第22話 那由他ちゃん視点 恋

 風邪をひいてしまった。体は丈夫な方だ。風邪なんて一年に一回ひくくらいだ。それもいつも冬の話なので、夏の今なんて、考えてもいなかった。

 だから千鶴さんと約束したお祭り当日、お父さんに駄目って言われてちょっと怒ってしまったけど、千鶴さんうつすつもりかって怒られてしまった。

 仕方なく千鶴さんにごめんなさいの電話をして切ると、なんだか急に頭がくらくらしてしまって、お父さんを見送らずに眠ってしまった。


「……あ」


 そして目が覚めて、千鶴さんが私と手を繋いだ状態で寝ていて、さっきも一回目が覚めていて、千鶴さんにおかゆを食べさせてもらったことを思い出した。

 そっと起き上がる。ずいぶん熱が下がったみたいだ。頭がひんやりしていて、何だか湿っている感じさえする。


 後ろ頭を抑えながら振り向くと、枕が私が使っているものとちがう。タオルに包まれているそれは、触ってみるとひんやりしていて形を変えて、水が入っているのが分かる。ひょうのうってやつなのだろうか。

 千鶴さんが持ってきてくれたんだろう。私を心配してわざわざきてくれた。そう思うと、胸がじんわりと温かくなって、何だか熱が高くなってしまいそうになる。


 手を繋いで、流れだけど子守歌までうたってもらった。あんまり覚えてないけど、歌ってくれていたことだけは覚えている。お母さんみたいに当たり前に優しくしてくれた。

 それがお母さんみたいにすごく安心するとともに、お母さんとは違って、何だか飛び出したいような嬉しさで、何となくむずむずしてしまう。


 そんな気持ちをごまかすように、そっと千鶴さんの髪に触れる。さらさらで、地肌に触れると丸くて、人の頭に触れる事はないから変な感じで、何となく不思議な気持ちだ。どき、どき、と心臓の音が大きくなってきた気がする。


 さっきまでちょっとぼんやりしていて、あんまり普通に千鶴さんが優しくしてくれるから、千鶴さんだってわかっているのにお母さんにするみたいに甘えてしまって恥ずかしい。

 だけどこうして千鶴さんの寝顔を見ていると、私もまた千鶴さんに甘えられたいな、と思う。だから恥ずかしいけど、きっと千鶴さんも私の態度に呆れたり怒ったり嫌いになったりなんかしないって、言われなくても信じられる。


 千鶴さんとは春先に会ったばかりなのに、こんなに心を許している。信じている。それはおかしいくらいなのに、何の違和感もなく私の胸の中に納まっている。


 寝ている千鶴さんの顔をみるのはこれで何度目か。三回は既にみているのに、見るたびに新鮮な気持ちになってしまう。目を閉じてすぅすぅと規則正しく呼吸する様は、年上だけど愛らしさすらあって、可愛いと普通に思ってしまう。それでいて、見てるとなんだか胸がざわざわする。


「はっ」


 と、千鶴さんを愛でていると、いきなり千鶴さんが起きた。さすがに、寝ているところを勝手にとなると年上の千鶴さんに対してとても失礼で、多少怒られるかな、と思ったけど、千鶴さんは気にしていないように前髪の乱れだけ直した。


 そして先程のぼんやりして甘えてしまってたときのことも当然言われたけど、可愛いと言ってくれるだけで怒るどころか普段から甘えていいとまで言ってくれる。

 う、嬉しい。でも恥ずかしい。


「う……ち、千鶴さんだって、ね、寝顔、可愛かったです」

「えお、ぉあー、あー、うん。ありがと。うん。嘘ではないけど、このへんにしとこっか」


 恥ずかしいけど言われて嬉しくて千鶴さんにもそう返した。そうしたらやっぱり千鶴さんも恥ずかしくなったみたいで、千鶴さんは真っ赤になって視線をそらしながらそう強引に話を終わらせた。

 その恥じらう様は可愛くて、何だか胸がきゅんっとしてぎゅっとしたくなってしまった。


 それからもお昼も食べさせてもらったりして、ずっと傍に居て私のことを見てくれていた。


 家族みたいに思ってるって言ってもらえて、嬉しくて、だけどなんだか不思議なんだけど、お母さんとかお父さんみたいな家族とは少し千鶴さんは違うような気がした。


 千鶴さんはお父さんが帰ってくるまでずっといてくれて、たくさんお話したり眠ったりして、夜にはすっかり熱も下がった。少し疲れていてだるい感じはするけど、苦しさはなくなった。


