第21話  看病


「ん、んん……」


 何か、優しい何かが触れている。それを感じながら何となく目が覚める。柔らかなシーツからは普段とは違う匂いがして、足元は涼しいし何となく肩がいたくて、寝転がった姿勢じゃないことを自覚して、それから那由他ちゃんのお見舞いに来ていることを思い出した。


「はっ」


 そしてぱっと目を開けながら頭をあげる。普通に起き上がっている那由他ちゃんの驚き顔と目があい、そして同時に頭の重みで、那由他ちゃんに頭を撫でられていたことに気が付いた。


「あ、す、すみません」

「いや、私こそごめん。寝てた」


 那由他ちゃんは慌ててその右手を離して自分の胸元でその手を抱きながらそう謝罪した。看病に来てそうそうに寝てしまうとは。頭を撫でられたよりそっちのが恥ずかしい。前髪を整えながら謝罪すると那由他ちゃんは首を振った。


「い、いえ。お見舞いにきてくださったんですよね? ありがとうございます」

「さっき一回那由他ちゃん起きてたけど、覚えてない感じ?」

「あ、い、一応、覚えてる、感じ、です」


 来てくれたんですよね? との言い方的に意識朦朧で記憶にないのかな? と思ったけどそうでもないようで恥ずかしそうにうなずいた。

 那由他ちゃん的に素直に甘えていたのが恥ずかしかったらしい。随分元気な様子でほっとするとともに、ちょっぴり悪戯心がわいてくる。


「当然の様におねだりしたりする那由他ちゃん可愛かったなー」

「うっ。は、恥ずかしいです」

「恥ずかしがることないって。体調悪い時は誰でもあんな感じだよ。なんなら普段からもっと甘えてくれてもいいくらいだし。さっきも、私の手を握ったまま寝てさ」


 ほんと、普段から可愛いのに、あんなに年下感全開にされたらめちゃんこ可愛いもんね。そして私たちの年齢や関係上全然OKなはずなのに、それを恥ずかしがっているのがまた、可愛い。


「う……ち、千鶴さんだって、ね、寝顔、可愛かったです」

「えお、ぉあー、あー、うん。ありがと。うん。嘘ではないけど、このへんにしとこっか。ずいぶんよくなったみたいだけど、体調はどう?」


 見られたの自体は恥ずかしくないけど、可愛いとかは無理です。あと今更、可愛いと思われながら頭撫でられたのかと思うと恥ずかしくなってきた。可愛いのは那由他ちゃんだっつーの!


 そっと那由他ちゃんのおでこに手を当てながら尋ねる。那由他ちゃんもそこは素直に目を閉じて受け入れてくれながら答える。


「えっと、はい。だいぶ、楽になったと思います。頭痛いのはおさまりました。まだちょっとだけ、熱いですけど」

「そだね。まだちょっと熱いね。もうお昼回ってるけど、お腹空いてる? 食欲はある?」

「あ、はい。えっと、お粥、確か残しちゃいましたもんね」

「あ、そんなのいいのいいの。後で私のおやつにするから。お昼はうどんにするね。すぐつくってくるから」

「え、でも」


 まだ小鍋に残っている分は普通に夜にも食べてもらうつもりだ。まだ鍋に入れてないぐらい多めに持ってきてるしね。寝ちゃったので普通に出しっぱなしだった分は、まあ痛んではいないと思うけど病人に食べさせるのも抵抗があるし、量も少ないので食べてしまおう。

 グダグダ遠慮しそうな那由他ちゃんを置いてさっさとお盆を手に部屋をでてキッチンに着くまでにぱくつく。冷えてしまっているけどまあまあいける。


 キッチンについたら冷蔵庫にいれておいた冷凍うどんをとりだす。解凍も進みいい感じだ。

 うどんに関しては問題ない。この世には完璧に完成されたうどん出汁の粉が存在するので、調味料を借りずとも美味しくできるのだ。正直調味料は持ってくるのだるいし、あるでしょ。と思ってたけど、母の名采配である。もちろん刻み葱や卵も持ってきている。

