第24話 夏祭り 前編

 あ、無理。可愛い。と大きな声が出てしまうかと思った。那由他ちゃんと約束のお祭りの日。その前のいつもの勉強会はよかった。なんとかいつも通りを装えたけど、まさかのお祭りの日、那由他ちゃんは浴衣を着てきていた。本格的すぎる。そんなのこの間言ってなかったのに。

 どうやら風邪が治った記念におじさんが買ってくれて着付けはお店でやってもらってきたらしい。不意打ちで可愛すぎる。


「えへへ、似合いますか?」

「めちゃくちゃ似合うし可愛いよ那由他ちゃん」

「んふ、えへ、えへへ。ありがとうございます。嬉しいです」


 可愛い。可愛すぎて、なんかこう、ぎゅっとしたくなってしまう! でも浴衣が崩れても嫌だし、着させられないから我慢我慢。


「ねぇ、写真撮っていい? いいよね? はい、そこに立ってー」

「え。そ、しゃ、写真なんて」

「まあまあ可愛いから。ツーショもとろうね。後でまとめて送るから」

「あ、は、はい……」


 上がったテンションはスマホで写真をとって誤魔化す。うむ。なかなかいい写真が撮れたんじゃないでしょうか?


 さて、今日は電車移動なので、普通に駅での待ち合わせだったのだけど、周りの視線がちらちらと向けられているのが気になる。隅っこに移動して邪魔にならない位置に行ってもなおこれだ。

 お祭りシーズンなので珍しいというほどではないが、那由他ちゃんは美少女なので見られているのだろう。はぐれないようしっかりしないとね。


 那由他ちゃんのすぐ斜め後ろから張り付くように位置取りして、一緒に目的地までの電車に乗り込む。13時にはつくだろう。今日はお昼代わりにお祭りを満喫するつもりだ。夜だとさすがに、未成年の子を連れまわすのは危ないしね。まあ私が高校生の頃は普通に夜行ってたけど。

 平日だし昼間の方が空いていて楽だとは言え、そこそこの人手だ。これが夜だともっと面倒だったかもしれないしベストな選択だ。


「お祭りは行ったことある?」

「あ、はい。よく家族で行ってました。いっつもリンゴ飴を買ってもらうんですけど、どうしても食べきれなくて、お父さんに食べてもらってました」

「なるほどね」


 仲のいい家族だなぁ。とほのぼのすると同時に、那由他ちゃんのお母さんがいない理由が病気しか思い当たらなくて辛い。最近は那由他ちゃんも明るくなってきているので、どうかこのまま笑顔が続くように祈るばかりだ。


「あ、あの、千鶴さん」

「どしたの?」


 そろそろ目的地の駅に着くな、と思っていると那由他ちゃんがおずおずと呼んできた。尋ねるもすぐには答えず、何だかもじもじして頬を赤くした。


「あの、そ、その……こ、混んでそうですよね」

「そうだねぇ。多少は仕方ないでしょ」

「そ、その、だから……て、手をつなぐとか、ど、どうですかね?」

「え? あ、うん。そうしよっか」


  恥じらう姿に何を言われるのか、と妙にドギマギしてしまったのだけど言われたのはおかしなことでもない。拍子抜けしながら頷いて手を出す私に、那由他ちゃんはぱあっと笑顔になった。


「は、はいっ。えへへ」


 そして元気に私の手を取った。何度か繋いだことはある。手を引いたりとか、それこそ混雑しているところとか。だけどそのどれもそれほど意識せず、友人相手として普通のこととしてやっていた。

 だけど不思議なのだけど、那由他ちゃんのことを好きなのだと自覚しただけで、何だか繋いだだけでドキッとしてしまった。


 那由他ちゃんの手ってこんなに柔らかかったっけ。熱くて、それでいて力強いほどぎゅっと私の手を握ってくる。遠慮のない、離さないぞと言わんばかりだ。

 いつも遠慮がちだったのに、今日は自分から繋いでくる。ただ混むだろうからって十分な理由もあるのに、そこに特別なものを感じてしまう。


 この間会った時はいつも通りだった。突然の大好きなんてただの挨拶でしかないみたいに、本当にいつも通りだった。だからやっぱり特別な意味なんてなかったのかなって思いかけたのに。

 やっぱり、意味があるのかなって。たったこれだけで、手を繋いで目をあわせて見つめてくる那由他ちゃんの、そのどことなくもの言いたげな赤らんだ顔に、期待してしまうのだ。


「っ、ついたね。降りようか」

「はい。千鶴さんは、お祭りで何が好きですか?」

「出店的な意味で? だとしたらやっぱり焼きそばかな」

「えぇ? それはお家でも食べられますよね」

「那由他ちゃんはどうやら、お祭り焼きそばの味を知らないと見た」


 鉄板で焼き、しばらく放置された具材が少なく、人込みでちょっと埃っぽくて蒸し暑いお祭り会場で食べるあの焼きそばの味をね! やべぇ。この情報だと全然美味しそうに感じないわ。でも美味しいんだって!

 こうなったら今日は那由他ちゃんに、お菓子以外のお祭りの醍醐味を教えてあげねば!


