傾げた那由他ちゃんの手をとって、言い直す。


「那由他ちゃん、デートだから今日は一日手を繋ごうね」

「! は、はいっ」


 はぐれないのは大事なことだし間違ってはいないけど、今日は久しぶりのデートなのだ。どうせプラトニックで純粋な清き交際をするのだから、気持ちくらいはデートデートで持ち上げていこうではないか。

 私は元気に返事をしてくれた那由他ちゃんと手と手をとりあって、いざ! 事前に回り方は話して決めている。まずは最低限以外の荷物を預け、人気アトラクションのファストパスを入手し、比較的空いているところから回るのだ。

 急いで発券したら、ひとまずは時間の猶予がある。顔をあわせて笑ってから、周囲の施設を軽く見る。


「空いているし、最初だしここでいいかな?」

「はい!」


 まずはメルヘンな感じのコーヒーカップだ。と言っても壺モチーフだけど。子供向けだからか、時期的には家族より学生が多い状態になっているのに周りは家族連れがおおい感じだ。

 童心に戻った気持ちでわくわくしながら乗り込み、繋いだままの手はそのままに右手で中央のハンドルを握る。


「那由他ちゃんは真ん中のこれ、回す派?」

「え? なんですかそれ?」

「え? これ、回すと本体が回るんだけど、知らない感じ?」

「え、面白そうですね」

「じゃあ一緒に回そう!」

「はい!」


 と言う訳でいっぱい回した。きゃあきゃあ言って喜ぶ那由他ちゃんも可愛いし、早く回るのが楽しくて私もぎゃあぎゃあ言いながら楽しんでしまった。


「ごめんごめん、ちょっと回しすぎたかも。目は回ってない?」

「あはは、大丈夫です。もっと回したいくらいです!」


 降りながら謝ると那由他ちゃんは元気にお返事してくれた。


「お、いいね。予定でも絶叫系多めにしてたし、那由他ちゃんジェットコースター系好きだよね」

「はい。乗ったことないので楽しみです!」

「え……え? 乗ったことないの!?」

「は、はい。前に来たときは小さくて乗れなかったので」


 思わず大きな声で尋ねてしまった私に、那由他ちゃんはちょっとびっくりしてきょろきょろしながら恥ずかしそうにそう答えた。私はその様子に、猛烈に燃えてきた!


「お、おー! じゃあ今日は初体験だね。無理せず楽しもう!」

「はい!」


 それから船型の乗り物にのって施設内を回って別世界を観光する系のアトラクションを楽しんで、ちょっと疲れたので軽食に目についたワゴンでチュロス買って分け合って食べる。


「那由他ちゃん、はいあーん」

「う……あの、ちょっと、恥ずかしくないですか?」

「え? 全然? デートだし。そもそも、誰も私たちのことなんて見てないよ」

「そ、そうです、よね? じゃ、じゃあ、あーん」


 うん、まあ、たまにちらちら見られてるけどね! だって那由他ちゃんが美少女だからそれは仕方ないよね!


 まあそんな感じで、那由他ちゃんも吹っ切れてくれたようで、二人してテンションは最高潮に突入。ついにジェットコースターだ!


 三番人気のジェットコースターで怖さはそこそこ。早くて一回転したりする。でも普通に乗っている形で足元もあるし、停止したり仰向けになったりはしないので比較的初心者向けだろう。あんまり初めから飛ばしてもね、と思って控えめなのから予約してよかった。


「楽しみですね!」

「うん! そうだね!」


 テンションも上がっているので元気に突撃。隣あって座り、きちんと安全バーがはまったのを確認してから手を繋ぎなおす。


「那由他ちゃん、怖くなったら叫び声をあげるのがマナーだから、目いっぱい叫んでね」

「あ、は、はい。わかりました」


 ジェットコースターの楽しみは人それぞれとはいえ、恥ずかしがって縮こまってたら楽しいものも楽しくなくなるからね。さっきのコーヒーカップでも結構声だしてたので杞憂かも知れないけど、一応発破をかけておいた。

 那由他ちゃんは気合を入れた面持ちで私の手をぎゅっと握っている。指の長い那由他ちゃんの手は、実は手のひらの大きさは私と同じくらいだ。


 なんてことないけど、もう手とつなぐのにもなれているけど、やっぱり恋人と手を繋いでるんだって思うと、なんだかわくわくして嬉しくって、にやけてしまうなぁ。楽しい!

 コースターが動き出す。ちちち、と音が鳴って車体が発射し、だんだんと斜面を登っていく。この妙に遅い動きが、気持ちを高揚させてくれる。ちらりと那由他ちゃんを見る。目があった。


「……」


 とっさに言葉がでない。昂る気持ちだけで、お互いに笑みを見せあった。そして前を向き、落下と共にスピードが加速した。


「わー、はははははは!」


 私は大爆笑してしまうタイプなので、遠慮なく笑った。この浮遊感、現実味のないスピード感、お腹の底がくすぐったくなるような気持ちよさで、全力で笑ってしまう。


「わ、わぁ、あー!」


 笑いながら隣を見ると、那由他ちゃんは一瞬強く私の手を握ってから戸惑うように目を見開くのが風の強さで前髪が全て流れてよく見える。そしてそのままゆっくり唇が弧を描いていく。


