第6話 ハグ

 思わず髪を撫でていい子いい子してしまうと言う、高校生にするには子供扱いで文句を言われても仕方ない私に、里田ちゃんは全く拒否せずむしろ喜んでいるみたいに見える顔をしてくれた。

 さらにその上、私の教え方がいいとか褒めてくれるとか、もうそれ、可愛すぎるでしょ。百点満点の対応にもほどがある。


 そもそも外見が可愛いのに、中身はほんとに年下の少女って感じで純粋さが垣間見えるのもはやあざといほどに可愛い。可愛いがすぎる。これはもう、仕方ないのではないでしょうか!


「や、やや、山下、さん?」


 と自分に言い訳しながら調子にのってわしゃわしゃ頭を撫でてしまう私に、髪の毛が乱れるのにも里田ちゃんは戸惑いつつも嫌そうな顔はしなかったので、少々堪能させてもらった。

 と言うか、里田ちゃん髪の毛サラサラ過ぎない? 綺麗な天使の輪があるとは思っていたけど、まじでサラサラだなぁ。まるで幼い子供の様だ。癒される。


「ごめんね、急に。嫌じゃなかった?」

「い、いや、とか、そんなこと、ないですけど……ちょ、ちょっとだけ、びっくりしました。あ、で、でも、ほ、褒めてくれて、うれしいです」

「里田ちゃん……好き」

「えっ!?」


 おっと。思わず口から出てしまった。突然すぎる告白に里田ちゃんは目を白黒させるけど、もはやそんな姿も可愛い!

 でもこれだけはちゃんと言っておかなければ。私は驚いている里田ちゃんの両肩をがっしり掴み、顔を寄せてしっかりと言い聞かせる。


「でもでも、そんな簡単に許したら駄目だからね? 体にさわらせるとか、本当は駄目だからね? 私だからセーフなだけだからね?」

「え、あ、あえ? え、えっと、わ、わかりました。や、山下さんにだけ、です」

「うんうん。いい子だね」


 ついでにどさくさまぎれに軽くハグしてみる。思った以上の抱きごこちである。これは星五つ。

 うーん、そこはかとなく感じる甘い匂いは、女子、と言うより女の子、というようなほっこり安心するような香りである。


「ややや!? 山下さん!?」

「あ、ごめんごめん、ついつい」


 さすがにこれは、出会って一週間ほどにしては距離が近すぎたか。いや、私の中では全然ありだし、すでに里田ちゃんへの好意は仲良しの友達くらいまで来ているけど。

 でも里田ちゃんから見たら、大人で頼りになりそうで好意的に見ているとはいっても、知り合ったばっかりだもんね。じわじわ距離をつめていかないと、おかしな人だと思われてしまう。


「じゃ、真面目に勉強しよっか」

「は、はい。お、お願いします」


 そして里田ちゃんと夕方まで勉強した。今日は塾も何もないと言うことだけど、晩御飯はいつも6時に食べていると言うことだったので、早めの五時に解散することにした。

 いつも家で六時に晩御飯食べているなんて、規則正しくていい子だなぁ。親御さんもこんなかわいい子なら心配だもんね。ここは年上としてしっかり送ってあげないとね。


「じゃあ里田ちゃん、またね」

「は、はい。また……」


 と言っても、二人とも電車通勤で里田ちゃんは二駅で降りて私はそこから一駅先で乗り換えて二駅。と言う構図なので、普通にホームでバイバイなのだけど。

 電車で五駅、乗り換えと路線と駅までの関係上四十分以上かかるけれど、車なら約十分。原付でも二十分もかからないんだよね。ただ家のは共有で通学用のがないから電車になってるだけで。そもそも大学に車通学禁止だしね。


 まあのんびりできるし、乗換駅で寄り道もできるし、なによりそのおかげで里田ちゃんとも出会えたのだ。悪いことではない。だけど里田ちゃんは今でこそ高校生だけど、幼稚舎からならずっとこうして電車で通っていたのだろう。年季の入ったパスケースも持っていたし。

 今でこそ同じ系列、と言っていいのか、とにかく同じ私学に通っているけれど、お嬢様は大変なんだなぁ。と思ってしまう。友達と帰り道で寄り道、とかも電車だと駅までしかないし難しいだろうし。

 それもあって放課後一緒に遊べないし交友関係も広がらなくて、友達いないってなってるのかな?