 おかしな気持ちになってしまうのを振り切り、私は那由他ちゃんとお祭り会場に向かった。


 駅から少し離れているけど、そこまでの公道にもたくさん出店は並んでいる。夏休み期間なので昼間でもシートをかけて閉めている店は少ない。学生たちの波に紛れないよう、ぎゅっと強く手を握り合いながら見ていく。

 わたがし、人形すくい、水笛、フランクフルト、唐揚げ棒、胡瓜串、フルーツ飴とどこにでもありそうな出店が並ぶ。早くもフルーツ飴に並んでいる姫りんご飴に目をとられている那由他ちゃんをなだめつつ神社の敷地に一礼してから入る。


 まずは下見をしつつ、普通にお参りをすませる。さすがにね、ここまで来て何もしないわけにはいかないからね。あまり並んでいなかったのでささっと済ませて気を取り直してお祭りだ!


「まずは何にしよっか。お腹は空いてる?」

「そうですね。普通に空いてます。じゃあ、さっそく焼きそばですか?」

「お。いいね。ノリノリだ。じゃあそうしよう。たしか右手にあったよね。どうせだしいくつか買ってまとめて食べようか。はしまきとイカ焼き、フランクフルトでいいかな。場所は奥の石段でいいでしょ」

「そ、そんなに食べられますかね?」

「全部一人前だし分けたら大丈夫大丈夫!」


 困惑する那由他ちゃんの背を押して、と言うか手を繋いでいるのでひきずるようにして境内を回って昼食を確保した。最後に飲み物を買い、石段の端っこの空いているところを陣取る。

 食べ物は全部ナイロン袋の中で積んでもらえたけど、飲み物はそうもいかないのでつないでいた手を離してそれぞれ持っていたので冷たい。いったん先に飲み物を置かせてもらい、鞄からハンカチを取り出す。少し大判のハンカチタオルで水滴をふき取り、そっとそのまま石段にひいた。


「那由他ちゃんは浴衣だし、汚したらあれだからこの上に座ってね」

「え、そんな。これ別に、洗えるやつですから」

「クリーニングででしょ? いいから座って」

「あ、はい……ありがとうございます。なんだか、えへへ、千鶴さん、王子様みたいですね」


 強めに促して座らせると、那由他ちゃんは遠慮がちにそっと座って膝の上に食料の入った袋をのせながらそう私を見上げてはにかんだ。

 んんんん。か、可愛い。なにその夢見がち発言。冗談だってわかるけど似合いすぎる。


「じゃあ、那由他ちゃんは私のお姫様ね。ささ。お飲み物をどうぞ」

「あ、あ、ありがと、ござます……」


 隣に座ってそう言いながらお茶缶を渡す。那由他ちゃんは受け取りながら、自分から言い出したのに真っ赤になってめっちゃ小声になってしまう。か、可愛すぎか。

 その隙にそっと膝上の袋を回収する。一番上のイカ焼きから食べよう。お茶をのんで落ち着いたところで、那由他ちゃんにパッケージをあけて串の先を向ける。


「さ、お先にどうぞ」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、いただきます」


 那由他ちゃんは串をとり、顔を突き出すようにパッケージの上で先端の耳部分にかみついた。


「ん」

「耳も美味しいけど、胴体も柔らかいんだよ。そっちも食べてみて」

「ふぁい」


もぐもぐしてからさらにかぷっと胴体にかぶりつく那由多ちゃんは、しばらく咀嚼してからにこっと笑顔を私に向けてくれる。


「美味しいです! 甘辛くて、一本食べられそうなくらいに」

「気に入ってくれてよかった。私ももらうね」

「はい。どうぞ」


 串ごと受け取り、反対側の耳をまるごといただき、そのまま胴体まで侵食する。うーむ。うまい。それに柔らかい。こんな安物そうなのが何故こんなに柔らかうまいのか。お祭り価格にしては安すぎる気さえする。普段わざわざつくらないけど、お祭りだとこの匂いがみょーに食欲さそって、どうしても一本は買ってしまうのよね。あ、てかここちゃんと筋もとってあるね。去年は筋があって腹立ったんだよねぇ。


「うん。美味しい。筋もないから、もっとがぶっといって大丈夫だよ。気に入ったなら残り食べる?」

「あ、はい。じゃあ……い、いただきます」

「?」


 串を再度受け取った那由多ちゃんは頷いてから何かに気づいたように一時停止し、それから私をちらちら見ながらいかやきの残りに口をつけた。なんだろ。もしかしてソースでもついてる?

 ちらっとスマホで確認したけど顔にはないし、服にもこぼしてないよね?


 気になるけど、とりあえず那由多ちゃんが食べてる間に次をあけよう。はしまきだ。はしまきは薄いキャベツのはいってないお好み焼きみたいなものでおはしに巻いた上でソースがぬられている。なのでこう、パックの端から飛び出ているお箸ごと持ち上げて、と。


「あふあふ。ん。美味しいよ。はしまきは食べたことある?」


 あんまり熱々だったので、ちょっぴり慌ててコーラを飲みつつ、那由多ちゃんに話をふる。那由多ちゃんは最後の一口を頬張ったところだったので、串をパックにしまって輪ゴムでとめ、足元においてから飲み込み、ごくんと同時に頷きながら返事をした。


「はい。一回食べたことがあります。お好み焼きみたいなやつですよね」

「そうそう。まあ味は想像通りだけど、美味しいよね。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 そうしてお互いに食べあうと、やっぱり買った分はぺろりと食べてしまった。なので追加にじゃがバターとかき氷、最後に那由他ちゃんの好きなリンゴ飴を食べることにした。

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