第4話 スポーツのスペシャリスト
『おい、
クラスメイトの
『僕はふざけてなんかいない。全くね。今この空間でふざけているものがあるとするのなら、それはただ一つ、君という存在だけだよ』
水谷は、一年生にして野球部のリードオフマンを任されるショートストップ。
鉄壁の守備と俊足、そして高い打力が売りの将来有望な高校球児である。
帰宅部の僕は、今年の夏、水谷に、
『頼む、練習は来なくても良いから、試合だけ出てくれ』
と懇願されて、4番でエースとして夏の大会に出場した。
帰宅部である僕の活躍により、チームは甲子園に出場。そして、あれよあれよという間に決勝まで勝ち上がった。
そして、甲子園の決勝戦では、27奪三振、5打数5HRという、高校野球の歴史上類を見ない大活躍で、我が高校に創立史上初の甲子園優勝の栄冠をもたらした。
まぁ、この世界のあらゆる戦いは、僕を味方につけた者が勝つ様に出来ているから、そんなに騒ぎ立てる事では無いのだけれど。
夏休み明けには凡人共が大騒ぎ。野球部の顧問に至っては、これからも試合だけには出てくれないか?と、額を地面に擦り付けて土下座する始末。
一躍、プロ注目の超高校級帰宅部となったこの僕に、水谷が野球で上手くなるコツとやらを聞いてきたから、わざわざ丁寧に、そのコツを目の前で実践してやっているというのに、水谷は事もあろうに、不満を口にしているのである。
全く、どういう神経をしているんだ?
せっかく、上手くなるコツを惜しみなく披露しているのだから、うだうだ言ってないで目ん玉ひん剥いて、脳裏に焼き付ける事だけに集中すれば良いのだ。
人生は短い。
仮に水谷がプロ野球選手になれたとして。
そこでレギュラーになって、活躍出来たとして。
それでも、選手生命というものは、あっという間に終わってしまう。
だから、今ここで、僕から全部盗むんだ。
野球界に、
『どう見たってふざけてるじゃねぇか。机を3つ並べて、その上に寝転がって、それでどう野球が上手くなるっていうんだよ?』
『寝転がっているだけじゃ野球の技術は向上しないよ。そんなの子供だって分かる』
『ほら、やっぱりお前はふざけてたんじゃねぇか』
水谷が声を荒げる。
大丈夫?
カルシウム足りてる?
ワカサギの甘露煮がポッケに入ってるからあげようか?
『まぁ、落ち着けよ。寝っ転がっているだけでは技術は向上しない。でも、この練習方を取り入れればパフォーマンスは向上する。それはもう、ビックリするくらいにな』
『なんだよそれ?【このはしわたるべからず】みたいな事か?』
『君がもし、とんちの事を言っているのであれば、それは違う』
水谷という男は、勉強は出来るのに、語彙力が驚くほど少ないのである。
彼は一体どうやって、毎回現代文で90点以上の点数を取っているのであろうか?
それは、この高校の7不思議の1つである。
『実際に、寝っ転がっていればパフォーマンスはビックリするくらい向上するんだ。その仕組みを口で説明する事だって、僕には出来る』
相変わらず寝っ転がったままの僕に、水谷は訝しむ様な目を向ける。
本当に失礼な奴である。
『じゃあ、説明してみろよ。寝っ転がっていたら野球のパフォーマンスが向上するっていう、お前の理論とやらを』
何やら上から目線で物を言ってくるのは
向上心を持つ人間の事を、僕は好きなのである。
『それでは、まず、君に聞きたいのだが、野球部の練習では何をする?』
『何って、色々だけど』
『その色々とは何だ?』
『アップのランニングとか、ダッシュとかストレッチとか、あとはキャッチボールとかノックとか、それにトスバッティングとフリーバッティング、筋トレもする。そりゃあもぅ色々だよ』
確かに色々だ。
僕だって、いつかの人生ではそれをやった事もある。
だが、だからこそ行き着いた最強の練習方法。それが、寝っ転がる事なのだ。
前回の人生でサイ・ヤング賞を5回受賞してアメリカ野球界に殿堂入りを果たした僕が言うのだから間違いない。
『今君が口にした練習方法だがね。それらは全く無意味だよ。そんな事をするのは時間をドブに捨てる様なものだ』
『無意味な訳ないだろ?練習しないで、ずっと寝っ転がっていたら一生試合に勝てないじゃないか。そもそも試合に出る前にレギュラーになれない』
あぁ、悲しいかな。
せっかくプロになれるかもしれない野球の才能を持っているのに、水谷は
練習しなければ上手くなれない。だから毎日キャッチボールとノックとバッティング練習をします?
はぁ?
えっ、何言ってるんですか?
ごめんなさいですけど、ここ、昭和じゃ無くて令和ですよ?
凡人達が築き上げてきた
いつまで悲劇を繰り返す?
もっと頭を上手に使えよ!
肉体を
何も無い。何も、何一つだ。
必要なのはそう、
『イメージだよ』
そうだ、イメージするんだ。
『君が先程口にした
『そりゃあ、昨日の今日じゃそれ程能力は向上してないさ』
『ほら見たことか』
『でも、小さい頃からの積み重ねで、俺は甲子園でも通用する程の選手になった』
『それは違うな』
そう、それこそが、先人達に刷り込まれた
悲劇の始まりは、いつだって
『それはただ、君が物理的に成長した結果として、今までよりも足が早くなり、腕力が上がり、知力が上がった。それで野球が上手くなったんだ。ただそれだけの事だよ』
『でも、練習しなかったら、いつまでたってもバットはボールに当たらないし、飛んできたボールをグローブでキャッチする事だって出来ないじゃないか』
『それはそうだ。上手くなりたければ練習をしなければならない。当たり前だろ?スポーツの世界は練習せずにのし上がれる程甘くは無い』
水谷は困惑の表情を浮かべる。
『でも、今さっき、お前は練習なんてしたって無駄だと言ったじゃないか?』
『僕が無駄だと言ったのは君が口にした旧式の無意味な
『何言ってるんだよ。お前はずっと寝っ転がっているだけだろーが』
『そうだよ。僕は寝っ転がっている。そして体を休めながらイメージをしているんだ』
守備やバッティングだけでは無い。筋肉の一筋一筋、細胞の一つ一つに至るまで、体をより効率的に使う為の理想的な動きをイメージしている。
『人間が想像し得る事はね、必ず実現できるんだ。だから細部に至るまで、細かく理想をイメージする』
想像力は、人間の持つ最大の武器なのだ。
『旧式の無意味な
これこそまさに、悲劇の根源。
『だから旧式の
こんな悲しい現実は、イメージの力でぶち壊さなければならない。
やらねばならぬ。立ち上がれ。そして、想像力を働かせるんだ。
『だからイメージしろ。そして同時に体を休めるんだ。そうすれば、この世界から少しだけ悲しみが消える。そうすれば、君は必ず野球界に名を残す伝説になる』
僕の言葉に、何か感じるものでもあったのだろうか?
水谷は、ハッという表情をした後で、エナメルバッグを背負うと、
『ありがとう。参考になったよ』
と言って教室を後にした。
────
野球界のレジェンドが、【世界を制するのはイメージの力】という本を出すのは、まだ先のお話である。
今日も、僕の世界は胸踊る様なイメージで輝いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます