第27話 お付き合いにあたって

「あー、その。ごめんね、那由他ちゃん。ちょっと気持ちが昂りすぎた」

「い、いえ……全然、大丈夫です」


 そうしてしばらく衝動のまま抱きしめてしまったけど、那由他ちゃんは目が回ったみたいなふわふわした表情のままで許してくれた。勢いで普通に全身を撫でまわして床をごろごろしたので、普通に目が回ってしまった可能性もある。


 落ち着いたので普通に並んで座っているけど、髪が乱れてしまっている。那由他ちゃんの髪を直しながら再度謝罪する。どう考えても恥ずかしい。

 さっきの私、頭おかしかったわ。でもね、那由他ちゃんが可愛くて、こんなにうまく恋人になれたのが嬉しすぎて、感情が爆発しそうだったんだもん。仕方ない……いやでもやっぱないわ。年下の那由他ちゃんが落ち着いているのに、私は転がり回って喜ぶって。犬か、私は。


「いやほんとに、ごめんね。私の方が年上なのに、はしゃぎすぎだよね」

「……ふふ、そうですね。でも、嬉しいです。だって、その、わ、私と恋人になれて、それだけ、喜んでくれたって、ことですから」


 那由他ちゃんはどっちが大人かわからないようなそんな優しいことを言ってくれた。うぅ、理解されて嬉しいけど、恥ずかしいなぁ。


「そりゃあもちろん、嬉しいよ。那由他ちゃんは?」

「う、嬉しいです。なんだか、本当に、恋人になれたらいいなって、思いましたけど。でも、本当になれる思ってなくて、こ、告白は、しようとは思ってましたけど。その…………えへへ、でも、失敗してよかったです」

「可愛かったよ」


 と言うか告白しようと思ってたのか。と言うことは、素直にこの間の質問は私へのさぐりだったのか。なるほどね。自意識過剰じゃなかった。

 ふぅ、それにしても、もしかして那由他ちゃんが好きなのは私!? と思った時に考えたのと全然違う方向に行っている気がする。恋人になったのは全然後悔してない。これで大人になるまで、とか言って断ったことで他の人に先を越されたら最悪だしね。

 でも那由他ちゃんに胸をはれるような、誇れるような大人になるぜ、と思ったはずなのだけどむしろいきなり恥ずかしいところを見せてしまった。


 最初からそんな立派な大人とは思ってないし、だからこその努力目標として、那由他ちゃんの恋人にふさわしい大人にと思ったわけだけど。よし。これから頑張ろう。


「那由他ちゃん、私、那由他ちゃんに相応しい恋人になるよう頑張るね」

「え? そ、そんな、わ、私も、頑張ります」


 私は那由他ちゃんの手を両手でとって宣言すると、那由他ちゃんもそっともう片方の手を重ねて言ってくれた。きゅんとするね。でも那由他ちゃん頑張り屋だし、あんまりこれ以上頑張って無理してほしくないかな。変なこと言ってしまったかな。


「ありがとう。でも私はそのままの那由他ちゃんが好きだよ」

「えぇ、そ、それは私もです」


 やだ。言わせたみたいになってしまった。普通に素で答えただけなのに。でも嬉しい。ちらりと時計を確認すると、まだ時間に余裕はある。


「ねえ那由他ちゃん、ちょっとゆっくりお話しよっか。なんていうか、このままだと気持ちが昂っちゃいそうだし」

「そうですね。えへへ。喉かわいちゃいましたね」


 照れ笑いしつつ手を離し、用意して部屋に持ってきておいた飲み物を摂取する。口にするまで何とも思ってなかったけど、緊張のせいかいつのまにか乾いていたみたいで、一気飲みしてしまった。


「はぁ、美味し」

「ん。そうですね。えへへ。なんだかちょっと、疲れたのもあって、夢みたいです」

「夢じゃないよ」


 落ち着くために距離をとって隣に座りなおしたまま、はにかむ那由他ちゃんにそっと手を差し出す。おずおずと那由他ちゃんが手をのばし、二人の真ん中の床の上を這うようにそっと触れ、指先だけ絡めるようにして繋ぎながら目を合わせる。

 照れくさいけど、じわじわと恋人になれた喜びが満ちてくるみたいで、あー、幸せだなぁって実感する。そして那由他ちゃんの表情も同じように感じてくれているのが伝わってくるもので、その顔を見ていると愛おしさがあふれてきて、抱きしめて、キスとかしたいなって感じてしまう。


 あー、いけないいけない。恋人になれて嬉しいし、指先が触れるだけで幸せなのに、私ちょっと強欲すぎるって言うか、普通にしててもテンポ早すぎでしょ。同年代の恋人だとしても、即したくなりすぎ。

 よし。これも宣言しておこう。あえて言うことで私が意識しすぎてるのが分かってしまうけど、那由他ちゃん自身にも把握してもらうことで、仮に私が暴走しても止めてもらえるもんね。めっちゃ情けないこと言ってる自信はあるけど、背に腹は代えられないよね。


「ねえ、那由他ちゃん。あえて今言う必要はないかもしれないけど、一応、付き合うにあたってルールを決めておいた方がいいかもしれないから、言うね」

「え、はい。えっと、なんでしょう。私、お付き合いとか、したことがないので、その、作法があるなら教えてほしいです」

「うわっ」


 だ、駄目だよ那由他ちゃん! そんな無邪気に質問されたら、私が悪い大人だったらこれ幸いとめっちゃ都合いいこと教えちゃうよ! お、落ち着け私。だからこそ、ここで私が明確に線引きすればそれを基準にしてくれるんだから、いいことだよ。