 お粥とうどんでどちらも卵だけど、風邪であまり食べられないのだから卵でしっかり栄養を取らないよね。風邪が長引くとバリエーションを付けるのに生姜あんかけとか味変もするけど、まあ今日のところはいいでしょう。早く食べるのが大事である。


「お待たせ―」

「え、もうですか?」

「ん、まあ。冷凍うどんと粉末だしだからね。その分、味の保証は完璧だからね」

「あ、その、ありがとうございます」


 起き上がったまま待っていた那由他ちゃんの膝にそのままお盆を渡す。那由他ちゃんはお礼を言いつつ、ちょっと困った顔になる。


「で、できないわけじゃないからね? ただ他所の家だし、念には念を入れただけで、うどんくらい普通に調味料から作れるからね?」


 と言っても出汁は顆粒だしを普段からつかっているけども。でもこう、食事全てを一からつくることはないけど、一品とか、作業の一部分とか、ちゃんと作業の手順とかはできるはできるんだからね!


「あ、は、はい。千鶴さん、お料理上手ですもんね」

「そ、そこまでではないけど、まあ、できないことはないです、はい。ま、食べよっか。お盆ちゃんと持っててね」


 上手まで言われると困るけど。この話題はやめよう。

 私はさっきと同じように那由他ちゃんのベッドに腰かけ、うどんの器をもちあげ、うどんを一本だけつまむ。


「ふー、ふー。……このくらいかな? はい、あーん」


 麺類なので念入りにふーふーして冷ましてから、慎重に器ごと那由他ちゃんの口元に運ぶ。


「え、あ、あ……あ、あーん……」


 一瞬戸惑った那由他ちゃんだけど、すぐに大きく口を開けてくれた。口に入れて唇でホールドされたら、うどんの先をつかんでの口元に持っていき、また食べたら下に来ているのをつかんで口元にいれていく。

 スプーンで食べさせるのと違ってちょっとリズムが取りにくいけど、ちょっとずつ食べる感じがさっきより雛鳥っぽくて可愛い。機嫌よくそのまま食べさせていく。


「あーん」

「あ、あーん」


 それにしても、さっきは力なく半開きなところにスプーンを突っ込んだけど、今は口を開く際にずいぶん大きく開けてくれる。舌まで見えて、意味もなくこちらも動揺してしまいそうだ。


 なんとか全部を食べさせる。おかゆを少な目だったからか、うどんは全部食べてくれた。


「お腹いっぱい? まだならもう一杯作ってくるけど」


 どちらにせよ。このあと私の分も食べるのにキッチンに行くのでそう聞いたのだけど、那由他ちゃんは首を振った。


「いえ、お腹いっぱいです。ありがとうございます」

「そっかそっか。じゃあ、私自分の分も食べてくるね」

「え、あ、はい……」


 そう断りながら立ち上がると、何だか那由他ちゃんはしょんぼりしてみえた。むむ。これはまだ風邪での心細さを感じているな。しかし、実際お昼を抜くのは辛いし、私用のお昼は普通にお弁当を買ってきていて脂っぽい匂いなのであんまり部屋で食べるのはよくないだろう。

