第15話 急なお泊り
ザアァ。と強い雨音がしてはっとする。とっさに顔をあげて、窓ガラスに打ち付けられる雨に風もつよくなってきたのを悟り、立ち上がってさっとカーテンをしめた。くぐもったように少し音が遠くなる。
時計を確認すると、時間は16時半だ。いつも解散する時間には少し早いけど、この雨なら早めにした方がいいのか。でもどうせ車toドアなのだから、むしろぎりぎりまで風が弱まるのを待ってもいいかもしれない。
「千鶴、さん?」
「うん、ちょっとね。那由他ちゃんのお家、何時ごろ晩御飯なの? 門限には遅れるかもしれないけど、ぎりぎりまで弱まるのを待った方がいいかなって思うんだけど」
突然立ち上がってカーテンをしめた姿勢のままぼんやりしている私を不審に思ったのか、座ってペンを握ったまま顔をあげたのでそう尋ねてみる。
「えっと、あんまり、きっちりは決めてません。お休みでお父さんと一緒に食べる時は7時くらいですけど、塾があるときは帰ってからなので9時くらいですし、今日はお父さんが仕事なので、何時でも大丈夫です」
「んん? あんまり突っ込む気ないけど、お母さんはおられないのかな?」
「あ、はい……今は、ちょっと」
里田ちゃんはあからさまに顔を暗くしてそう言った。今はちょっと?
例えば亡くなられているとして、時間がたっていればそうはっきり言えるだろう。でも最近だとして、今はちょっとはおかしいような。でも離婚とかにしては、お母さんの服借りてるんだよね?
いや、あんまり邪推するのも失礼だよね。ここはさらっと、あえて明るく流そう。
「そっかそっか。じゃあ晩御飯とかどうしてるの?」
「あ、お弁当です。あ、そ、そう、あの、お願いなんですけど、帰り送ってもらう時、スーパーとかに寄ってもらえたら」
「うーん、駄目かな」
「え、あ、そ、そうですよね。すみません。帰ってから自分で行きます」
「なーわーけ、ないでしょうが」
「え?」
那由他ちゃんのご家庭事情に無理に顔を突っ込む気はない。でもね。これから帰ってスーパーでお弁当買って一人で食べます。当たり前のようによくあることです、みたいな顔されて、あ、そうなんだ。じゃあスーパーよろっか。とはならんでしょ!? まだまだ成長期の体に、それじゃあ駄目!
「那由他ちゃん、今日はうちで晩御飯食べていきなよ。遅く帰ってくるお父さんの分もよかったら持って帰ればいいし」
「え、でも、いや、そんな、急に」
「おかーさーん! 緊急事態!」
戸惑いながら断ろうとする那由他ちゃんは無視して、私は部屋を飛び出す。まだご飯を作り出す時間じゃないので間に合うはずだ。こういう押しに弱い子は、まず味方を増やすのだ!
「お母さん!」
「ちょっと、なによぉ? というか大声で呼んで。里田ちゃんがいるのに恥ずかしくないの?」
両親の部屋に飛び込むと、母はテレビで録画したドラマを見ながらだらだらしていた。不機嫌そうに顔をむけた母はやや眠そうにしている。
「大変なの、お母さん。詳しくは聞いてないけど、那由他ちゃん家は今お母さんがいなくて、今日もスーパーでお弁当買って晩御飯一人で食べる予定だって言うの。だから今日那由他ちゃんに晩御飯食べさせたいし、那由他ちゃんのお父さんの分も持って帰ってほしいの。お願い。作るの手伝うから!」
「……なるほど、事情はわかったわ。私は全然いいけど、一度お父さんと話し合う必要があるわね」
「え、そう? 晩御飯食べてお父さんが帰る前に帰っておけばいいんじゃないの? 高校の時の友達とかも急に食べさせてたじゃん」
今仕事中なんだし、電話してもでないか迷惑なんじゃない? 那由他ちゃんから連絡だけ送っておいてもらえば、帰るまでには見るだろうし。と軽い気持ちで首をかしげる私に、母はやれやれとばかりに息をついた。
「あれはご両親とすでに面識があった上で、私から連絡していたの」
「そうだったの!?」
「ただ子供同士が遊ぶだけならともかく、晩御飯を食べさせるとなると家の話になるんだから、そんな簡単に決められるわけないでしょう。アレルギーとか、色々あるんだから」
あー、なーんも考えてなかった。好き嫌いの話の時にアレルギー聞いてないし、お弁当食べるよりいいでしょ。としか思ってなかった。
「さっすがお母さん! 頼りになるなぁ。そんけー! 食材追加で必要なら私今からでも買いに行くよ!」
「明日行くから荷物持ちしてくれたら十分よ」
「了解。あ、あと那由他ちゃんめっちゃ遠慮してるから、持ち前のおばさんパワーで説得してくれる?」
「はいはい」
母の説得により、と言うか、母が話は聞いたわよ。食べていきなさい。もちろんお父さんには私からもお話するし、嫌じゃなかったら。どう? と聞いたら一発OKだった。これは数の暴力がきいたね。
ちょっと落ち着いて電話するから、と母と那由他ちゃんが私の部屋を占拠してしまったので、その間に炊飯器のご飯の量を増やしてセットしなおすよう命をうけたので遂行する。一合増やしてとぎなおして水を入れる。と。予約セットも完了だ。
