第3話 お勉強

「お、お待たせ、しました」

「あ、里田ちゃん。待ってないよー」


 あれから里田ちゃんとは連絡先も交換したので、本日はお互い待つこともなくスムーズに会うことができた。本日は参考書を2冊持ってきている。本当はもっとあるけど、どうせ一年生ならすぐに勉強できないので、一年生頃につかっていたものを持ってきた。

 まずは中学復習用の簡単なやつからすればいいだろう。紙袋にいれて持ってきていたそれを渡すと、里田ちゃんははにかんで受け取ってくれた。


 昨日と同じような距離感で座ってくれている里田ちゃん。それにしても、隣でまじまじと見ると、やっぱりいい体してるよね。嫌らしい意味じゃなくて、手も大きいしスポーツとかしたら普通に活躍しそうだけど、かなりの色白だししてなさそうだなぁ。


「あ、ありがとう、ございます。その、がんばります」

「うん。まあ、一年生ならそこまで頑張ることないと思うけどね。わかりやすいやつだし、中学の範囲は押さえておかないとしんどいからね。苦手分野だけでもつかってみるといいよ。あとはテスト前とかでわからないとこあるなら、いつでも言ってね。教えるから」

「は、はい……えっと、あの……さ、早速教えてもらってもいいですか?」


 教えるのはもちろんいい。だけど言い出して置いてなんだけど、里田ちゃんにやる気がないのに無理強いしても仕方ないのであえてそう言ったのに、まさかの今から? ここで? 高校一年生のやる気じゃないでしょ。そもそも、テスト前とかになって、わからないところあって聞きたいなって思った時にでもと言う意味だったのに。

 おずおずと言い出した様は冗談には見えないけれど、思わずきょとんとしてしまう。


「え、いいけど。随分やる気だね」

「あ、えと、その……す、すみません。だ、大学生のお姉さんと、あの、な、何を話せばいいのか、わからなくて」

「……」


 じん、ときた。お姉さん。いい響きである。姉がいるが、妹のいない私は幼い頃妹をねだったこともあるくらいだけど、当然サンタさんはプレゼントしてくれることもなく、後輩からは当然先輩呼びのみだった。

 里田ちゃんともいい関係ではあっても、まさか妹に、と思ったわけではなかったところに、不意打ちのお姉さん呼びは実に胸に響いた。


 安心させるためにっこり微笑んで、そっと里田ちゃんの肩をたたく。


「そんな気をつかわなくてもいいんだよ、里田ちゃん。何でも言ってくれて。私くらいお姉さんから見ると、里田ちゃんくらいの可愛い年下の女の子は、何言ってても可愛いからね」

「えと、あ、あの、ありがとうございます……」


 恐縮して赤くなる里田ちゃんは実に可愛い。うむ。

 里田ちゃんは膝の上に置いた参考書入りの袋を両手で撫でるようにしながらもじもじしている。外見は大人びていても、仕草はやっぱり子供っぽくて可愛らしい。


「もちろん、勉強するのが好きって言うなら、全然教えるけどね」

「じゃ、じゃあ、お願いします」

「あ、うん。じゃあさっきの参考書、パッと見てみて、わからないとことかあるかな?」

「え、えっと」


 里田ちゃんは袋を開けて、中から本を取り出す。二冊を見比べてから、『中学三年間の総復習 まとめ編』を開いた。ぱらぱら、と最後までめくって、最初に戻ってもう一度ぱらぱらした。

 里田ちゃんはちら、と私を見てから、またぱらぱらした。本人が勉強が苦ではなくて、友達になりたての私との会話に緊張すると言うなら、実際に勉強で会話を繋いで空気を馴染ませるのも悪くないだろう。

 と思ったのだけど、やっぱり気が進まないのかな? どうも気を使わせてしまう。今までの友達に気が弱い感じの子はいなかったので、どうすべきか迷ってしまう。


「あ、あの、里田ちゃん」

「は、はい。あの……さ、最初のページからお願いします」

「あ、うん。えっとね」


 最初から、ときた。これはどう思えばいいのか。本気で全部わからない、と言うよりは、不得意なところがどこか迷って、と言うようにも受け取れる。だとすれば、実際にはだいたいわかっているのだろう。実際高校生なのだから、わかっていて当然の問題ばかりなのだけど。と言うか全部わかってなかったら問題だ。

