第31話 那由他ちゃんのお父さんと

「それで、話と言うのはなんだろう」

「はい。単刀直入に聞きます。那由他ちゃんと血がつながっていないと言うのは本当ですか?」


 まず私がこれを知っているのだ、と言うのを示す必要がある。回りくどく話して待っている那由他ちゃんを心配させる必要も、お腹が減ってひもじい思いをさせる必要もない。手短に済ませたい。

 私の質問に、穏やかな顔をしていたおじさんは表情を変えた。目つきを鋭くして、じっくり考えるように唇をしめらせてゆっくり口を開く。


「……それをどこで、いや、それを知って、どうするつもりだい?」

「私はこれを那由他ちゃんから聞きました。那由他ちゃんに直接言ったりはしません。ただ、それによって那由他ちゃんが傷つくかもしれないから、先に聞きたいと思って質問しました。実際のところ答えてくれなくても構いません。那由他ちゃんをどう思っているのか、那由他ちゃんが以前みたいに仲良くしたいと思っているのに対して、どう反応するのか、そっちの方が知りたいです」


 直球勝負である。変に勘ぐられて、私が那由他ちゃんの周囲を探っているとか、傷つけようとしていると思われては困る。うっとうしがられておじさんに嫌われる覚悟をしてはいるけど、勘違いで嫌われるのは別だ。将来家族になるのだし、可能な限りは仲良くしたいと言うのが本音でもあるのだ。


「な、那由他から? どういうことだ? なんでそんなことになってるんだ? な、那由他はいつから、誰から聞いたか君に言っていたのか?」


 おじさんはわかりやすく狼狽して身を乗り出そうとして、シートベルトにはばまれてはっとしながら、胸の前のシートベルトを撫でた。走らせないのにわざわざつける意味あるかな? と思いながらおじさんがシートベルトをつけるのを見ていたけど、そう言う対策だったのか。賢いな。さすが那由他ちゃんのお父さん。


「落ち着いてください。ちゃんと説明します」


 私は順序立てて、那由他ちゃんから聞いたことを伝えた。おじさんは神妙な顔で聞いていたけど、私が最後まで言うとそっと右手で顔を覆いながら頷いた。


「そう、か。……事情は、わかった。ありがとう、教えてくれて」

「いいえ。でもそう言ってくれるなら、教えてくれませんか? 那由他ちゃんのことをどう思ってるのか」

「……そう、だな。那由他がそこまで信頼しているなら、話そう。確かに、私と那由他は血がつながっていない。それが分かった。でももちろん、私は那由他を愛している。そんなこと全く関係なく、那由他は私の可愛い子供だ。我が子として変わらずに思っているし、ずっとそう扱っていくつもりだ。これでいいかな?」

「あ、ありがとうございます。すみません。その、踏み込んだことを聞いてしまって。でも、本当によかったです。那由他ちゃんは血がつながっていなくても家族でいられるのか不安がっていましたから」


 ずっと難しい顔をしながらだけど、おじさんはそう柔らかい声音で応えてくれた。ほっとしながら相槌をうちながらお礼を言う。


「知られているなら、そう思っただろうな。私としては那由他には大きくなるまで知らせるつもりはなかったが、はっきり私の口から言った方がいいんだろう」

「そうですね。あとおじさんも最近知ったなら気まずいのはわかりますけど、今まで通りの距離感に早く戻してあげてくださいね」


 直接話し合うなら、もうこれで心配ないだろう。お互い秘密があって気遣ってできていた距離もこれで元通りにもどれるだろう。血がつながってなくても変わらないとおじさんが思っていて、那由他ちゃんも思っているなら大丈夫だ。これで一安心だ。

 きっとお盆明けには今まで以上のはじける笑顔をみせてくれるんだろう。実に楽しみだ。いやー、私、いい仕事したね!


「……いや、今まで通りとはいかないだろう。君から見てもそう思うだろう? もう那由他は大きいんだ。もちろん変わらず愛していることは伝えるつもりだが、血がつながっていない親子がべたべたした関係なのは、世間体がよくないだろう」

「え? いやいや、世間体って、そんな血縁関係なんて黙ってたらわからないことじゃないですか」

「それでも、那由他がおかしいと思われたくはないんだ。それに那由他も成長したら、血がつながってないのにべたべたされたと嫌悪感をもつかもしれないだろう? 血がつながっているから気安く接してもただのお父さんっ娘だと言えたんだ。もう、那由他も小さな子じゃないんだから、距離はこのままで行くつもりだよ」


 そうおじさんは寂しげに微笑んで言うけど、いやちょっと待って! なんでそんな結論になるの!?


