第5話 お散歩のスペシャリスト

 千人の女の子達と交際する僕は、音楽のライブや映画、アミューズメントパーク等のあらゆるエンターテイメントを日々楽しんでいる。


 でも、僕等の住むこの世界には、それらとは比べ物にならない、とびっきりのエンターテイメントがあるんだ。


 それは、自然だよ。


 僕は、かれこれ六千年人間をやっている。


 正直、時代が変わって、テクノロジーが進歩して、SFの世界が現実になったとしても、僕の心がときめく事は無いだろう。


 代わり映えしない人間の暮らしに、すっかり乾き切ってしまった僕の心を癒やしてくれるのが【自然】なのだ。


 自然は良い。


 いくら眺めていたって飽きる事がない。


 自然そのものも姿を変えるし、こちらの心模様に応じて、その形は無限大に変容する。


 そんな【自然】とたわむれる為に、僕はしばしば散歩に出掛けるのである。


 自然との魂の会話が、僕の心を何度だってよみがえらせる。


 本当は、一人でブラブラ歩くのがマストなんだけれど、今日の僕には連れがいる。


 『ねぇ、覇日はるひ君。あっこの鳥さんは、なんてぇの?』


 『あれは、カラスだよ』


 『ふ〜ん。じゃあ、あっちの鳥さんはなんてぇの?』


 『うん。あれは、カラスだよ』


 僕の連れ、愛叶あいあごに手を当てて何か思案した後で、


 『なるほどなるほど、ふ〜むふむ。じゃあ、あっこに立ってるのはカラスだね』


 『ううん。あれは、イチョウの木だよ』


 ムーッと唸って両手で頭を抱える愛叶は、


 『まぁ〜んるで学校の勉強とは大違い。現実の世界ってとっても難しいんだねぇ』


 と言うと、【黒い鳥はカラス、黒い鳥はカラス】と、甲高い声で壊れたオモチャの様に連呼する。


 全国模試で、僕と同率一位(つまり全教科満点)の彼女は、座学では誰にも負けない高い知能を有するが、実地となるとからきしダメ。


 カラスとイチョウの区別もつかないし、この世界で彼女が認知している人間は、彼女の両親と妹、そして僕の4人しかいない。


 知的障害がある訳ではなく、彼女はそれらに興味を持つ事が出来ないのだ。


 あまりに高過ぎる知能を有する彼女にとって、この世界の大部分を構成する凡人共と道端に転がる石ころは全く同じ、どちらも等しく無価値な物なのである。


 興味が無いから見えない。


 見えないから存在しない。


 彼女が両親を認知しているのは、ただ単純に生きていく為に両親それが必要だったからに過ぎない。


 そこには、親しみ・尊敬・愛等の感情は一切無い。


 もし彼女が物心つく前にジャングルに捨てられたとして、そこで狼に育てられたのなら彼女は狼の事を親と認知したであろう。


 それは、あくまでも【認知】であって、決して【愛】ではない。


 彼女は両親を愛していないし、もちろん憎んでもいない、何とも思っていないのだ。


 そんな彼女が、ただ純粋な【愛】という感情から認知している存在は妹だけ。


 妹に対してだけは、愛叶も人間らしい愛情を持って接するのであった。


 ちなみに、彼女がなぜ僕の事を、皇月こうづき覇日はるひとして認知しているのか?


 それはきっと、六千年分の記憶を有する僕のハイスペックさがそうさせているのであろう、と僕は推測している。


 愛叶は、人生百回目の僕の知識を持ってしてもカテゴライズする事が出来ない、とてもユニークな女の子なのだ。


 当然、彼女は学校で浮いた存在なのだけれど、彼女にはクラスメイトの存在が認知出来ていない(彼女の目を通して見たら、教室にいる人間は彼女と僕の2人だけ、あとは36個の大きめの石ころが転がっているばかりなのである)から、当然、自分は浮いている等とは夢にも思っていないし、彼女は学校が結構好きなのである。


 彼女にとっては、学校は無人の空間であるのに、なぜ学校に通うのか?


 彼女曰く、可愛い制服を着ると気分が上がるし、なんか学校ここに来ると、勉強がはかどるからという事らしい。


 人間のいない世界(彼女にとって)で、人間が生きていく為(あくまで凡人の尺度)に必要な勉強の能力に秀でているというのは、とても滑稽こっけいだが、彼女は勉強それが心から好きだから、六千年の記憶を有するこの僕に迫る勢いで、その知能は日々進化し続けているのである。


 『ねぇ〜え、覇日君』


 『うん?どうしたの?』


 『この世界にはさぁ、本当に、人間がいっぱいいるのぉ?』


 『あぁ、いっぱいいるよ』


 『ふ〜ん。じゃあ、学校にもいっぱいいるのぉ?』


 『うん。二千人くらいはいるよ』


 『二千人って言うと、千九百九十九人よりは一人多いよねぇ?』


 『あぁ、そうだね』


 『いっぱいいるんだねぇ。私の目には、でっかい石ころが転がっている様にしか見えないけれど、じゃあアレが、本当に人間なんだねぇ?』


 『そうだよ』


 愛叶は、悲しい微笑を浮かべる。


 『君は、私がクラスメイトに興味を持っていないから石ころに見えるんじゃないか、って言ったよね?』


 『あぁ、確かに、そう言った』


 『でも私は、妹の笑夢えむを愛しているよ。ちゃんと人間に興味を持てるし、愛せるんだよ』


 『うん。そうだね』


 ガサガサっと茂みが音を立てたかと思うと一匹のたぬきが飛び出して来た。


 『あぁ〜。カラスだぁ』


 『違うよ。あれは狸だよ』


 肩を落として、ションボリする愛叶の頭を撫でてやる。


 『大丈夫。焦らなくって良いんだ。君が見たいと望むなら、いつかきっと、君はこの世界に住む人間を認知出来る様になる。だからそんな顔するなよ』


 そうだ。


 掴もうと手を伸ばしたなら、いつか必ずそれは掴める。


 どんなに時間がかかっても、諦めないで手を伸ばし続ければ、想いは必ず届くのだ。


 だから、諦めないで。


 いつの日か人間が見える様になった時、君は、こんなもの見えなければ良かったと思うかもしれない。


 それはそうだ。


 美しい自然と違って、人間ときたら、とても醜くて、汚くて、臭いんだから。


 でも、それでもやっぱり、君には人間を愛して欲しい。


 今は、どうしようもなくきたならしい存在だけれど。


 いつかきっと、綺麗な生き物になるはずだから。


 だから、諦めないで。


 その手を伸ばす事をやめないで。


 『うん。そうだねぇ。焦っても仕方がないよねぇ。まずは、カラスと狸を見分けられるように頑張るよぉ』


 愛叶の笑顔は太陽みたいに眩しい。


 こんな笑顔が出来る女の子が、人を愛せない訳がない。


 大丈夫。


 きっと君は大丈夫だ。


 一人きりで自然と魂の会話をするのが一番だけれど、たまには2人で散歩をするのも悪くない。


 今度は笑夢ちゃんも誘って3人で散歩に来ようかなぁ、等と考えていたら、愛叶が空を翔る鳥を指さした。


 『ねぇ、あれは、カラスだねぇ?』


 『うん。あれは、カラスだよ』


 太陽みたいな笑顔を讃える女の子と一緒にゆっくり歩いていくお散歩は、僕の乾き切った心を、もう一度甦らせた。


 今日も僕の隣には、温かな愛が確かにあった。



 


 



 

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