第16話 那由他ちゃん視点 初めてのお泊り

 千鶴さんの家に泊まることになった。帰れないほどの雨じゃないけど、お父さんと雀さんが電話で話しているとそう言うことになった。雀さんに私の年齢はばれてしまったけど、最初から中学生くらいに思われていたみたいで多少驚いたけどそれだけで、私が黙っててほしいとお願いしたら了解してくれたからよかった。


 千鶴さんのお家にくるだけでもわくわくどきどきしていた。お友達の家に遊びに行くのは初めてだったし、高校生にしては学力が足りなさすぎることになっている私の為の勉強会だとわかっていても興奮するのを抑えられなかった。

 だけど実際に来てみて、想像よりもっと素敵なことがたくさんあった。漫画とかアニメとか、実際の趣味を言っても子供っぽいって言われずに受け入れてもらえて、共感までしてもらえた。緊張したけど、千鶴さんの家族の人もみんないい人で、誰も変な顔をしなかったし、当たり前に子供扱いしてくれて嬉しかった。

 それになにより、千鶴さんに自分の名前を言えた。


 ずっと黙っていて、聞かれたことがなかったからって、本当は後ろ暗かった。でもちゃんと言えたし、千鶴さんって名前で私も呼べることになったし、変じゃないって言ってもらえた。

 お父さんから、ちゃんと考えて愛情を持って付けた名前だって昔に教えてもらっても、それでもクラスメイトは変な名前だって言うし馬鹿にしてくるから、嫌だなって、口には出せないけど思ってた。


 それでも、嫌いにだけはなりたくなかった。お父さんも、お母さんも、二人が一緒に考えてくれた名前だから。そしてそれを、千鶴さんはわかってくれた。その瞬間、馬鹿みたいに泣いてしまった。それこそもっと小さな子みたいに、声に出すのを我慢できなかった。

 この名前を大切に思っていいんだって言ってもらえたみたいで、すごく嬉しくて、体がふるえてしまった。そんな私を千鶴さんは優しく抱きしめて、可愛い可愛いって褒めてくれた。


 なんだか春温かい日にお昼寝から目が覚めたみたいに、すごく心地よくて、千鶴さんのことが大好きだなって、千鶴さんも私のこと大好きでいてくれるんだなって、心から思えた。

 千鶴さんとふざけて、寝転がる千鶴さんの上に覆いかぶさった時に、改めてちゃんとお礼を言ったけど、全然思いを伝えきれないような気がした。こんなに胸がいっぱいになるほど、誰かを思うことがあるんだってなんだか変な感じさえした。


 千鶴さんの言ってくれる嬉しい言葉の一つ一つ、どれも疑う気持ちはないし、これからは言ってくれたことに謙遜することもやめようって思った。自分のことを可愛いとか美少女なんて思わないけど、少なくとも千鶴さんの目にはそう映ってるんだって信じられるから。


「……ふふふ」


 でも、おかしかったな。だって、千鶴さん、私よりずっと可愛いし、お友達も多いだろうし、可愛いなんて言いなれてるだろうに。私が可愛いって言うと、恥ずかしそうに顔を隠してしまったの。

