第32話 解決!

 私があっさりとした口調で言ったからか、おじさんは気まずそうに頭を搔いた。


「あー……そうか、若者からしたらそう言う印象なのか。はっきり言って、ほんの数年前にそんな法律ができたところで、人の意識は簡単には変わらないよ。世間ではマイノリティで、君と那由他は偏見と差別の目をむけられるだろう」

「それくらいはわかってます。それでも私は構いません。それがどうでもいいくらい、那由他ちゃんを愛しています」

「……那由他はまだ子供だ。差別の怖さも知らない。那由他を幸せにしたいと言った口で、不幸せの可能性が高い道に引き込むのか?」


 なんだかものすごく私が極悪人みたいに言われてしまった。別に悪の道でもないし、そもそも実質那由他ちゃんから告白したみたいなものなのだけど。うーん、まあ高校生だしね。年上の私が悪く言われるのは仕方ないか。


 おじさんは怖い位真剣な顔でそう問いただしてくる。私もそれを正面から見つめ返して、心からの思いを正直に告げることにする。

 付き合うとなってすぐに、いずれはおじさんとかにそれを言う日が来るだろうとは思っていたけど、ずっと先だと思っていた。うまい言い回しの一つも考えておくべきだった。

 でもまあ、まだ付き合いたてほやほやで言う方がおかしいし重いしね。でも重すぎると言われようと、私は那由他ちゃんが好きだし将来を見据えている。だから今できるだけの言葉で伝えよう。


「私が引き込んだわけじゃないですけど、そうです。でも、私はそんなのがどうでもよくなるくらい、那由他ちゃんを幸せにするつもりですし、私も幸せになるつもりです。那由他ちゃんが私に好きだと言ってくれる限りは。もし反対なら、那由他ちゃん側の気持ちを変えてください。もちろん強引にではなく、言葉を尽くして」

「……いつからだ? 君を信頼して、家にもあげている。来週なんて、旅行に行くんじゃないか」

「恋心自体、最近気づいたところです。もちろん、さっきも言いましたが、健全な関係です。友達や家族以上のことをするつもりはありません。ちゃんと那由他ちゃんが身も心も大人になるくらいまで、待つつもりです。だから今まで通り、那由他ちゃんを家に預けてくれて大丈夫です。そこは安心してください」

「……とにかく一度、那由他と話してみるよ。千鶴さん、君のアドバイス自体は、とてもありがたいものだった。改めてお礼はしよう。だけど、それとこれとは話が別だ。また、話し合おう」

「あ、はい」


 おじさんはこわばった顔のまま、しっかり挨拶はして車を出て行った。その背中が消えるのをミラー越しに見送ってから、私はハンドルに手をついた。


「はぁー……ミスったかな」


 やっぱ言わない方がよかったかなぁ。でもあそこで友達って言って、後から実はってのも、それはそれで印象悪いだろうし。

 でも思った以上におじさん、同性愛に偏見ある人っぽいな。これはまずった。と言うか、今更だけど、那由他ちゃんの許可得ずに勝手に付き合ってること言ったのはまずいよね。う。しまった。そこは考えてなかった。


 あ、あああ。考えれば考えるほど悪手だった気がしてきたぞ!? 那由他ちゃんの状況を伝えて話し合って、までは完璧だったと思うんだけど。うーん、でも嘘つくのはなぁ。ましてお泊りが控えている以上、後から疑われるよりは。

 ……よし。お母さんにも言おう。那由他ちゃんへの親ばれの贖罪の意味もあり、かつおじさん的にも、保護者が現状を理解して監視役になっていればさらに安心だろう。実際、あの元気をだしたり勇気をだすちゅーは結構ギリギリな気がするしね。

 バレていて意識されて定期的に監視に来るかも、と思えば私の自制心も今まで以上に仕事するでしょ。


 ……うん。言いたくねぇ。てかお母さんに何言われるかめっちゃ不安だわ。おじさんより歯に衣着せない分、罵倒されたり変に勘ぐられるかもしれない。偏見はないと思うけど。親に恋バナ自体したくないし。

 そもそも、まだ付き合って一か月どころかその半分以下なのに、親に言うって、早すぎるでしょ。展開が。うーん、でも、やっぱ、どう考えても、那由他ちゃんと別れる未来とか想像できないし、一生一緒がいいし、まあ、これしか選択肢はないよね……。


 恋ってすごいな。こんな急展開になるものなのか。感情のジェットコースターがコース激しすぎて死にそうだわ。


 私は家に帰り、何とか母親に報告すると言うミッションをこなした。母は予想と違って多くを語らなかった。ただ私が本気なことだけを確認すると、絶対に清く正しい関係を貫くことだけを約束させた。


 その後、那由他ちゃんから連絡があった。おじさんと話をして事情を教えてもらって、このお盆にお母さんに会いに行くことになったらしい。詳しくはまた会った時に話してくれるとのこと。

 そして私が恋人とばらしたことは、恥ずかしいし、勝手に言ったとちょっぴりおかんむりだったけど、私と一緒に報告したかったとか可愛いこと言ってくれて本気で怒ったりはしてなかった。よかった。那由他ちゃん可愛い。


 と油断しているとおじさんと直接通話することになり、そのしばしの問答の後でお母さんと変わって二人が話をし、とりあえず今後も那由他ちゃんの家庭教師や我が家での晩御飯を食べる生活は続けることのお許しが出た。

