第7話 里田ちゃん視点:嘘つきな私
「……ぬぅふふ」
う。また、変な笑い声をあげてしまった。口元をぎゅっと枕に押し付ける。
時間は夜遅く、そろそろ寝る時間だ。だけどお父さんはまだ帰ってきていないし、すぐ寝れる様に準備はしながら、私はベッドの上でごろごろしていた。
最近知り合ったばかりの、山下さん。彼女とのやり取りを見返すたびに、にやにやしてしまう。山下さんは私のことを何も知らない。だから馬鹿にしたり避けたり気持ち悪がったり怒ったりしない。
それだけだとわかっていても、普通の子供扱いしてくれるだけで嬉しくて、頭をなでてくれるのはお父さん以外いなかったし、今では誰もいないから、すごく、嬉しくなってしまう。
大学生がどんなことを話しているのか私はなにもわからない。以前お父さんと話していたようなことを言ったって、きっとつまらなくて困ってしまうだろうに。なのに友達と言ってくれた。
勉強をすれば褒めてくれる。それはいつもだった。昔から、勉強だけは裏切らない。褒められる。勉強に関してだけなら、山下さんともたくさんお話しできる。だから全然苦ではない。
今までやっていたのから、急に難度も進度も上がってしまっているけど、それは仕方ない。だって山下さんは私を高校生だと思っているんだから。
本当は小学生だって言えば、きっと驚いて、距離をとってしまうだろう。出会ったばかりだけど、山下さんにそんなことをされたらきっと私はもう耐えられないだろう。
「!」
がちゃ、と音がして、お父さんが帰ってきたのがわかったから、私はすぐに起き上がって部屋を出て、玄関まで迎えに行った。
「お、おかえりなさいっ。すぐ開けるね」
ドアを一度閉めて、チェーンを外してからあける。
「ああ、ただいま。遅くなってごめんな? 眠かっただろう?」
お母さんがこの家を出てから、一人だと危ないから家にいる時はずっとチェーンをつけている。だからお父さんが帰るまでは眠らないことになっている。
お父さんは申し訳なさそうに、疲れた顔でそう私に笑いかけながら玄関を施錠した。
「う、ううん。大丈夫だよ。お、お弁当温めるね」
「ああ、ありがとう」
今日の分のお弁当を温める。お休みの日はお父さんがお料理をしてくれるけど、お仕事のある日はできないので、いつも私が買うお弁当だ。それもいつも謝られる。
私がやってもいいのだけど、お母さんがいる時にやったことがなくて、いきなり一人でと言うのは危ないからと禁止されている。私も少し不安だから、言われるようにしていない。
こんなことなら、やっておけばよかった。お母さんとお父さんは離婚していないし、何があったのか、よくわからない。わからないけど、私とお父さんの血がつながっていないのは間違いないみたいだ。
だからお父さんは、それが分かった日から私を抱っこしたり頭をなでたりとかしてくれなくなった。私はそれを直接言われなかったけど、親しくない親戚のおばさんから教えてもらった。
ちーん、とレンジの音が部屋にひびく。お母さんがいる時は絶対にしなかったけど、今はご飯を食べる時テレビをつける。そうしないと、沈黙に耐えられないから。
「ありがとう」
手洗いと着替えをすませたお父さんが戻ってきた。水をコップに注いでお箸を渡すと、お父さんはにっこり笑った。席についてご飯を食べだしながら、お父さんは口を開く。
「明日はようやく休みだ。ご飯何がいい? 腕によりをかけてつくってやる」
「えっと、か、カレー、かな」
「またか? まだお父さんの腕を疑っているのか? これでも、お母さんと結婚する前は一人暮らしで、そこそこの腕前だったんだからな」
「う、うん。そうじゃないけど、カレー、好きだから」
お父さんの料理の腕を疑っているとかはない。ちょっと味が濃くて具材が大きいけど、その分ご飯食べればいいし普通に美味しい。でもお仕事で疲れているのに、あんまりあれこれしてもらうのは申し訳ない。カレーなら大きいお鍋で作ってもらえばそれだけでいいし、三日は食べられるし、実際美味しいから連続でも気にならないし、週の半分くらいカレーでも全然いいと思う。
「そうか。じゃあつくるか。そう言えば今日は図書館で勉強してたんだったな。どうだった? 環境を変えると、いつもと違うだろう?」
「う、うん……あ、あのね、お父さん」
「どうした? 眠いなら、無理せずもう寝て大丈夫だぞ?」
「そ、そうじゃなくて……ううん。なんでもない。おやすみなさい。お父さん」
お父さんに挨拶をして、自分の部屋に戻った。
前まで、お父さんには何でも話せたのに。でも言えなかった。山下さんって言う友達ができて、大学生で、頼りになる人って言えば、安心してくれるかなって思った。でも、同じ小学生のお友達ができてないことを心配されるかもしれない。
前からずっと、親しい友達はいなかった。だけど今は、それだけじゃなくて、どこからか変に話が漏れてしまったみたいで、無視されたり、嫌なことされたりする。
お父さんには絶対言えない。前は友達がいないって言えた。でもお父さんがいるから大丈夫って言えた。でも、言えないよ。
お母さんのことで、嫌なこと言われたりされたりするって、お仕事だけじゃなくて家のことまで頑張ってくれてるお父さんに、これ以上迷惑かけられないもん。
今までどんなに甘えたり迷惑をかけても当たり前だと思っていた。だけど、血がつながってないなんて。お父さんがもうぎゅっとしてくれないなんて。
