第10話 お宅訪問

「行ってきまーす」

「はいはい。お母さんもすぐ出るから、鍵持って出るの忘れないようにね」

「え? 雨降ってるのに? なんか必要な買い物とかならついでによってこようか?」

「いーから。千鶴ちゃんはその子、えっと、里田ちゃん? を迎えに行ってなさい」


 ついに里田ちゃんをお迎えする日である。父は仕事、姉はバイトですでにいない。兄はいるがだいたい休日は昼過ぎまで寝ているので何の役にも立たない。里田ちゃんにあえて会わせたくもないので、鍵を忘れないよう車のキーにくっつけてから家を出た。

 私が運転するのは母が主に使っている軽自動車である。小回りが利いているし、色が可愛い黄緑色で私も好きだ。父の車は通勤につかうのもあって色も黒だし、大きいのもあってなかなか乗る気にならない。


「ん?」


 車に乗って気が付いた。先々週から切れていた車用フレグランスが新品になっていた。それになにやら助手席にちょっとしたクッションが置かれている。なるほど。里田ちゃんを車に乗せると思ってやったな、これは。悪いことではないけど、クッションまでおく必要はないだろう。

 ちょっと無駄な見栄と言うか、歓迎するのはいいことなんだけど、そこまでしなくても普通でいいと思うんだけどなぁ。


 雨脚はまだそれほど強くなく、天気予報では午後からひどくなるらしい。いやほんとに、車でって話にしてよかった。思っていた以上に風も強いし。ドアの開閉に力がいるほどだ。

 里田ちゃんの帰るときに雨が強くなりすぎると心配だな。とか考えているとすぐに里田ちゃんの家についた。住宅街なので心配だったけど、事前にネットでマンション外観の画像を確認したり目印も里田ちゃんに聞いておいたので無事駐車場エリアに入ることができた。


「お」


 敷地内に入って適当なところにとめて里田ちゃんに連絡しようかな、と思っていたのだけどそれより前に里田ちゃんが見つかった。屋根のある所なので傘をささずに待っていてくれたのですぐにわかった。


「お待たせ―」


 ハザードをたいてゆっくり近づけ窓を開けながら前に停車する。そっと近づいた瞬間びくっと警戒した里田ちゃんだけど、すぐに私に気付いて嬉しそうに小さく右手を振ってくれたので、私も軽くハンドルの上で左手をあげた。


「お、おはようございます」

「おはよう。里田ちゃん。待っててくれたんだね。ありがとう」

「は、はい。お迎えにきてくださってるので」

「オーバーだなぁ。まあいいや。乗って乗って」

「お、お邪魔します」


 里田ちゃんを助手席に回収。里田ちゃんは言わずともシートベルトをつけてくれた。そして鞄を胸に、ぺこりと頭をさげた。いつものスクールバックだけど、服装はいつもとちがって私服だ。

 ふんわり紺色のスカートにシンプルなシャツと春色セーター。とても似合っているけど、なんていうか、めっちゃ上品な服装。足元がスニーカーなのでカジュアル感あるけど、なんていうか、女子高生の格好かこれ? と言いたくなる。きゃぴきゃぴ感がないと言うか、私どころか、成人してる大人の格好にしか見えない。


「里田ちゃんの私服初めて見るけど、めっちゃ大人っぽいね。似合っているけど」

「あ、ありがとうございます」

「普段からそんな感じなの? なんていうか、私より大人っぽいからびっくりしちゃった」


 いやほんとに。似合ってはいるし、里田ちゃんが美少女なので可愛いJK感あるけど、服だけならOLがきてそうな感じだ。里田ちゃんがそれほどファッションにこだわりない感じなら、ご家族の趣味とかなのかな? 気になる。

 せっかく里田ちゃんは美少女なのだから、もっと若い時しかできないファッションにも挑戦してほしいものだ。私もまだ若いけど、高校生しかできないファッションはあるからね。

 と、こだわりじゃないなら里田ちゃんの服をもっといろんなのに挑戦させたい、と言う魂胆でもって尋ねる私に、里田ちゃんはわたわたと慌てたように鞄を揺らしながら目をそらした、


「そ、そんな……あの、その、こ、この格好は、その、ちょっと、ちゃ、ちゃんとした服って思って、お、お母さんのを」

「そうなの? えー、めっちゃ似合ってるし素敵だけど、普段着で全然いいのに」

「こ、子供っぽい、ので。その」

「なるほどね。でも、里田ちゃんはまだ子供なんだから、無理しなくても、きっとどんなのも似合うと思うな。また今度、見せてね」

「……はい」


 そう言うことなら、きっと普段着はもっと可愛い系に違いない。それにしても、わざわざちゃんとした服で母親の服を借りるってすごい真面目だなぁ。そう言うとこも可愛いけど。貸すお母さんの方はなにも疑問に思わなかったのかな?