 なんだか、千鶴さんが凄く可愛くて、体がぽかぽかしてきて、生意気だけど頭を撫でたくなっちゃったもん。


「……えへへへぇ」


 なんだか、どきどきしてしまう。色んなことがあって、不思議な気分だ。

 今、人の家のお風呂にはいって、千鶴さんの服を着て、千鶴さんがお風呂を上がるのを待っているのも、なんだか変なの。でも楽しい。

 ぱたぱた、と足音がする。千鶴さんの家はたくさん家族がいて、ドアの向こうにたくさん気配がある。それが落ち着かなくて、でも悪くない気分だ。


 夜の、気温とは別の何となく冷たいような、ちょっとひんやりした怖いものが来るような、そんな感じとは縁遠い感じだ。


「お待たせ―、那由他ちゃん」

「あ、い、いえ。おかえりなさい、千鶴さん」


 足音はまっすぐこの部屋の前にまできて、ドアが開いた。ノックもなく開いたのでちょっとびっくりしてしまったけど、千鶴さんの部屋なんだから当たり前だ。


「テレビつけないの? つけていい?」

「は、はい。どうぞ」

「何やってたっけー」


 千鶴さんは私の隣に座りながらテレビをつけた。千鶴さんの部屋には小さなテレビがある。ちょうどいま座っている場所の向かいだ。なんとなく、机とベッドの間は隙間が狭いからちょうとはまるように入ってしまったのだけど、千鶴さんも隣に座ってくれているしちょうどいいみたいでよかった。


「那由他ちゃんはいつも見てるのとかある? ドラマとかは見る?」

「えっと、ドラマは、あんまり見ない、です」


 千鶴さんは優しいから受け入れてくれるとわかっても、あんまり素のままだとさすがに高校生っぽくないと気づかれてしまうかもしれない。区切って反応を見ながら話すけど、これが話しやすいのでちょっと癖になってきている気もする。


「そうなんだ、私はバラエティよく見るけど、これでいい? 料理系好きなんだよね」


 地元に絞ったローカルなグルメ番組をつけながら千鶴さんはそう言った。その自然体な感じが心地よくて、何だか会話の一つ一つがほっとする。

 なんだか気持ちが楽で、お母さんが家をでてからずっと、学校でも家でも体に力が入っていたのかなって思った。


「千鶴さん」

「どうしたの? って、もしかしてもう眠い? ごめんね、すぐ布団用意するから」

「あ……ち、違います。全然、眠くないです。ただ、千鶴さんとお話ししたくて」


 具体的に何かしたかったわけではない。ただ隣にいてくれる千鶴さんをもっと近くに感じたくて、ただ名前を呼んだだけだ。だけどぼんやりしていたからか、変に勘違いされてしまうところだった。

 まだ九時にもなっていない。いつも寝る時間まで一時間はある。確かに、今日だけでいろんなことが気持ちの中ではあったし、疲れている気はするけれど、せっかくのお泊りなのだからもっと千鶴さんと遊びたい。


「そう? ならいいけど、話す前に布団の用意くらいしておこうか」

「はい。えっと。何をすればいいですかね」

「と言っても、うちよく来客あるし、普通に布団出すだけ、あー、梅雨だし最近は干せてないし乾燥機かけとこか。ちょっと待ってて。すぐ持ってくる」

「わ、私も行きます」

「ん? うん。じゃ、いこっか」

「はい」


 ちょっとでも一緒にいたくてお願いすると、にこっと千鶴さんは笑って頷いてくれた。客間の和室にある押し入れからお布団をだして、私は掛布団と枕、千鶴さんが敷布団を運ぶ。それから千鶴さんが駆け足で持ってきてくれた布団乾燥機をセットする。

 勉強していた小さめの机を折りたたんでスペースを作ったので、なんとなく流れでテレビが見れる位置であるさっきの場所から少し後ろにさがった、千鶴さんのベッドに腰かけることになった。

 私もベッドだけど、千鶴さんのは下に引き出しがついていて高さがあるので、ちょっと腰かけた景色が違って変な感じだ。


「ちなみに那由他ちゃんは布団でも寝れる? 大丈夫? ベッドじゃないと無理なら私のベッドでもいいけど」

「えっと、普段はベッドですけど、多分、布団でも大丈夫だと思います。おじいちゃんの家とかだと、布団ですから」

「そうなんだ。おじいさんの家って遠いの?」


 ずっとつけっぱなしのテレビはそのままに、たくさんおしゃべりをした。私のことも話したし、千鶴さんのこともたくさん知れた。千鶴さんはいつも頭がよくて優しくて大人っぽいのに、家族の前だとちょっと子供っぽくて、なんだかそういうのいいなって思った。晩御飯の時も一緒にいて思ったけれど、とても仲がいい家族みたいだ。羨ましい。