「あは、あはは! きゃはー!」


 そして笑い声をあげた。それを見て私もにんまりしながらジェットコースターを最後まで楽しんだ。コースターを降りて手を繋ぎなおしながら、那由他ちゃんは大興奮を隠さずに私の手をぶんぶん振り回すようにして先を歩く。


「たーのしいですね! これ!」

「でしょ! 那由他ちゃんが平気でよかったー。私もジェットコースター好きなんだ。じゃ、予定通り、全部のコースター回るコースでいいよね!?」

「はい!」


 と言う訳で、予定通りのコースでしっかりジェットコースター多めでいくことにした。さっそく次のパスを取りに移動しながら、那由他ちゃんに初めての詳しい感想を聞いてみる。


「どうだった? 初ジェットコースターは」

「そうですね。最初はちょっとびっくりして、ちょっと怖いなって感じたんですけど、千鶴さんの手を握ったら怖くなくなって、前を見てるとすごい勢いで風が流れて、景色がすごくて、なんだかわくわくして、よくわからないですけどテンションがすごくあがって、楽しかったです。今すぐもう一回乗りたいくらいです!」

「わーかーる! 謎の中毒性があるよね」

「はい。楽しいです!」


 楽し気な那由他ちゃんに、ただでさえ私も楽しくてテンションあがっているのに、ますますあがってしまう! だけど悪いことではないじゃないか! と言うことで私はブレーキを踏まずに那由他ちゃんの背中を押す勢いで早足になった。


 そんな感じで二人でワーキャー言いながらジェットコースターを挟みつつ遊園地をまわる。お昼を挟んだり、途中でいったんチェックインで荷物を置いたりして、多少の休憩を挟んでいるとはいえ、夕方を過ぎるころにはだいぶ疲れてきた。


「そろそろパレードの場所取り行こうか。終わったらホテルね」

「あぁ、もうそんな時間ですか……ちょっと残念ですけど」

「まあまあ、明日もあるんだからさ」

「あ、そうでしたね!」


 しょんぼりした那由他ちゃんだけど、あっという間ににっこにこになってくれた。可愛い!

 もうずっと繋ぎっぱなしで、お互いに汗もかいてしまっている手を強く握りなおし、人込みの中よさそうな場所を確保した。ちょっと後ろ側だけど、那由他ちゃんの長身なら十分だろうし、私もギリ見える。


「前回子供だったなら、もしかして那由他ちゃんパレード初めて?」

「えっと、一応見ましたけど……その、パレードの時に迷子になってしまって、それがきっかけで遊園地と言うものに行かなくなってので……ちょっと、暗くなると不安ですね」

「そっか。大丈夫だよ、今はスマホもあるし、何より、私が那由他ちゃんの手を離すわけないもん。ね?」

「! えへ、えへへへ。はい! そうですね」


 握った手を持ち上げてみせながら言うと、那由他ちゃんはちょっとだけ下げた眉尻をあげて、私の手ごとつないでる手を自分に引き寄せて微笑んだ。


 最悪スマホがある。とはいえ、この混雑と日が暮れて暗くなれば再会が難しいのは間違いない。ましてトラウマのある那由他ちゃんに悲しい思いはさせたくないしね。なんせ初めての遊園地デートなんだから。

 なのでこれまで以上に意識して手をつないだ状態で、パレードをみることにした。


 場所をとって待機することしばらく、暗くなり音楽が流れ始める。わくわくが高まる中、ちらりと那由他ちゃんを見る。暗がりの中、前方からのカラフルな明かりに照らされる那由他ちゃんは、一日歩き回ってちょっと汗ばんでいて、前髪がいつもより乱れて表情も見える。だけどそれを気にした様子もなく、目をキラキラさせている。

 可愛い。もう、パレードになんて目を戻せない。キラキラ輝く那由他ちゃんに、心が奪われてしまう。


「わぁ」


 周囲と同時に那由他ちゃんも小さく歓声をあげた。パレードが見えてきたのだろう。ますます光が強くなる。目を見開いて、口を半開きにして、口角をあげて見とれる那由他ちゃん。

 その姿に、手を引いて、私を見てって言いたくなる。どこの子供だ。前回はきっと幼くて背も低くて、迷子の不安感で全然見てなかったんだろう。それを邪魔することなんてできるはずない。


 だけどほんの少しだけ、こっちを見ないかな。そう思ってしまうのがやめられない。


「……? あれ、千鶴さん?」

「!」


 目があった。じっと見すぎていたのか、那由他ちゃんは不思議そうな顔をして、一気に恥ずかしくなる。何を考えているんだ私は! こ、こんな時は素直にパレードを楽しむべきでしょ!?


「な、那由他ちゃんはどのキャラが一番好きとかある?」

「あ、私は」


 さり気なく前を向き、話題を振ってパレードに私も夢中のふりをする。おかしいな。前まで私も、パレード中はそれに夢中になっていたのに。

 いつの間にこんなに、那由他ちゃんに夢中になっていたのか。自分でも不思議だ。だけど、悪い気分じゃない。那由他ちゃんを大好きだなって思うし、那由他ちゃんと恋人なのだと思うと、嬉しくって、握っている手が現実感すらないみたいに感じる。


 パレードの非現実的な楽しさより、那由他ちゃんへの恋心の方が、ふわふわしていて夢みたいだ。そんな風に思いながら、私は那由他ちゃんとこしょこしょ話しながらパレードを楽しんだ。


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