あとなにか、少しくらい手伝えることは、と。冷蔵庫の中身を確認。ふむふむ。ど真ん中にキャベツの千切りが入っている。これはずばり、お好み焼きだね! じゃあお好み焼き粉をだして、ホットプレートもだしておこう。狭い押し入れの奥に入っているからめんどくさいんだよね。油がとんでこないよう、机の上に専用のテーブルクロスをひいて、と。
生地とキャベツを混ぜるのは直前の方がいいんだっけ? 焼き物を準備しておこう。玉ねぎとしいたけと、エリンギあった。えー、あとはピーマンとウインナー、くらいかな? あ、お好み焼きにいれる焼きそばは先に作っておいてもいいし、出しておこう。
「お待たせ。あら、色々用意してくれてるの?」
「あ、野菜切ったくらいだよ。今から、麺だけ先に焼いておこうかと」
焼き物は全てカットしてトレイにのせている。今フライパンに火をつけたところだ。温めている間にトレイにラップして冷蔵庫にいれて、と。
「里田ちゃんのお父さんと話したのだけど、今日は泊まって行ってもらうことになったわ」
「え!? ほんとに!?」
「ええ。これから風も強くなるし、帰りが遅いみたいだから」
「うわ。テンションあがるけど、いいの? 那由他ちゃんは。無理してない?」
用意もしてないわけだし、気を使いすぎる人ほど急な予定変更を億劫に思ったりしたりするものだ。なのでそう聞いたのだけど、那由他ちゃんは嬉しそうに首を横に振った。
「えへへ、あの、私はお泊りできるの嬉しいです」
「そっか。じゃあ今日は私の部屋で寝るまでおしゃべりしよっか。あ、明日の朝は一緒にプリティア見ようね」
「はい!」
「ほんわかするのはいいけど、千鶴ちゃん前前! 火をつけたら目を離さない!」
「うわっと」
フライパンから煙が上がっていたのに母の指摘で気が付いて慌てて火を切った。あ、危ない。いや、別に煙がでて即座に問題があるわけじゃないだろうけど、危なかった。
「まあそれは私がやっておくし、電話も終わったんだから部屋に戻っていいわよ。焼く前には呼ぶから、手伝ってね」
「あ、はーい。行こっか、那由他ちゃん」
「は、はい。あ、す、雀さん、ありがとうございました」
「どういたしまして、ゆっくりしてね」
何やら電話の件で母と那由他ちゃんは少々打ち解けたようだ。距離感がちょっと近くなっている。悪いことではないけど、むむむ。先に名前を呼ばれた母なので、油断できない。
那由他ちゃんをつれて部屋に戻る。そして那由他ちゃんと元の場所に座ってから顔色を確認する。間違いなく、ご機嫌である。問題ないみたいだ。
「那由他ちゃん、急な話だし着替えもないけど、私ので大丈夫かな? ごめんだけど、寝間着の新品はないんだけど。下着は……ぎり、あったかな? ちょっと待ってねー」
膝立ちになって箪笥の前に移動して下着段をあける。普通の下着は特にとったりはしてないけど、あった。サニタリー用なら、万が一汚れた時様に予備がある。サイズも大き目フリーサイズのゴムの棉パンなので大丈夫だろう。見た目は可愛くないけど、そこは我慢してもらう。
袋のまま出して、適当な寝間着とセットにしてそっと部屋の片隅にセッティングする。
「このサニタリーショーツでよければ新品だからね」
「あ、全然、なんでも大丈夫、ですけど、えっと、さにたりーってなんですか? 普通の下着みたいに見えますけど」
「えっと、使ってないのかな? ほら、生理の時つかうやつ。ここが二重になってて汚れが落ちやすくなってるんだけど」
「あ、はい。大丈夫です、その……つ、使ってます」
「あ、だよね」
那由他ちゃんは真っ赤になって俯いてしまって、まるでセクハラしているみたいになってしまった。えー、女同士だし、そんな恥ずかしがらなくても。今してるとかでもない、あれ? もしかして?
「ちなみに今大丈夫?」
「だ、大丈夫です。先週終わりました」
「あ、そ、そうなんだ」
そこは普通に、って言っても照れながらだけど、聞いてないのに言うんだ。うん。那由他ちゃんの基準がわからない。まあ大丈夫ならよかった。よし。この話はこれで終わりだ!
「寝間着もだけど、大き目サイズだから大丈夫だと思うけど、もしサイズあわなかったら遠慮なく言ってね」
「は、はい。ありがとうございます。その、私、深く考えずに頷いてしまって」
「いや全然いいよ。他の友達にもっと図々しいのもいるし慣れてるから。那由他ちゃんならいつでも大歓迎だからね」
「あ、ありがとうございます」
那由他ちゃんは嬉しそうにそうはにかみながら、そっと机の上に置きっぱなしのペンを手に取った。隣に戻ると那由他ちゃんはペンを片づけるどころかシャー芯をだして、閉じた本をひらいている。
「え? もしかしてまだ勉強するの?」
「あ、き、きりも悪いので。あと、えっと、よ、夜はずっと、千鶴さんと遊びたいので」
う。可愛い。仕方ないね。私もがんばろ!
結局母が声をかけるまで勉強した。来週分に手を付けているので、このままだと来週分の調整が必要になりそうだ。
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