第5話 お菓子
「あー、あったあった。里田ちゃんこれ食べたことある?」
「あ、な、ないです」
お店は食堂と違っていつもと同じだけ開店してくれているけれど、もちろんいつもと違って中には他のお客すらいない。ちょっとした独占状態に気分よく中に入り、お菓子コーナーに直行した私は里田ちゃんに新発売商品のパッケージを手に取って見せた。
里田ちゃんは目をぱちくりと瞬きさせてから、軽く首をふってそう応えた。緊張はほぐれているようだけど、最初に小さくどもってしまうのはもう癖なのだろうか。
「これ美味しいよ。分けたげるね」
「あ、ありがとうございます。えと、じゃ、じゃあ。私も、何か、わけられるものを」
「そんな気にしなくてもいいけど」
元々この棒状のお菓子は誰かと一緒にいる時に食べるならシェアするのが当たり前みたいなものだ。それにお菓子はだいたい小分けではなくても、その場で食べる分には普通に分けられるものが大半だし。あえてその目線で探さなくても。
里田ちゃんは棚の前で手をまよわせ、上下左右にうろうろさせてから、あっと小さく声をあげながら四角いパッケージを手に取った。
「こ、これでどうでしょう? 私は、好きなんですけど」
「お。いいじゃん。私もたけのこ派だから一緒だね。嬉しい」
「え、あ、は、はい。よかったです」
別にきのこ派と言われてもそれはそれで美味しいよねーというレベルでしかないけど、同じ方がなんとなく嬉しいとは感じる。
そんな私の言葉に、里田ちゃんは一瞬不思議そうにしてからふにゃりと力を抜いたように微笑んだ。
飲み物もあわせてお会計を済ませて、コンビニ前のベンチに座って取り出す。
季節はまだまだ春。太陽が降り注いでいるのも心地よいくらいだ。もう少しして梅雨を超えると一気に暑くなってしまうだろうから、こうして外のベンチでのんびりできるのは貴重な時間だ。
「いい天気だねぇ」
「は、はい。そうですね」
「里田ちゃんはお茶買ってたけど、渋いねぇ」
「え、えと。はい。お茶、好きです」
私もお茶は好きだけど、基本は家で沸かしているのを持ってきているので、飲み物を買うってなるとお茶を買うのはためらてしまうんだよね。貧乏性なのかな。
なのでさらっとお茶を買われると、年下だけど、おお。大人と思ってしまう。まあ見た目は全然私より大人なのだけど。私は普通にみんな大好きコーラである。炭酸ジュースが好きなのだ。
まずは飲み物を一口む。しゅわしゅわと刺激と甘みを感じながら飲み込む。この喉の何とも言えない爽快感と、どろつくような甘さのコントラストが好きだからコーラは定期的に飲みたくなる。
お互いに喉を潤しているのを横目に確認し、お菓子をだす。パッケージを開封し、中袋もあけてまずは自分で一口。
さくっとした小気味いい触感とともに、口いっぱいに広がるのはバターの香り。クッキーとチョコレートの風味は後から追いついてきて混ざり合う味わいがたまらなくて、お尻まで口に押し込む手がとまらず、一気に口の中にはいってしまう。
「んー、美味しい。そっちはどう?」
「お、美味しい、です。その、よく、食べますから」
「うんうん。じゃ、交換ね。はい、あーん」
「!? え、あ、えと」
一本、ためらっているのか、あ、あ、と半開きにしている里田ちゃんの口元に迷わず寄せて、そっと唇に触れさせる。目をあわせ、落ち着かせてからそっと中に入れると、里田ちゃんは抵抗せず噛んだ。ぱき、と音がする。
さすがに自分にするみたいに押し込むと危ないので、そのままいったん唇から離す。
「どう? 美味しい?」
「あ、は、はい」
「よかった。じゃあはい」
「は、はい」
里田ちゃんは恥ずかしそうに少しだけ口を開いた。
一口目はともかく、普通に口に含んだ時点で受け取ってくれると思っていたのだけど、どうやら里田ちゃんは私があーんしたがっていると思ったのか、二口目からもあーんさせてくれるらしい。
別に恥をかかせる必要もないので、間をあけずに残りをいれてあげる。
ぽり、ぽり、と食べすすめる度に少しずついれていく。何となく、小鳥への餌付けのようで少し楽しいながらも傷つけやしないかというちょっぴりの緊張感もある。
しかしそれにしても、ほんのり頬を染めて目も閉じ気味の美少女に給仕していると言うのも、そこはかとない背徳感と言うか、優越感のようなものも感じてしまう。うらやましかろう、諸君。私には美少女高校生の友達がいるのだ。
「ん。ご、ごちそうさまです」
「ん。美味しいならよかったよかった。はい、残りも自由に食べていいからね」
「あ、あ、ありがとうございます」
これで自然な流れに戻れただろう。さすがに半分を全て食べさせるのは手間だし、里田ちゃんもじっくり自分のペースで食べたいだろう。パッケージを取りやすいよう膝の上に置く。
促しながら自分でも一本食べると、里田ちゃんもつられたように一本取って自分でも食べた。
そのペースはさっき私が食べさせた時のようにゆっくりだ。よかった、合っていた。
「あ、あの、あ、や、山下さんも、その、どうぞ。あ、あーん、です」
ほっとしていると、ふいに里田ちゃんは自分のお菓子をひとつとり、そう照れくさそうに頬を赤く染めながら差し出してきた。
「ん。あ、う、うん、じゃあ、お言葉に甘えて」
え? って思った。けどまさか断れるわけがないので、半ば反射的に口で迎えに行っていた。
「あー、ん」
ぷに、と唇に里田ちゃんの指が触れながら中に入れられた。一瞬どきっとして里田ちゃんの顔を見たけど、里田ちゃんは何も感じていないようで普通に見返している。
「お、美味しい、ですか?」
「う、うん。美味しいよ。ありがとう」
普通に、普通の、いつもの味だ。うん。でも、なんだろう。無邪気だからこそ、変にドキッとしてしまった。ていうか、ないでしょ。普通。いや食べさせる自体は私が先にしたけど、棒状で距離あるし食べさせやすいのと、こんな爪先サイズのお菓子は全然話変わらない?