 でも緊張しているので、あまり突っ込むのも可哀想だ。なので仕方ないので、言われたとおり最初からしていこう。


 と言っても、すぐ次のページに答えと解説がのっている状態なので、ちょっとずつ自分なりにこうすると覚えやすいよ、と付け加えるくらいしかできないのだけど。

 一番最初が英語で単語の和訳なので、ルーズリーフを取り出して、机代わりにA4の本を里田ちゃんの膝に乗せて文字をかけるようにして、一つずつ書いてもらうことにする。

 これはさすがに、覚えていれば解説もくそもないからね。


「じゃあ最初、habitat。なんて意味でしょーか」

「わ、は、発音、すごいですね」

「え? そ、そう? ありがとう」


 素で照れる。一応アクセントを覚えるために、辞書の音声を流して復唱する練習法はよくしていたけれど、人に聞かせたことはなかったので照れる。


「ま、書いて書いて。八問したら採点ね」

「は、はい……えと、あの、は、発音、もう一度いいですか?」

「habitat」

「はびたぁ……」

「え、あれ、本当の日常会話では出ないけど、テストの文章だとそこそこ出てくるやつだよ? ほら、ガラパゴス諸島とかでつかうやつ」

「がらぱごすしょとうは、聞いたことあります」

「……」


 あ、あれ? ちょっと待って、この大人しく真面目そうな外見と性格で、勉強できないこと、ある? たまたまかな? 学校によって習う傾向全然違うしね。

 と言うことで他にも問題を出してみた。他の教科もランダムで、適当に。


 結果。

 英語はごく初歩しか無理、と言うくらいだ。単語も数字や曜日などのいくつかはいけるけど、文章で過去形すらよくわかっていない。国語はそこそこできている。難しい漢字はともかく、小学校で習うけど間違いがちな問題とかはできるし、文章問題は普通レベルだ。数学に至ってはほぼすべての公式を覚えていないらしい。

 その他も、全くできないと言うほどではなくても、褒められるものはない。こ、これはひどい。これが高校生の学力?


「今の学校って、もしかして幼稚舎から通ってる?」

「あ、は、はい。そうです」


 だろうねぇ。高校まではエスカレーターなんだねぇ。とはさすがに言えない。


「里田ちゃん。本気で勉強する気、ある?」

「あ、あります!」

「よしきた。わかった。私でよければ力になるよ。わかるところからやりなおそう。大丈夫。四則演算の暗算も早いし、里田ちゃんはやればできる子だよ」

「あ、あ、ありがとう、ございます」


 ここまで来れば、乗りかかった舟だ! 本人にやる気があるなら教えよう! 今までも友達に勉強教えたりは結構あるし、実績はあるのだ。まだバイトも情報収集すらしていないし時間もある。これも何かの縁、と言うかもはや運命だ。もしかしてこれで里田ちゃんの運命も変わるかもしれないと思えば、やる気はでる。

 お馬鹿美少女を、天才美少女に変えてやるのだ!


「あ、てか里田ちゃん、塾行ってるんだよね?」

「え、あ、は、はい。その、一応」

「今どのくらいできるのか知りたいし、塾のテキストとか、テストとか、見せれるなってのだけでもいいから見せてよ。それ基準に教えること考えるから。いつ勉強できる? 場所はここじゃない方がいいよね。うちの図書館はどう? 私が高等部に入るのは無理だけど、大学なら一般開放もしているし。塾は平日だけ? 休日は?」

「あ、あ、あ、え、えっと」


 気合を入れすぎて、つい矢継ぎ早に質問してしまった。若干身を乗り出した私に、里田ちゃんは身を引いて目を白黒させてしまっている。誤魔化すように右手の平を見せるようにして空気を払う。


「あ、ごめん、一気に質問しちゃったね。えっとね、まず、場所は大学図書館でいい?」

「は、入っても大丈夫なら、近いですし。大丈夫です。あ、で、でも、その、できれば最初は、一緒にいてほしいです……」

「うん。大丈夫。慣れるまでは門まで迎えに行くから」


 わかる。行ったことない、しかも高校生の時の大学ってめっちゃ敷居高いよね。実際には身分証さえ提示すれば食堂や図書館はだいたい普通に入れるらしいし、実際うちの大学でも普通の人っぽいのちょいちょい見るしね。

 と言っても私はそこの通ってる友達と一緒に行ったくらいなので身分証も出さなくてもセーフだったけど。まして里田ちゃんなら余裕だろう。制服でももちろんだけど、制服じゃなくても大学生に十分見えるしね。


 私の言葉にほっとする里田ちゃんになごみつつ話をすすめる。引っ込み思案ぽいのに話に乗りきなところが、今まできっかけがなく何となくサボっていたけど、本当は問題意識を持っていて改善したいと意欲はあったんだなと思わせてくれる。

 さすがにね、やる気がない子に教えるのはめんどくさいしね。クラスメイトとかなら、自分からお願いしといてサボるな。とどつけるけど、里田ちゃんにはちょっとできないし。それにこっちだって、やるからには徹底的にやりたいのだ。ついてこれないなら、時間と気力をつかって付き合う意味がない。


「で、日時ね。まああんまり根を詰めてもあれだし、週に2、3回、可能な日だけって感じでいいかな。今が木曜だし、最初だしよかったらだけど、休日でじっくり実力確認とか。あー、でもさすがに、急だし休日は嫌だよね」

「全然! ん、ぜ、全然です! あ、えと、その、ひ、暇ですので、勉強、やりたいです」

「ん! その意気やよし! いいよ、里田ちゃん。私、やるからには全力だすからね!」

「は、はい! おね、お、お願いします!」


 なんだか熱血のノリになってしまった。気恥ずかしいけど、こういうのも嫌いではない。さっそく週末、土曜日に時間をあわせて午前中から勉強会を開催することになった。

 また、家に帰ったら里田ちゃんにはテキストなどの整理をお願いしている。私もそれを見て、参考書のレベルをまとめないと! 中学時代のも残ってるからね。実家って最高だわ。


 こうして、私の半ば押しかけ家庭教師が始まった。


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