第9話 傘の中

 里田ちゃんとの予期せぬ相合傘で妙に気まずくなってしまっている私だけど、このまま駅まで無言と言う訳にはいかない。勝手に私だけ気まずいだけだしね。


「さ、里田ちゃんってこうしてみると、改めて背が高いよねぇ。かっこいいね」

「か、かっこいい、ですか? そ、そんなこと、初めて言われました」

「え、そうなの? まあ、そうか。カッコいいって言うより前に、美人って言っちゃうもんね」


 この距離だと背の高さを意識してしまうけど、小顔なので離れて全身で見るとモデル体型感の方が強いか。友達がいないということだけど、それでもクラスが同じになった軽い人とか、絶対初対面でびじーんとか言われなれてるでしょ。


「び、びじ、え、そ、そんなこと言われません!」

「えぇ? 嘘でしょ? そんな。みんな見る目が。あ、高嶺の花すぎて? 里田ちゃん引っ込み思案だし、でもほら、告白とかよくされるでしょ? 隠し切れない美少女オーラで、どうしたってモテモテだもんね?」


 私立だし、そんなチャラついた人はいなかったのかな? でもひそかに思ってるひとはいそう。なんていうか、目元を隠してる分だけ、自分だけはこの子が可愛いのを知ってる、的な感じでみんな思ってる、みたいなのでしょ。

 友達がいないのと、美少女なので親しくなくても告白されるは両立しうるでしょ。


 と最低でも一回も告白されていないなんてありえないと思ったのだけど、里田ちゃんは顔を赤くして目をそらしながら首を振って否定する。

 謙遜している訳でも誤魔化しているわけでもなさそうなその態度に、不思議に思ってしまう。里田ちゃんのクラスメイト達は何をしているんだ? 友達がいないのは、まあ本人がびびってるし、避けられているなら、良かれと思って距離を取る可能性はあるけど、誰もが里田ちゃんに無関心とかある?

 てか私なら友達じゃなくてもクラスにこんな子いたら雑談の機会でもあったら絶対褒めてるし、一度も言われる機会がないなんてありえる? もしかして同級生には何言われても無視するレベルの生活をしてる?

 うーん、謎だ。


「な、な、ないですよぉ。私を好きになる人なんて、いません」

「……からかったのは悪かったよ。ちゃかしてごめんね。でも、そんなこと言わないで」


 美人とか、モテモテでしょ、とか、実際そうだと思っているけど、あえて言うのはちょっとくらい自覚してるでしょ。と思ったからだ。ふざけて空気を軽くしたかった。

 でもまさか、そんな風に言われるなんて思わなかった。好きになる人がいないなんて。どうしてそんなに自己評価が低いのか。


 外見だけじゃなくって、中身だってとっても真面目で健気で、可愛いのに。そんなに自虐するようなことをごく普通のことを言うトーンで言われると、聞いているだけで悲しい気持ちになる。


「え? ……えと」


 思わずちょっと怒ったトーンになってしまったせいか、里田ちゃんは目をぱちくりさせてから気まずそうに私の腕を揉み揉みした。私の腕つかんでること忘れてるな、これ。

 そっと、傘を持っていない左手を里田ちゃんの手に重ねる。里田ちゃんと目が合ってからできるだけ優しい声を心がけて口をひらく。


「少なくとも、私は好きだよ。大好き。だからそんな風に言われると、悲しいな」

「う、あ……あ、うぅ。あ、す、すみま、せん。その、はい……言わないように、します」


 里田ちゃんは傘の青色がうつっているのに、見てわかるくらい赤くなった。おっと。ちょっと言い方がストレートすぎたかな? でも気持ちは伝わったようなのでよしとする。


「うん。ごめんね。変なこと言って。でも本当に、私は里田ちゃんの見た目も中身も好きだからね。カッコよくて美人で可愛いって思ってるからね?」

「う……あ、あり、がと、ございます。でも、は、恥ずかしい、です」

「うん。そろそろ駅にもつくし、告白タイムは終わりにしよっか」


 少なくとももう心からの自虐なんてしないでいいよう、そう念押ししてから話をしめくくる。

 駅にはいれば傘がなくなって声がひろがるから人に聞かれても恥ずかしいし、それに、恥ずかしいからと真っ赤な、でもちょっと嬉しそうな顔になった里田ちゃんのその可愛さは、他の人に見せびらかしたいものでもないからね。


「は、はい……あ、あの、わ、私も」

「ん?」

「私、も。その、や、山下さんのこと、す、好き、です」

「う、ん」


 うっ。これ、思った以上に恥ずかしいな!? えー、でも、えー。友達とふざけて大好き―とか全然普通に言えるのに。なんだこのむずがゆさ。里田ちゃんが真剣な顔で言ってくれるから、会話の流れ上全然おかしくないのに、なんかマジで告白されてるみたいで、はっずいな! うー。むずむずすると言うか、なんかめっちゃうれしいって言うか。


「ありがとう。嬉しいよ。恥ずかしいのに言葉にしてくれてありがとう」

「は、はい。え、へへ……。はい。山下さんにだから、言えました」

「うーん、いい子だねぇぇ」


 あー。なんだか、胸が苦しい。里田ちゃんが可愛すぎて苦しい。美少女って、もしかして劇薬なのでは? 摂取のし過ぎは刺激が強すぎる。ちょっと、今後の管理に気を付けよう。折りたたみを予備にロッカーに忍ばせよ。