 千鶴さんは大事を取ってゆっくりするように言って帰ってしまった。お父さんはもう大丈夫って言ったのに、明日も一日ゆっくりして大事をとるようにと言って私を部屋に押し込んだ。もう大丈夫なのに。でも久しぶりに頭を撫でて言ってくれたし、心配してくれているのもわかるから我慢することにした。


 千鶴さんとお祭りの代わりには来週、電車にのっていける範囲にもっと大きなお祭りがあるからそっちに一緒に行こうって約束をした。忘れないうちに日付を予定表に入力する。

 すぐしたかったけど、千鶴さんがしんどいのに画面を見たら余計しんどくなると言われたので話したときは覚えておくだけにしたけど、晩御飯も食べてお風呂にもはいった今ならもうずいぶん楽なので大丈夫だろう。


「あ、そうだ」


 千鶴さんに今日のこと改めてお礼を言っておこう。お父さんからも連絡するけど、私からもちゃんと言っておくよう言われたし。

 スマホから千鶴さんに連絡ツールで、今日は本当にありがとうございました。と送る。すぐに既読がついて、返事が返ってくる。

 全然気にしないで、と。嬉しい。文字だけでも、千鶴さんがどんな顔をしているのか頭に浮かんでくる。きっと優しい顔をしているんだろうなぁ。


 そう思うと意識しなくても自分の顔も笑ってしまう。大好きだなぁって思う。


 千鶴さんはすごく素敵な人だ。優しくて、私以外にもたくさんお友達がいて、誰からも好かれる人だ。そんな人が私といてくれるのが嘘みたいだってたまに思ってしまう。実際、大学にいると何度か千鶴さんのお友達と顔をあわせることはあった。その誰もがいい人そうで、誰も私に嫌な顔一つしなかった。

 千鶴さんは私に友達ができればいいと思ってくれて紹介してくれているのはわかる。だけど私はそのどの人とも、お友達になりたいとは感じなかった。元々、友達がたくさんほしいと思ったことはなかったけど、それ以上に今は千鶴さんがいるし、千鶴さんともっと仲良くなりたいとしか思えない。


 それは気を使ってくれる千鶴さんには申し訳ないけど、自分では悪いことだとは思わない。本当に大事な人は一人でもいればいいって、お父さんが言っていたから。

 でもちょっとだけ、駄目だなって思うことがある。千鶴さんは私にとって特別な人だ。だけど、千鶴さんにも同じくらい私を特別と思ってほしい。他の友達なんかより、私を思ってほしい。私を一番にしてほしい。


 そう思ってしまう。私が勝手に千鶴さんを一番だって思うのは自由だ。だけど同時に千鶴さんも自由なはずなのに。まして嘘をついているのに、一番の友達なんて。そんなのは勝手が過ぎる。

 それになんだか、特別は特別でも、最近は特におかしいのだ。千鶴さんといると楽しくて安心するはずなのに。なんだかドキドキしたり胸が苦しくなったりさえして落ち着かないきもちになったりする。


 今なんて、本当に変だ。千鶴さんはいないのに。ただ考えるだけで、ドキドキしてしまう。


 なんでだろう。


 ぴろん、と音がして千鶴さんからさらに送られてくる。開く。私のことを心配する文章。明日は大事をとってゆっくりして、もし不安ならいつでも連絡してね。と言ってくれる。

 ベッドに寝転がって、足をバタバタさせてしまう。会いたいなぁ。でもそのために、別に大丈夫なのに心配させて来てもらうのは申し訳ない。それによく考えたら、風邪がうつっても申し訳ないし。うーん。でも、会いたいなぁ。


「はぁ……千鶴さん」


 返事に迷ってスマホを胸に何となくごろごろして、千鶴さんのことを呟いてみる。なんだか急に恥ずかしくなって、胸がぽかぽかしてくる。

 あー、恥ずかしいくらい、大好きだなぁってすごく思って、そして不意に気が付いた。


 そうか、私、千鶴さんのこと大好きなんだ。すっごく大好きで、何だかどきどきして、家族にするのと違って、特別だなって思う大好きで、これって、恋なんだ。

 急に、胸にすこーんって何かがはまるみたいに、私の頭に恋って言葉が降ってきた。そしてものすごく納得した。このちょっとしんどい感じが、恋なんだ。そうなんだ。


「う。うぅぅぅぅ」


 そう自覚すると、何だかとっても恥ずかしくてたまらなくて、私は呻きながら千鶴さんに返事をする。もう元気だし、明日は念のため大人しくしますけど、大丈夫です。ありがとうございます、と。