「う、うん。お付き合いの作法って言うか、那由他ちゃんはほら、未成年だしね? 大好きだしずっと一緒にいたいけど、だからこそ、ちゃんとひかないといけない一線はあると思うんだ」

「ん、と? えっと、どういう線でしょう?」

「えーっと、つまり、那由他ちゃんが大人になるまでは、清いお付き合いでいましょうってこと」

「清い? って言うのは具体的にはどういうことですか?」

「え、つまりまあ、えーっとだね」


 ごめん、具体的なラインは私も考えてなかった。え、難しいな。えーっと。


「き、キスはなしで」

「き、わ、わかりました。そう、ですよね。恋人になったらそういうのも、ありますもんね…………あ、大人になるって言うのは、具体的にいつになるんでしょう?」

「まあ。高校を卒業するまで、かな」

「わかりました。それまで我慢しますね」


 んんん。我慢って。那由他ちゃんもやっぱ興味ある感じなのか。それはそうだよね。那由他ちゃん、綺麗な唇してるもんね、ってそれは関係ないでしょ。私。

 いけない。那由他ちゃんの魅力が強すぎて、全然一線を守れる自信がない。……まあ、なるようになるでしょ!


 那由他ちゃんは想像だけで赤くなりながらもそう穏やかな微笑みで私の宣言を受け入れてくれた。


「他にルールはありますか?」

「え、他か。一般的にこういうルールがあるってわけじゃないけど、私たちだけでルールをつくろうか。例えば、できるだけ連絡をとりあうとか。こうしてほしいとか希望があれば言ってみてよ」


 私としては毎日寝る前に電話したいとかあるけど、それをルールで決めてしまうとちょっと苦しいかなって気がする。単純に忙しかったり疲れで億劫な時もあるし、ルールって形にはしたくないよね。


「えっと……じゃあ、こ、交換日記とか、してみたいです」

「えっ、い、いいけど」


 また、凄いことを考えるなぁとは思った。交換日記って。小学生の時友達と毎日お手紙交換とかはしていたけど、それよりさらに古式ゆかしいな。でも逆にありかもね。直接面と向かわないから聞けることもあるし、それがさらにすぐ見られたり返事が返ってこない紙だからこそ、落ち着いて会話できるって部分もあるだろうし。

 私と那由他ちゃんは一緒に過ごした時間はそこそこでも、勉強中はどうしてもプライベートなことって話さないしね。改まって質問するのにもいいだろうし、うん。考えるほどいいかもね。


「うん、いいね。じゃあ今度出かける時、一緒に日記帳買いに行こうか」

「はい! あ、あと、これからのお出かけは全部、その、で、デートって、思っていいのでしょうか?」

「もちろん。今も、デート中だよ」

「はわ。あ、ど、ドキドキしちゃいますね」


 那由他ちゃんはほっぺた真っ赤でまるでまた風邪でも引いちゃったみたいだけど、嬉しそうなニコニコ笑顔で、見ているこっちまで嬉しくなってしまう。私と恋人になったことを心から喜んで同じようにドキドキしてくれているのが嬉しい。


「うん。私もドキドキしてる」

「あ、ち、千鶴さんもですか?」

「もちろん。好きな子と恋人になって、二人きりなんだもん。心臓が口から飛び出そうだよ」

「ふふ……じゃあ、私とおんなじですね」


 おんなじ、と嬉しそうにつぶやくように繰り返した那由他ちゃんを見ていると、胸の中がむずむずする。そうだ。私だって偉そうに言える事なんかなにもない。格好をつけることだってないんじゃないかな?

 私にとってもこれが初めての恋人で、那由他ちゃんと一緒に関係を作っていくんだから。


「うん、そうだよ。おんなじ。年上としてちょっと情けないけど、私も恋人ができるのは初めてだから。一緒に初めてを経験していこうね」

「……はい。嬉しいです、えへへへ」


 喜んでくれた。それだけで、素直になってよかったと思える。全身が心臓になったのかと勘違いしてしまいそうなくらい、ドキドキとしているのに、那由他ちゃんといると同時に心が癒されるのを感じる。

 これが恋人といるってことなのかな。なんだか不思議な気持ちだ。那由他ちゃんのこと大好きだって自覚したのも最近だけど、いつのまにこんなに那由他ちゃんを特別に思っていてたんだろう。


 最初にあった時、こんな風になるとは思いもしなかった。ただ、綺麗な子だとは思っていた。仲良くなっていく内に、可愛いとはいつも思っていた。

 だけど別に、今までの友達やクラスメイトにだって、顔のいい子や仕草が可愛い子も何人もいた。何をやっても許せるような可愛い子もいた。でもこんな風にはならなかった。私だけを見てほしいとか、そんなこと感じなかった。

 そもそも告白された時だって、困ったなって思っても、嬉しいとは思わなかった。それっきり恋愛とは無縁な人生だった。……あ、ちょっと悲しい気持ちになってきたな。いやでも、それもこれも、那由他ちゃんと出会う運命だったからだよね!


 那由他ちゃんは特別だ。那由他ちゃんだけ、恋人なんてって思ってしまったし、那由他ちゃんだから、告白されたのかって思って嬉しかったんだ。なんでだろう。何が特別なんだろう。恋をする条件がよくわからないな。


「……? えへ、えへへ」


 思わずじっと見てしまう私に、那由他ちゃんはちょっとだけ不思議そうにしてから笑った。可愛い。もう何もかもどうでもよくなってしまう。


「んふふ。那由他ちゃん大好きだよ」

「あ、わ、私も。えへへ、大好き、です」


 そうして時間いっぱい、見つめ合ったり、少しずつこう言うことしたいな、みたいなことを出し合って、たくさんこれからのことを話した。

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