 那由他ちゃんが言うには別にお父さん、女同士とか偏見なんてないよ? とのことだったので、これは差別以上に単に娘をとられたくなくてかこつけてた可能性あるな、と睨んでいるがまさか確認できないので、そっかーよかった。いいお父さんでよかったね。と適当に答えておいた。

 冷静に考えれば高校生になっても当然のように日常的に撫でたりハグしたり抱っこしたりするような父親って、めちゃくちゃ溺愛してるな。そりゃ、娘の恋人をすぐ受け入れるわけないか。


うちはやろうと思ったら余裕でできるし、めっちゃ嬉しくてテンションあがったらすることもあるけど、別に積極的にハグしたくはない関係なのでそこまで考えてなかった。


 よし。偏見じゃないならまだ話は通しやすいだろう。那由他ちゃんに対して実力行使や差別発言をしないなら、いずれは認めてもらえる可能性あるし、まあ気長にいこう。

 とりあえず、那由他ちゃんはとっても嬉しそうだったので、よかった。それがなによりだ。早くお母さんも元気になると言いな。









 そんなことがあってから、お盆があけるまで那由他ちゃんには会えなかった。まあ仕方ない。那由他ちゃんも私もスケジュールがつまっているのだから。なので元々その予定ではあったしね。

 私は私で、祖父母の家に帰省してお墓参りとかね。墓石ぴっかぴかにしてやるし、久しぶりに会った親戚と遊んだり。と言っても私が一番年少なので、機嫌をとってお小遣いをもらったりなんだけどね。今年は姉が欠席したのでその分いっぱいもらえました。やったね。


「那由他ちゃん久しぶり! 元気だった?」

「お久しぶりです! ふふふ。はい! 元気です!」


 両手を取り合って再会を喜ぶ私たちに、ごほん、と遅れておじさんがわざとらしく咳ばらいをした。


「あー、久しぶりだね。千鶴さん。先日は改めてお世話になり、本当にありがとう」


 あれから電話でもお礼を言ってもらったのに、律儀な人だ。さすが那由他ちゃんのお父さん。今日はついに旅行への出発日なので、こうして車で迎えにきているのだ。


「全然、気にしないでくださいよ。そんな何回も言われると恐縮しちゃうますし」 

「いや、ちゃんと気持ちを伝える重要性を教えてくれたのは君だからね」

「いやいやそんな。那由他ちゃん、荷物重いでしょ。まあ乗りなよ。助手席ね」

「あ、はい。お邪魔しますね」


 ウキウキの那由他ちゃんと手を離して促し、ドアが閉まったのを確認してからおじさんににっこり笑いかける。


「それではおじさん、那由他ちゃん、責任もってお預かりしますね」

「……ああ。君を人として、信頼している。しているが、よく覚えておいてほしい。あの子はまだ未成年で現実として子供だと言う年齢だと言うことを。いいね? 必ず、それを忘れないように」

「は、はい。心得ております」

「那由他の気持ちも確認しているし、あの子を悲しませた親に、支えてくれた君との付き合いを反対する権利なんてないかもしれないが、それでも。どうか、未成年だと言うことは忘れないでくれっ」

「はい。重々承知しております。大丈夫です。気を付けますから」


 これもすでに電話でも言われたのに、さらにめちゃくちゃ念押ししてくる。いや、さすがにわかってるってー、と言いたくなるが、真剣すぎて苦しそうなおじさんにそんなノリで返したら怒られそうなので真面目に頷いておく。

 那由他ちゃんが心配なのもわかるし、単純に溺愛する子の親としても葛藤として抵抗があるのはわかるけど、そこまで言わなくても。信頼している、と言う前置きが悲しくなるね。


「ああ……那由他を、よろしくお願いするよ」

「はい。任せてください、お父さん」

「……まだ、ちょっと早いんじゃないかな? まあ、とにかく、それ以外にも女の子二人旅だし、気を付けるんだよ。本当にね?」


 頬をひきつらせるおじさんに、私はにっこり笑顔で応えておいた。そしてようやく出発だ。車に乗り込み窓を開け、那由他ちゃんと一緒におじさんに挨拶をしてから出発させる。


「えへへ……とうとう出発しましたね」

「そうだね。ドキドキだね。昨日はよく眠れた?」


 荷物を後ろに置いて、事前に二人で選曲した音楽を流しているので車内はノリノリで空気は温まっている。私のテンションは最高潮だけど、なんだか那由他ちゃんがちょっぴり頬を赤らめているのが気になったのでそう尋ねた。ちらっとみると那由他ちゃんは照れ笑いをしている。


「あ、えっと、実はちょっと、緊張して、いつもより遅くなっちゃいました」

「そかそか。私はぐっすり寝てるし、寝てていいからね」

「も、勿体ないので寝ません! えへへ、千鶴さんといっぱいお話ししますもん」

「かわいーなぁ。那由他ちゃんは。じゃあお盆休みどうだったか聞いてもいい?」

「はい! 久しぶりにお母さんと会えました! 千鶴さんのお蔭です。ふふ。本当に、ありがとうございます。大好きです」


 あー、これ、車止めてしたかったわ。顔見れないの残念すぎる。と思いつつ、那由他ちゃんの話を聞いた。

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