そんなの、私にはどうしようもないことで、そして、もうどうにもならないことなんだ。私にできることは、いい子でいて、お父さんに迷惑をかけないようにすることだけだ。
「……はぁ」
それでも、距離感がつかめていないのに、お父さんも気にしている。だから表面だけでも明るく、新しい血のつながってない親子としてちゃんとおしゃべりとかできるような、新しい関係になりたいのに。
なんて風に言えばいいのか、どうすればいいのか、よくわからない。
スマホを出して、山下さんとの会話を見る。次は来週の火曜日。一緒にお勉強をする。
山下さんは私をただの子供だってみてくれる。頭を撫でて褒めてくれる。友達だって言ってくれる。うん。大丈夫。私はまだまだ、頑張れる。
○
山下さんとの約束の日。私はそわそわしながら待ち合わせ場所の神社に向かった。
この前はお休みだったし気にならないけど、普通の日でいっぱい大学生が出入りしている前に行くのはやっぱり恥ずかしいから、神社で待ち合わせにしてもらった。じろじろ見られる気もするし。
私のことを何にも知らない人でも、私は小学生にしては大きいから、昔からよく人にじろじろ見られていた。だからあんまり、人がたくさんいるところは行きたくない。
でも山下さんが一緒なら、大学の図書館は普通の図書館より人はいないし、少なくとも同級生も絶対いないから、まだいいと思う。
「里田ちゃーん!」
お待たせー、と言いながら山下さんがやってきた。弾むように元気な足取りでやってきた山下さんは、立ち上がって挨拶を返す私の肩をたたきながらニコッと笑う。
「土曜日ぶり。元気だった?」
「は、はい。げ、元気です。その、や、山下さんも、お元気のようで。よ、よかった、です」
「ははは、かたーい。じゃあさっそく。の、前に。ね、ちょっと座って」
「え? は、はい」
山下さんはすぐにでも神社を出ようとして振り向いて、だけどすぐにもう一度振り向いて結果一回転するようにして、私の両肩をそっと抑えて神社の廊下に座らせた。
そしてすぐに私の隣に座って、鞄を膝にのせて中から何かを取り出した。
「これ、よかったらなんだけど、プレゼント」
「え? ……ど、ど、どう? え? わ、私、誕生日とかじゃ、ないですよ?」
「ふふ。それはわかってるよ。はい。あ、ちなみに誕生日いつ?」
「あ、し、四月八日、です」
軽いノリで手渡された小さな紙袋を受け取りながら答える。どうすべきか困って両手でプレゼントを胸元に持ちながら山下さんを見る。
「あ、そうなんだ。じゃあ遅れた誕生日でもいいけど、お近づきの印って言うか。まあ気に入らないならいいけど、開けてみてよ」
「は、はい。あ、ありがとうございます」
どうしてプレゼントをもらえるのかよくわからないけど、言われるまま開ける。紙テープで止まっている口をそっと開けて中を覗き込む。何か、ナイロンに包まれたリボン? 紙袋を逆さにして手のひらに取り出してみた。
濃い赤と、深緑のリボンがついた、挟むタイプの二つの髪留めだ。可愛いけど、大人っぽい感じだ。
「ヘアピンって言うか、勉強する時、前髪邪魔そうだったからさ。よかったら……前髪のばしてるのこだわりとかあって、余計なお世話ならもちろん、全然いいんだけど」
「……ま、前髪は、その、目を、合わせるの、その、あわさないように、してるので、その……山下さんと一緒の時だけで、いいですか?」
「もちろん!」
目が合うと、文句を言われることがある。だから前髪をのばしているし、学校では絶対に前を見ることができない。でも、山下さんなら? 山下さんなら、目を合わせたってひどいことにはならない。
せっかくプレゼントしてくれたのだ。なら、使わないなんてことはできない。実際、家で勉強するときは前髪が邪魔だからヘアバンドしているし、まして一緒の時だけでいいと言ってくれているのだ。なら、勇気をださないと。
「こ、こんな感じで。ど、ど、どう、ですか?」
髪留めをつかうことがないので、何とかつけてみたけど自信がない。山下さんに尋ねてみる。
「すっごく似合ってる。それに、初めてはっきり顔をみたけど、やっぱり可愛い顔してるね。隠すの勿体ないくらいだよ」
「っ、あ、ああ、あり、ありがとございます」
にこっと明るい笑顔で、何の曇りもないその笑顔は心から思ってくれているのがわかって、嬉しいけど、何だかすごく恥ずかしくなってしまう。
心臓がどきどきする。だけど嫌な気分では全然ない。可愛いって言われて、嬉しくて顔がにやけてしまう。胸の奥からなんだかぽかぽかして、あったかい気持ちだ。
「え、えへへ。嬉しい、です。あの、だ、大事にしますね」
「うん。一緒に勉強頑張ろうね」
「はい!」
山下さんと出会ったのはたまたまで、どうしてこんな風に仲良くなれたのか全然わからない。でもきっと、すっごく特別な奇跡なんだと思えた。これで一生分の運をつかってるんだとしても、全然後悔しないと思う。
山下さんとずっと一緒にいたい。だけど、私は女子高生じゃないから。本当は小学生だから。嘘つきな私は、きっといつかそれがバレて、山下さんに嫌われてしまうだろう。それまで、少しでも長く一緒にいたい。そう、願った。
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