 だって、恥ずかしいから、明日会ったらどんな顔していいのかわからない。


「……はぁ」


 どうしたらいいんだろう。好きだってことがわかった。こういう時、漫画とかだと告白して恋人になるんだって知ってる。でも、私は小学生で年が離れてるし。あ、でも千鶴さんは私のこと高校生と思ってるから、どうなんだろう?

 あ、あ! 気付いてしまった。私が小学生なのが知られてしまって、嘘つきってばれたら、きっと嫌われて友達じゃなくなるって思ってたけど、もしかして、頑張って恋人になれたらそれも許してもらえるんじゃないだろうか。

 だって恋人ってすごく特別だし、ずっと一緒にいられる関係なんだから。


「……うーん」


 でもお父さんとお母さんも今、よくわからない状態だ。私がお父さんの子供じゃないって、不倫してたってことだ。離婚とかありえるってくらい、私もわかる。結婚までしても離婚しえるなら、恋人でも安心ではないのかな。でもお父さんは、お母さんは必ず戻ってくるから、ちょっとだけ我慢してって言うだけだ。不倫していても離婚をしないなら、やっぱり私の嘘は許されるのかな?

 ……お母さん、いつ帰ってくるんだろう。お父さんとの距離感がまだつかめないのも、お母さんがいてくれたら変わると思うんだけど。お母さんとはちゃんと血がつながってるんだから、ちゃんとしてほしい。


 どんな話になってるんだろう。と言うか、そもそも本当にお父さんと血がつながってないのかな? おばさんが言ってただけだし、そもそもお母さん、お父さんのことめちゃくちゃ好きだって子供の私からでも思うし、本当かなぁって思う。でも実際、帰ってこないし、お父さんは私に距離置いてるし、わかんないなぁ。

 お母さんがいない生活にもずいぶん慣れてきたし、千鶴さんがいてくれるから毎日楽しいけど、やっぱりお母さんがいないのは寂しいし、お母さんのご飯も食べたい。お父さんのご飯も千鶴さんのお家のご飯も美味しいけど、やっぱりお母さんのが食べたいと思うこともある。帰ってきてくれたら、料理の手伝いだってしてもいいのに。


 あ、いけないいけない。お父さんからは、お母さんのことは任せて、と言われてるんだから。あんまり考えて暗くならないようにしないと。千鶴さんのことを考えよう。


 千鶴さんと恋人になれたら、きっと毎日楽しいだろう。千鶴さんも私を一番好きだよって言ってくれるってことだし。


「……んふ」


 駄目だ。想像しただけでにやにやしてしまう。うーん、よし。恋人になれたら嘘も許される可能性あるし、実際すごく好きだし、恋人になれたら嬉しいし、恋人になれるよう、頑張ってみようかな。


 さすがにすぐ告白する勇気はないけど、とりあえず千鶴さん的に高校生は恋愛対象としてありなのかどうか聞いてみる事にした。私が千鶴さんにとって高校生に見えるっていうのは間違いないんだから、これでありなら、ちょっとは希望があるよね?

 さっそく質問してみた。突然で全然話題の流れも違う質問だからか、すぐに答えはこなくてちょっと変に緊張でドキドキしてしまったけど、あり、と返ってきたのでガッツポーズしてしまった。


「ぬふ、うふ、ふぇえへへへぇ」


 駄目だ、変な笑い声がとまらない。やった。見た目上はセーフってことだもんね! やった!


 教えてくれてありがとうございます。千鶴さん大好き! と思わず本音をそのまま入力してしまった。でも千鶴さんもちょいちょい大好きって言ってくれるから、これくらいなら大丈夫だよね。

 千鶴さんはよく大好きって言うから、きっと友達とか親しい人にはみんな言ってるんだろう。いつか、私にだけ言ってくれるといいな。


 と思いながら、眠くなってきたのでおやすみなさい、とスタンプをおして、お父さんに言われたとおり今日は早めに寝ることにした。


 夢の中で告白をした私は、だけど返事がもらえないまま目が覚めるのだった。残念。


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