なのに私がしたからって返して、唇に触れても普通の反応で、美味しいって言ったらはにかんで、距離感おかしいなこの子。
友達がいない、と言っていたけど、もしかしてそれって子供の時からずっとと言う意味なのだろうか。普通に進学と共に今いないってことなのだと思っていた。高校生になっての友達一号だと思ったら、人生での第一号だったのか。
もしそうなのだとしたら、私の行動ひとつでこの子の友情への価値観が全然変わってしまう可能性があるのだろうか。なんだかとても、責任感を感じてしまう。
私は結構、親しくなるとハグとかもしてしまうタイプなのだけど、これは危ないかもしれない。もしこの外見で男女関係なくハグするようになれば、それはもはや女子高生モンスターである。
里田ちゃんへの接し方に注意をしなければ、と思いながら表面上は平静を装う。
「里田ちゃん、嬉しいけど、私以外の人には軽率にあーんしないほうがいいかな?」
「え? だ、駄目でしたか?」
「いやもちろん、全然、いいんだよ? でもほら、私はね? 私は友達一号だからいいけど、他の子に軽率にしたら嫉妬しちゃうなって思ってね。うん。いいかな?」
「し、嫉妬ですか? えっと、わ、わかりました。山下さんにだけ、します」
一瞬で不安そうな悲し気な顔になった里田ちゃんに慌ててフォローしたので、何だか逆に私の方が不穏な言い方になってしまったけど、里田ちゃんはなんだか嬉しそうに照れ笑いして頷いてくれた。
可愛いなぁ。でもこれ、人に聞かれたらまあまあ私まずいこと言ってる気がする。まじで気を付けよう。
「えっと、まあとにかく、普通に食べよっか」
「は、はい。あの、私のも、これ、食べてくださいね」
「うん、ありがと」
里田ちゃんの持っているお菓子を、改めて自分で食べる。美味しい。落ち着く素朴な味だ。
里田ちゃんにはできれば、こんな風に素朴なままの愛らしい美少女でいてほしいものだ。そうだ。私は今その分岐点にいるのかもしれない。
この純朴美少女里田ちゃんを清純頭脳派美少女にするか、頭よわよわ小悪魔美少女にするか。それは私にかかっているのだ! うわ、責任重すぎる。でもなんだか、やる気がでてくるなぁ!
ほどよい休憩により、いっそう里田ちゃん育成へのやる気に満ち、この後も最後までバリバリ教えちゃうぞ! と言うテンションになった。
「ってことなんだけど、わかる?」
「は、はい。わかりました。えと、こう、ですよね」
「そうそう。そういうことっ」
応用問題でつまずいた里田ちゃんだけど、軽く概要を説明するとさらっと修正してくれた。なんて話が早いのか。こんなに優秀な生徒はなかなかいない。
いかに噛み砕いて、一度した説明をよりわかりやすい言葉で言い換えるか、と言うのが以外と難しいのだ。自分の頭でわかっていても、単に覚えて当てはめる、だけの人に応用を理解させるようなのが特に難しいのだ。
だと言うのにちゃんと一発でわかってくれる。過去の教え子に比べて雲泥の差過ぎて嬉しくなってしまう。
「里田ちゃんは飲み込みが早いねぇ。賢い。よしよし」
テンションがあがって、よしよし、と軽く頭を撫でてしまった。はっ。つい。隣で体を寄せあって教えていると、ついつい心の距離も近づいてしまうのだ。さっき距離感に気を付けないとな、と思ったばかりなのに。
「あ、う、あ、ありがとう、ございます。で、でも、あ、や、山下さんの、教え方、あの、お、お上手だから、です」
「可愛いなぁもうっ」
いやこれはもう無理でしょ! 可愛がらざるを得ないでしょ!
勝手に髪をなでてぎくっと勝手に硬直する挙動不審な私に、里田ちゃんは普通に喜んだみたいにはにかみ笑顔になってくれて、その上健気なことを言ってくれるのだ。これはもう、可愛いがすぎる。
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