 うーん、色々考えてしまうなぁ。と里田ちゃんについて考えていると、すぐに乗換駅だ。路線を変えないといけないのが面倒なのだ。


 いったん改札を出て駅ナカを移動する。まだまだ夕飯まで時間はあるので、その途中ちょっと寄り道していて、ふいに髪飾りが目についた。

 一時のばしたりしていた私だけど、どうにも寝転がった時に邪魔でいつもショートカットに戻ってきてしまう。なのであまり髪に装飾品を付けない私だけど、そう言えば里田ちゃんは勉強中もヘアピン一つ使わなかったと思い出したのだ。


 里田ちゃんは全体で見れば私より襟足は短いくらいのショートカットなのだけど、前髪がとにかく長い。だと言うのに、ノートを見ている時もピンをつかわないものだから、前髪がまるですだれのようになっていて覗き込むような姿勢で勉強するので、見えにくそうだなぁと思っていたのだ。


「すみません、これください」


 と、いう訳で。物で釣るわけではないけど、これをきっかけに顔をはっきり見せてくれて、少しでもより親密になれたら嬉しいなぁ。と言う下心があることは否定しない。

 里田ちゃんに似合うのは間違いないけど、気に入ってくれるといいな。と思いつつご機嫌に帰路についた。


「ただいまー」

「おかえりー。最近早いわね。反抗期終わったの?」

「反抗期だったことなくない? 私ずっといい子じゃん」


 家に帰ると母親からはいきなりディスられた。男家族と洗濯もの分けてとか言ったことないし、父とも兄ともハグ余裕だし、姉に至っては服をシェアだってしているのだ。くっそいい子じゃん?

 手洗いを済ませてから部屋に戻る前に、晩御飯の支度をしているお母さんを横目に冷蔵庫からお茶を取り出し飲む。冷たくておいしい。

 あと三十分くらいで夕食の時間なので、いいくらいに帰ってきている。ほどほどにお腹も減っているのでちょうどいい。揚げ物のようだ。


「いい子は心配されているのについつい連絡忘れて日付変わる前に駆けこんで帰ってきません」

「はいはい。気を付けますー」


 昔の話だ。最近は遅くても10時までに帰ってきている。と言うか、父が心配しすぎなのだ。日付変わって家にいなかったら通報するとかいまだにガチっぽく言うから、遅れそうなときとか割と必死だったし。

 末っ子で甘やかされている自覚はあるけど、その分厳しいとこもあってどっこいな気がする。


「まあ最近は本当にいい子してくれてるからいいけど、夕飯いらない時はせめてお昼には言ってくれないと、調整が大変なんだからね。まあ、普段から多めに作ってお弁当に回してるし、最悪お兄ちゃんが全部食べちゃうって言っても、お兄ちゃんが太ったらどうするのよ」

「それは私の責任じゃなくない? 今日の晩御飯何揚げるの?パン粉の中身なに?」

「とんかつよ」

「ふむふむ。ポテサラもつくるよね?」

「つくるけど、ちょうどいいところに帰って来たわね。あんた揚げ鍋見てなさい」

「げぇ……着替えてきまーす」


 とんかつの時はポテサラがサラダ枠につくのが、我が家の定番だ。ポテサラ大好きウーマンとしては、ポテサラを作るためだと言われたら仕方ない。揚げ物はほぼ見ていて、時間になったら揚げるだけなので私でもできるしね。