 何とか返事をしながら駅にたどり着いた。今日はおとなしくしておこう。


 里田ちゃんと別れて、駅ナカの適当なお店で傘を買う。折角なのでビニール傘じゃなくて、ちゃんとした傘にした。

 里田ちゃんの傘と同じような雰囲気の可愛い花柄がつい目につくし、私がつかっても全然ありなデザインだし可愛いと思っていたんだけど、なんか、お揃い買うのちょっと恥ずかしいって言うか、さっきの里田ちゃんの美少女っぷり思い出しちゃうな。と思って全然違うのにした。

 シンプルな赤い骨太の傘にした。どぎつい感じじゃなくて、臙脂っぽい。大き目のしっかりしたやつだ。これなら今日みたいな小さめの肩掛けカバンではなく、大荷物のリュックでも安心である。


 我が家はそこそこ人数がいる。なにせ三つ上で社会人の兄もまだ家をでていないので、五人も住んでいるのだ。姉は一つ上でまだ大学生で来年就職したらでるだろうが、兄は就職先が近いからなのでまだしばらくは住んでいるだろう。

 と言う訳で、傘なんて特に使いまわされやすいものはしっかりと自分のものだとわかるように印をつけなければならない。姉になら貸してもいいが、兄は傘クラッシャーなので絶対に使われたくない。


 とは言え、小学生の頃のようにお名前シールを張るのは恥ずかしすぎるので、普通にパッと見てわかるようキーホルダーなりなんなりをつけて目印にするのだ。今回は何にするか。

 最近はシリコンで傘の取っ手に着けられるようなのもあるけど普通に買い忘れた。それまでに使われないよう、簡易的に。と考えて思いついた。マスキングテープでも張っておけばいいだろう。可愛くて百均で一目惚れして買ったけど使い道がないものがある。そう長持ちしないかもしれないが、梅雨時期くらいは持つだろう。


 いくつか眺めてから、色味が一番あう水玉模様のものにした。可愛い。完璧。

 ニヤニヤしながら家族のグループラインに写真付きで自分の傘であることを伝えておく。念押しして兄には使わないように書いて完了だ。


「ふー」


 夕食をとってお風呂にも入り、後は寝るだけだ。里田ちゃんと勉強会をした日はこうして早い時間に寝る支度ができるので、何だか最近は健康的な生活をしている気がする。

 今も窓の外からは雨音がしている。うーん。雨本当にやまないな。と考えてから、明後日は里田ちゃん部屋に迎えるしいいんだけどーと思って、気が付く。

 そう言えばこの部屋に招くんだった。思いつきで行動しているし、まずいわけではないけれど、部屋、片づけた方がいいかな。散らかってはいないけど、こう、本棚の漫画コーナーとか見えないようカーテンするとか。

 普段ならそんなことしないけど、里田ちゃんには尊敬される大人でいたいからなぁ。ちょっとは見栄も張らなきゃね。


 と寝るまでに部屋を見直しているとなんだかんだ内装を色々かえることになってしまった。

 そしていつも寝る頃に満足いく出来になった。まだ明日ですらないので慌てる必要はなかったのだけど、時間に余裕があったのだからいいだろう。

 これで里田ちゃんからの尊敬を維持できるだろう、と満足しながら寝支度を済ませて眠ることにした。


「ふぅー」


 里田ちゃんが家にやってくるのだ。軽い思い付きだったし、友達を家に呼ぶくらい大したことではない。そのはずだけど、何だか妙に気持ちが高揚してしまう。

 里田ちゃんが家にやってくるのだ。一日一緒なのは大学図書館でも同じだけど、自分の部屋となると話は変わる。ちょっとした遊び気分だし、なんなら少しくらいたまには普通に遊んでもいいだろう。


 まだ明後日の話だと言うのにわくわくしているなんて、どうかしている。そうは思うけど、布団に入って目を閉じて頭を空っぽにしようとすると、里田ちゃんのことばかり考えてしまう。


 家に来たら、きっと緊張しているだろう。勉強を始める前に軽くおしゃべりをして緊張をほぐしてあげないと。そう言えば母親にも言っておかないといけない。つい先日言われたし。でもお菓子は自分で買いたいな。里田ちゃんが普段保守的なのばかり食べているみたいだから、あえてここは食べたことなさそうなのを食べさせて美味しいと言わせたい。

 そわそわして眠気が来ない。これはいけない。言っても明日も学校があるし、明日は朝一から授業があって、バイトもあるのだ。今考える事じゃない。もう寝よう。そう思って一度頭を空っぽにしてみる。


「……」


 そう言えば、今日、里田ちゃんに好きですって言われてしまったな。めっちゃかわいかったなぁ。……やばい、ドキドキしてきた。

 だって、あれはもう、反則だよね。あの至近距離だと前髪なんか関係なく可愛い顔が丸見えだし、声もなんというか、甘いと言うかかなり幼い感じがある高めの声が可愛いんだよね。

 そんな可愛い声が真剣に、はじらいをこめてやや震えそうな声音で好きとか、胸に響いたよね。そもそも初めて会った時、あんな震えた子犬みたいにおびえて、なんならちょっと泣きそうだったくらい警戒されてたんだよ? それがいつのまにかこんな関係になるなんてわからないもんだよね。

 はー。里田ちゃんホント可愛いよね。見た目は凛々しい感じだし黙って勉強しているとカッコいい感じなのに、どこか気弱で毎回どもっちゃうところも、こう、庇護欲をそそられるというか、ぎゅっとしたくなる可愛さなんだよね。


「……んああー」


 寝れない。どうした私。里田ちゃんが可愛いのは昨日も一昨日もわかってたのに。今日の里田ちゃんに変にときめいてしまったせいで、めちゃくちゃ意識してしまってる。

 いやいや、ほんと、女同士だし、そもそも里田ちゃん高校生だし、変な意味ないって。ほんと。


「あ゛ー」


 つら。




 

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