 何はともあれ、今日はこの珍しいらしい大人コーデの里田ちゃんを楽しむとしよう。


 我が家に到着したので駐車場を降りる前に兄に、これから言っていたお客を招くのでくれぐれも不用意な格好で出歩かないよう念押しの連絡をしておく。裸族と言うわけではないが、だらしのない肌着とぼろぼろのジャージズボンでうろつくのは珍しくない。トイレなどで顔をあわせる可能性はゼロではないので、せめてちゃんとしたシャツとすりきれたところのないズボンはいてほしい、と言うごく当たり前の気遣いである。


「じゃ、でよっか。ちょっと待ってね。そっちに迎えに行くから」

「え、は、はい」


 車を少しだけあけて傘をさし、そのまま降りてから助手席側にまわりこみ、ドアをあけて傘を差し出す。傘を手にしてはいたけど、里田ちゃんは荷物があるからこのくらいはしてもいいだろう。


「さ、どうぞ」

「あ、え、あ、ありがとう、ございます」


 里田ちゃんを玄関までエスコートして、傘を閉じてから車の鍵をかけ、玄関扉を開ける。


「はい、お待たせ。どうぞ、我が家に」

「は、はい。お、お邪魔します」

「うん。いらっしゃいませ」


 お店のように挨拶を返し、里田ちゃんと顔をあわせて笑いあう。まだ緊張しているような里田ちゃんに、傘を置かせ手洗いと共にトイレの場所を教えてから自室に招く。


「適当に座ってて。私、飲み物持ってくるから」

「は、はいっ」


 またがちがちになってる里田ちゃんに苦笑しつつ、とりあえずテーブルの前に座ったのを見ながら部屋を出た。

 そして台所に行くと、すでにすぐに持っていけるようにお茶セットが用意されていた。さすがお母さん。気が利く。こういうところは尊敬している。


 お盆ごと持って部屋に戻る。部屋のドアを開けると、里田ちゃんはまるで微動だにしていないかのように、ドアを閉めた時のままだ。

 いや、部屋を荒らせとは言わないけど、鞄から荷物だすなり、足をのばすなりもう少し動こう? そんな緊張するかな。


「お待たせ、里田ちゃん」

「い、いい、いえ」

「ふふ。緊張しすぎだよー。さ、まずはお茶でも飲んで、一息いれようか」

「は、はい」


 何も置かれていない机にお盆を置き、里田ちゃんの前にカップを置いてお茶を入れる。もちろん自分の分も。そしていったんお盆は下げ、一口飲んでからささっといつでも勉強できるよう用意だけはして、ただしノートを開かず筆箱も開かないままにしておく。

 まず勉強を始めてそちらに意識を集中して緊張をほぐす、と言うのもありだけど、今日は少しゆっくりしよう。なんせ私の部屋なのだから、騒いだって咎める人はいないのだから。


「ねぇ里田ちゃん、今日は図書館じゃないし、まずちょっとおしゃべりでもしない?」

「お、おしゃべり、ですか?」


 ヘアピンを装着して可愛い顔をだし、カップを両手で持ってお茶を飲んでいた里田ちゃんは、私の提案にきょとんとした。私は肘をついて里田ちゃんをむく。

 そう言えば、いつも自習室の大きい机で勉強を教える都合上隣り合っていたのだけど、その習慣で普通に隣に座っている。私の部屋の床に置いているローテーブルは横幅一メートルもない。