「ちょ、ちょっと待ってください! 何言ってるんですか! 那由他ちゃんは今、家族の愛情を求めてるんです! 未来のこととか世間体とか、そんなのはどうでもいいことでしょう。今、傷ついていて、今、悲しんでるんですよ!」

「どうでもよくはないだろう」

「じゃあ那由他ちゃんの涙以上に大事なことがあるって言うんですか!?」


 確かにどうでもよくはなかった! でも優先順位と言うのが世の中にはある。私の問いかけにおじさんは少しだけ視線をそらした。


「……それは、でも、あの子ももう大人だろう? 男親との距離なんて、今多少辛くても、いずれは気にならなくなることだ」

「おじさんから見たら一生子供じゃないんですか? だいたい、今まで黙って勝手に距離をあけたり、何も知らせずにって言う子供扱いをしておいて、そこで急に大人って、甘えないでくださいよ!」


 大人はいつでも勝手だ。子供だからと閉じ込めたかと思えば、都合が悪くなれば大人扱いしようとする。そう言うのが一番傷つくのに。子供扱いするなら、最後までしてくれるならいいのに。急に放り出された時の心細さや悲しさを、どうして大人はわからないんだ。

 と、つい自分の実体験を思い出して感情移入するあまり、そう怒鳴ってしまった。驚いた顔で私を見るおじさんに思わずはっとして口元を隠し、それでも、私は最後に言うべきことを伝えることにした。


「大人だって言うならそれこそ、那由他ちゃんの意見を聞いて尊重するべきじゃないですか。中途半端なことをしないでください。家族だからこそ、話し合ってください。言ってくれないと、なにもわかりません」

「……なるほど。確かに、勝手だな。……ああ、君が言う通りだ」


 私の言葉に、おじさんは一度目を見開いて、力なくうなだれたように顔を伏せた。


 あ、あ、言い過ぎた? 言い方、まずかったかもしれない。だっておじさんだって、いきなり春に知って、療養中ってことは那由他ちゃんに言ってないけどお母さんの体調良くないってことだし、いっぱいいっぱいで那由他ちゃんに心配かけたくなくて黙ってたわけだし。

 愛情があるからこそ、いつかも未来の為に距離をとっただけで、それだって心配したり気遣ったりはして愛情を示してはいたわけだし。


 おじさんも精一杯やってただろうに、急に訳知り顔の子供の友達で親しくもない人間に怒鳴られて、だと言うのにおじさんは真摯に受け止めてくれているらしくて、すごくショックを受けているようだ。

 も、申し訳ない! 那由他ちゃんのお父さんなんだもんね! そりゃ素直で心が広くて、私みたいな小娘の言葉でもなんでも正面から受け止めるよね! ごめんね!


「あ、えっと、すみません。つい。ただ私は、那由他ちゃんに幸せになってほしいだけなんです。いきなり環境が変わっておじさんも一生懸命頑張ってるのわかってます。ただ、お願いですから、一方的に決めずに那由他ちゃんと話してほしいんです。ご家族のことに口を挟んで本当に申し訳ないです。興奮して声を荒げたのもすみません」

「いや、いや……君は何も間違っていないよ。千鶴さん、那由他のことを、大切に思ってくれて、ありがとう」


 そうおじさんは無理やりに微笑んでお礼を言った。う、ううん。でも、まあ、話し合って那由他ちゃんの気持ちをちゃんと聞いてくれるってことなんだし、結果オーライだよね? おじさんのメンタルにダメージを負ったかもしれないけど、そこは那由他ちゃんの親なんだし、頑張ってもらうしかないよね?


「そんな、お礼を言われることではないです。勝手に大切に思ってるだけですから」

「いや、私だけだと、きっと間違って、那由他をもっと傷つけていただろう。ありがとう。これからも、那由他のいい友達でいてくれると嬉しいよ」


 そう力なく、だけどちゃんと感謝の気持ちを込めているのが分かる微笑を浮かべるおじさんの表情は、あんまりに那由他ちゃんに似ていて、血のつながりがないなんて疑いもしないレベルだ。

 そして私は、この人に嘘をつけないと思った。だから、申し訳ないついでに全部言ってしまうことにした。


「すみません。友達ではいられません。私、那由他ちゃんのこと愛してるんです」

「んん? ……ん?」

「もちろん、那由他ちゃんはまだ高校生で未成年ですから、那由他ちゃんが大人になるまで、清い交際を続けるつもりですが、那由他ちゃんと交際させてもらってます。だから、ずっと那由他ちゃんのいい恋人として、パートナーとしてずっと傍にいて支えたいと思っています」


 おじさんはすでにいっぱいいっぱいで疲れているだろう。今から那由他ちゃんと話すって決めてくれて、仕事疲れ以外の精神的な疲れは確実に今の会話で重なっただろう。そこにさらに情報をぶっこむのだ。申し訳ない。

 だけどこの人の前で、はい、友達でいます、と言うことはできないと思ったんだ。


 私が真剣な顔でそう言い終わると、おじさんはしばし無言で私を見つめ返し、ぱちぱちと瞬きをしてから、ゆっくりと口元を覆ってた手をおろした。


「いや……本気で言っているのか? 那由他と? ええ? …………いや、だとして、今言うのか」

「すみません。私もちゃんと那由他ちゃんの家庭の事情が落ち着くまで言うつもりはなかったのですが、友達で、と言われたので、嘘をつきたくなかったので」

「……君の誠実さは、よくわかった。だが、今はちょっと、受け止めきれない。だいたい、女同士だろう」

「そうですけど? もう何年も前から女同士でも結婚できるじゃないですか」


 まさかストレートにそんな質問をされるとは。ちょっとびっくりしてしまった。そりゃあ世間から偏見がなくなったとは思ってないけど、そんな古い反応をされるなんて。

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