 料理はちょいちょい手伝わされるのでできなくはないけど、めんどいのであんまりしたくないんだけど、しゃーない。ポテサラの為だ。


 部屋に戻って部屋着に着替え、椅子に掛けっぱなしになっているお手伝い用のエプロンを装着。鍋の前に移動し、火をつけた。

 隣のカウンター部分でとととんと包丁の音がなる。コンロは揚げ鍋の隣でジャガイモがゆでられている。竹串をだして刺してみるけど、まだ中心が固い。放置しながら、先に揚げ物パッドを用意する。


「そう言えば、この間から書斎で何か探してる? お父さんが気にしてたわよ?」

「あ、昔の参考書探してただけ」

「あぁ、あの。捨てればいいのにと思っていたけど、誰かにあげる予定ができたのね? よかったわ」


 まあ私も思っていたけど。一番最初にいらないから捨てようとした時に、お父さんが私の使った貴重な歴史書だ。とか意味わからないこと言い出して、書斎の隅に潜り込ませたんだよね。無駄にスペースはあるからなんだかんだ残ってきたのが日の目を見るのは、なんだかんだ嬉しいよね。


「そうそう。知り合いの女子高生ができてね。実は今、勉強教えてあげてるんだ」

「へえ。いいじゃない。千鶴ちゃんはお勉強だけは得意だものね」


 柔らかい声音でとんでもないことを言われた。お母さんはいつもほのかに微笑んでいる感じで、怒鳴っているのなんて見たことないけど普通に毒を吐くので油断できない。


「あの、母親の言うセリフかな、それは。料理だってお姉ちゃんより手伝ってるし上手でしょ?」

「下と比べても仕方ないでしょう? それに大事なのは、できる以上にやるかどうかよ。お勉強だけは嫌がらず積極的にしてるものね」

「まあそうかも知れないけども」


 油の温度が上がってきたようなので、菜箸をいれて確認。しゅわっとすぐ泡が出てきたので、さっそくカツをいれていく。

 じゅわじゅわと上がる音と共に、腕まくりしている腕にぱちぱちはねた油があたる。熱いけど、割と揚げ物は熱いからとか言って昔からやらされていたのでなれた。服が汚れる方が嫌なので腕まくり一択だ。


「にしても、野生の女子高生と出会うなんてなにしているの? またおかしなことに首をつっこんでいるんじゃないでしょうね?」

「いやいや、単に雨宿りで一緒してから、なんとなくそんな流れになっただけだよ。里田ちゃんって言うんだけど、もしなれていったら家につれてくることもなるかもね」


 野生の女子高生ってなにさ。お母さんのワードチョイスはちょいちょいおかしいんだよね。


「ふーん? いいけど。前も言ったけど、友達を呼ぶときはちゃんと事前に言っておくのよ? 好きなお菓子とか、用意してあげるから」

「そんなカッコつけなくても。家にあるのでいいってばぁ」

「格好も大事なものよ。若いうちはわからないかもしれないけど」

「はいはい。あ、じゃがいも湯だったからあけるね」

「はいはーい」


 だべりながら夕食をつくり、ポテトサラダを堪能した。でもお母さんには言ったけど、勝手に私が女子高生のおしかけ家庭教師していることを夕食の席でみんなに言うのはやめてほしかった。

 お母さんだから言ったとか、知られたくないわけではないけど、なんかやめてほしかったなぁ。


 ちょっともやもやしながら、お風呂を上がってから里田ちゃんと次回のお勉強会の約束をした。真面目な里田ちゃんは、それまでにやることはありますか? なんて宿題までせがんできたけど、さすがにね。学校と塾もあるからね。むしろ塾の宿題にあわせてやろっか。と言うことにした。


「ふふふ」


 プレゼントのヘアピンはなくさないよう、机の上に置いておく。今日の里田ちゃんの解いていた問題を見ていると、なんとなく苦手傾向も見えてくると言うものだ。それ用の問題もいくつかピックアップして付箋をつけておく。

 明後日大学でコピーして、問題集つくってみよう。家庭教師っぽいよねー。私はご機嫌で自分のも含めて作業をすませた。


 

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