 私は言えないこともあったけど、言葉に詰まるとすぐに千鶴さんが話をそらしてくれたから、言える事だけですんだ。隠したいわけじゃないけど、うまく説明できなかったり、私もよくわからないことがあるからほっとした。


 そうして話していると、ほんの少しずつでも千鶴さんと仲良くなれていけるようで、千鶴さんのことを知れるたびに教えてもらえたことも嬉しくて、なんだかぽかぽかしてくる。


「明日だけど、お父さんが折角お休みなんだし、お昼前には帰った方がいいよね」

「そ、そうですね……ちょっとだけ、名残惜しいですけど」

「ふふ。ならまた遊びに来ればいいじゃない。たくさん思い出をつくるって約束もしてるでしょ」

「! は、はい。……えへへ、はい」


 明日になったら帰らなきゃいけない。でもこれが最後ではなくて、むしろもっと、これからもっともっと、千鶴さんと一緒に楽しいことが待っているのだ。そう考えるだけで嬉しくて、何だか顔が笑ってしまう。


「千鶴さん、ありがとうございます」

「お礼を言われることでもないけどね。なにかしたいことはある? 遊びに行く件でね。まずは軽くカラオケとか?」

「あ、やったことないです」

「うそ。ほんとに? えー、じゃあ行かなきゃね。と言ってもやっぱ那由他ちゃんのお家のこと考えると休日がいいし、となると勉強もある程度予定たてておかないと。あ、忘れてた!」

「わ! な、なんですか?」

「ごめんごめん、驚かせたね。すっかり忘れてたけど、中間テスト大丈夫だったの? 五月末くらいだったような? 終わったところくらい?」

「え? あ、ちゅ、中間テストですか。えー、はい、大丈夫です」


 突然言われて驚いたけど、中間テスト。確か前に、高校生だってことで話をあわせられるように、高校生活について調べてみたんだけど、中学高校は学期ごとに二回、中間と期末でテストをするんだよね。小学校は都度都度教科ごとにバラバラでテストがあるから、調べたけど私も忘れていた。


「ほんとに? テスト範囲と関係ないとこ勉強して、あまつさえテスト本番まで勉強会してたんじゃ……?」

「えっと、元々、高校のテスト範囲を勉強してもわからないので、大丈夫です。千鶴さんに教えてもらって順番に勉強した方が、結果的には早く高校生レベルの学力を身につけられると思います」

「あ、あー、大丈夫、かな? うん、まあ、夏休みには何とかなるようにしよっか」

「あ、はい」


 できるだけ直接的な偽りは言わないようにはしているのだけど、どうしても勘違いしている状況だとそうなってしまう。高校生で小学生の私の学力だと、それは大変だよね。

 さすがにそんな人いないだろうし、正直に言っていつ気付かれるんだろうと最初は思っていたくらいだけど、千鶴さんはすごく素直になんでも受け入れてくれる人なのでまさか私が嘘をついているとは思っていないみたいだ。安心して話せるけど、その分申し訳なくなってしまう。


「え、えっと、それはともかく、えっと、ま、漫画の話しませんか? さっき途中まで見せてもらってたの面白かったです」

「あ、ほんと。よかったー。じゃあ貸してあげる。あれはね、実はシリーズものになってて結構長いんだ」

「い、いいんですか?」

「全然いいよ。ちょうど車だから多めに貸せるし」


 とりあえず今日のところは、千鶴さんとできるだけ長く楽しくおしゃべりしたい。だから今だけはお勉強のこともおいて、千鶴さんと話した。すごく楽しくて、眠くなっても全然話したりなくて、ちょっとうとうとして千鶴さんが寝ようって言っても嫌嫌って子供みたいに言ってしまったのは覚えているけど、気が付いたら眠ってしまった。


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