 遠慮がちにちょこんと端に座っていた里田ちゃんなので半分空いていて違和感もなかったけど、こうして顔を向けると、結構近いな。

 勉強を教える際に顔を寄せることはあったけど、最初からずっとこの距離だと何となく気持ちが違うと言うか、変な感じだ。


「うん、そう。そう言えば里田ちゃんは普段お休みの日とかなにしてるの?」

「えっと、しゅ、宿題とか、してます」

「真面目ー。じゃなくて、休憩時間もたくさんあるでしょ。余暇って言うか、遊びは? 趣味とか」

「えっ、と……て、テレビ、よく見てます」

「そうなんだ。私もだよー。テレビはなんだかんだ、受動的で楽だよね。ボーっと流しちゃう。私なんでも見るけど、特にバラエティが好きかな。里田ちゃんは?」

「う……そ、その、あ、アニメ、とか」

「そうなんだ」


 里田ちゃんは恥ずかしがるようにもじもじしながら答えてくれたけど、全然恥ずかしがることはない。好きなものがあるのはいいことだ。私も余裕で見る。でもまあ、私も見栄を張って漫画を隠してしまっているので人のことは言えないか。


「私も漫画好きだしアニメも見るよ。今季何が好き?」

「あ、えと……す、好きなのは、プリティアです」

「お、日朝じゃん。いいね。私も好きだよ」

「えっ!? ほ、本当ですか!?」


 かるーく同意した私に、里田ちゃんはばっと振り向いてずいと私に寄ってきた。そのいつになく積極的できらめく目の前の瞳に、なんだかどぎまぎしてしまう。


「う、うん。しばらく見てなかったんだけど、友達に進められて去年のから見てるよ。今年のはまた可愛いポップな絵柄だし、主人公が元気いっぱいで挫けない感じがいいよね」


 私が子供のころから日曜の朝からやっている、女児向けアニメだ。子供のころ好きだったし、今見ても普通に面白いと思う。まあ一年と言う長いスパンなので、日常回とか飽きたりダレるところもあるけど、大筋のストーリーは面白いと思う。

 そもそも私に子供向けとか関係ないと思ってる。幼児向けアニメでもたまにみると面白いし。設定とか以外と細かくてウィキ見ると楽しいんだよね。


「そう! そうですよねっ。私も、その、何だか、勇気がでます。だから、好きなんです」

「うん。そっかぁ。いいよね、プリティア」


 思わぬ接近にドキッとしてしまった私だったけど、里田ちゃんのその珍しいテンションの上がった姿には、何だか微笑ましくなってしまう。

 里田ちゃんとはいつもお勉強ばかりで、あんまり日常が見えにくかった。里田ちゃんが好きで楽しいものがあるなら、それだけでよかったよかったと嬉しく感じる。


「はい……えへへ、よかったです。あの、山下さんなら、馬鹿にされないって、思いました」

「そっか。信じてくれてありがとう。前回確か、新しい子が仲間になったよね。多分あれが最後の子だけど、あの子いいよね」

「そうですね。今のところ最後の仲間だと思います。最後が先輩なのは定番ですよね。でも今回は今までと違って、先輩なのにあんまり頼りにならなそうな、どじっこな感じで珍しいですよね」

「そうだね。これから楽しみだよね」

「はいっ」


 私は気が付いてしまった。里田ちゃん、全然どもってないわ。仲良くなれたと思ったけど、私との会話でいちいちどもっちゃうの、まだ緊張してたからなのか……。うん、まあ、仕方ないけど。独特のちょっとどもる間も、里田ちゃんの個性だし可愛いと思ってた私馬鹿……。


 ……ま! これからもっと仲良くなればいいよね!


「里田ちゃんは戦う系が好きなの? 女の子が主役で友情系が好きなの?」

「えっと、うーん。どちらかと言うと、友情、ですかね」

「ふむふむ。じゃあ私の漫画でおすすめがあるんだけど。ちょっと見てみる?」

「え、いいん、あ、で、でも、勉強しにきたわけですし」

「まあそうだけど。じゃあ、ちょっと勉強してお昼の休憩時間に読もっか」

「は、はいっ」


 先に勉強しないと里田ちゃんが気にしてしまうだろうし、一回勉強を始めることにした。もう里田ちゃんの緊張も和らいでいるし、いいよね。そんで午後からあそぼってことにしてもいいしね。


 里田ちゃんは部屋に入った時のぎくしゃくさが忘れたように、楽しそうに鞄からいつもの勉強道具を取り出した。さて、ひと頑張りしますか。

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