 ごめんね、と断って私は部屋を出て、チンで温めている間に那由他ちゃんの食器やさっきの鍋も片づけ、お弁当をささっと食べる。


 むむ! 適当に新発売のフライ弁当にしたけど、美味しい! ぷりっとしていて、お弁当特有の衣がしなっとしている感じもいい。これはあたりだ。は。早くしなきゃ。


 適度に味わいつつ完食し、さっきお盆と一緒に下げた水分補給用の水を改めて持って那由他ちゃんの部屋に戻った。そっとドアを開けたけど、いなかった。


「あれ?」

「あ、すみません」


 首をかしげていると後ろから足音と共に那由他ちゃんが現れた。トイレにでも言っていたのだろうけど、パジャマのままだ。普段ならともかく、何か一枚羽織ってほしい。


「お待たせ、那由他ちゃん。ささ、冷えないうちに布団に入って。水持ってきたから、喉乾いたらいつでも言ってね」

「あ、ありがとうございます。でも、ちょっと汗が気持ち悪いので、先に着替えます」

「あ、そうね。ついでに軽く体拭く? 背中拭くくらい手伝うけど」

「え、は、恥ずかしいので、大丈夫、です」

「そう? じゃあ無理しないでね。桶の水の交換とタオル持ってくるから、着替え用意しておいて。それで着替えてる間に、氷枕の氷変えておくね」


 と言う訳で綺麗なタオルと水を用意しなおし、恥ずかしがる那由他ちゃんを置いて氷を入れ替える。さっきより下がってるから、氷は少なめでいいかな。こんなものだろう。あ、薬を飲んでもらうのを忘れていた。忘れないように出して、と。

 5分ほど時間をあけてから那由他ちゃんの部屋をノックしてOKをもらってから入る。さっきまで来ていたパジャマはたたんで床に置かれて、那由他ちゃん本人はお布団の中に入っていた。


「枕お待たせ。パジャマはどうしよっか? 洗濯機にいれておいたほうがいい?」

「あ、お、お父さんにしてもらうので、大丈夫、です」

「あ、そっか。ごめんね、デリカシーが無くて」


 洗濯籠とかこの家のルールも知らないし、汗かいてる服触られるのも嫌だよね。ついついなんでもやってあげなきゃって気になっているけど、最低限は守らなきゃ!


「い、いえ。お気遣いいただき……えーっと」

「まあ、ゆっくりしよ。眠くない感じ? あ、薬は飲もうか」

「えと、はい。目がさえてます。薬もらいます」


 いったん起き上がってもらいお薬を飲んでもらう。


「よし、じゃあ、寝転んで体を休ませながら、眠くなるまでゆっくりお話ししよっか」

「あ、はいっ」


 眠れなくてもじっとしているのが大切だ。今少し無理をすることですぐぶり返しちゃうしね。那由他ちゃんを改めて布団に寝かせベッドの脇に座って、さっきのように上半身をもたれかけて手だけのばす。


「はい、手、つなご」

「は……う、はい」


 私が座ると寝転がっている那由他ちゃんから姿が見えなくて寂しいかと思ってそう言ったのだけど、何故か随分ためらわれてしまった。


「いやならいいけど」

「いえ、その、子供みたいで、恥ずかしくて……さっきの、あーん、とかも。その、やっぱり」


 恥ずかしそうにしながら私の手を取った那由他ちゃんは、そう熱ではない感じで頬を赤らめた。態度は甘えていたけど、あれだけ体調が悪そうだったら普通に受け答えできる状態でも食べさせるくらいはするし、そこはそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。


「最初は那由他ちゃんからだったのに。熱でボーっとしてたとは言え、あれが素なら恥ずかしがることないのに」

「す、素と言いますか。その、今まで風邪の時はお母さんがああして食べさせてくれてたから、その、つい。お母さんにするみたいにしてしまって」

「全然いいよ。那由他ちゃんとはよく一緒にいるんだから、準家族くらいのレギュラーに思ってくれてるなら嬉しいよ。私も思ってるし」


 あと母親も普通に優しくて仲良くしてたんだね。あんまりお父さんっこだから、ちょっと心配していたけど、そこは問題なかったか。よかった。よかった。


「準、家族、ですか……その、はい。私も、千鶴さんのこと、特別に思ってます」


 ぎゅっと手を握りながら言われた。何だから、冗談交じりで言うのはともかく、特別とか、真剣なトーンで言われると、ちょっと照れるな。どきっとしてしまった。


「うん。嬉しいよ」


 それから那由他ちゃんが眠くなるまで、ぽつぽつと話をした。

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