第4話 お兄ちゃんのクラスメイト
「理抄、ちょっと聞いていいか?」
居間のソファーに座った私の隣からお兄ちゃんの声が聞こえた。
「なあに?お兄ちゃん」
「今朝から視界に何か変なものが浮かんでるんだが」
「ああ、メニューのこと。それを注視してみて」
「お、開いた。視線で選択するのか」
「便利じゃない?」
以前、音声コマンドでのメール送信の仕方を教えたのだけど、もっと色々できれば便利だと思って視界にメニューをオーバーレイするようにしたのだ。
お兄ちゃんは視線で選択するという表現をしたけど、カメラが眼球のように動くわけじゃない。カメラの映像の上にUIを表示するのは簡単だけど、どこを注視しているかを推定するのは少し苦戦した。
「便利かもしれないけど、勝手に身体を改造された気分だ。あと人間から遠ざかった気がする」
「きっと将来流行るだろうし、流行を先取りしたと思ってよ」
わたしも実験中はARゴーグルを使うけど、まだ日常生活で使うには少し邪魔だ。
兄と話をしているとインターホンの呼び出し音が聞こえた。
(今日は来客も荷物が届く予定も無いはずだけど……)
インターホンのカメラの映像を見ると、見覚えのある制服を着た少女が見えた。兄が通う学校の女子の制服……わたしの部屋のクローゼットにも新品同様の同じものがあったはずだ。
誰かがお見舞いに来るかもしれないという想定はしていた。
二週間も学校を休んでいるとさすがに心配されたんだろう。
それは問題ない。
(なんで女の子なの!)
お兄ちゃんとの関係を確認しなければいけない。
「兄のクラスメイトの方でしょうか?」
「
「……そうですけど、なんのご用ですか」
これが物語の中であれば、学校のプリントを届けに来たということもあるだろうけど、常識的に考えればわざわざ生徒に頼まないだろう。そもそも学校のサイトからダウンロードすれば良い。
「お見舞いに来ました」
クラスメイトの女子がひとりでお見舞いに?しかも外は雨だ。
「ちょっと待っててください」
どうやって追い返そう。
放っておいたらそのうち帰るんじゃないかと考えたけど、お兄ちゃんに怒られそうなので確認する。
「二瀬か……とりあえず俺は寝てることにして適当に相手をしてやってくれ」
玄関のドアを解錠して来客を招き入れる。
「ひとまず上がってください」
「おじゃまします。あ、これつまらないものですが」
学校に近くにある和菓子店の名前が書かれた箱。わたしも兄も好きなやつだ。分かっている。
(でもごまかされない)
「これ使ってください」
居間に案内する途中、タオルを渡す。
傘は持ってきたみたいだけど、制服が濡れていた。
「あ。ありがと」
お兄ちゃんに濡れた制服は見せられない。
ソファーの上のお兄ちゃんにもさり気なくタオルを被せた。
「ご両親はいないの?」
「別居中です」
「兄妹で暮らしてるっていうの、ほんとうだったんだ……寂しくない?」
「兄がいるので大丈夫です」
寂しいも何もわたしの両親はもういない。引き取ってくれた今の家族も悪い人たちではないが、感覚的には今でもただの親戚だ。
「お兄ちゃ……兄は友達が少ないんですか?他に誰もお見舞いには来てないし」
そういえば、家に友達を連れてきたこともない。
「うーん、確かに交友関係は広くないけど仲がいい友達はちゃんといるから大丈夫だよ。私もその一人」
「よかった。お兄ちゃん、友達いないのかと思ってました」
お兄ちゃんもこの会話は聞こえているはずだけど黙っている。
「廿六木くんはお部屋ですか?」
「兄は寝ています」
「そっか、じゃあ出直したほうがいいかな」
「 そうですね今日は帰ってください。でも次来たときも寝ているのでもう来なくて大丈夫です」
兄に小声で、強引すぎだろと突っ込まれた。
「いま廿六木くんの声が聞こえなかった?」
「空耳です」
「このへんから聞こえたような……」
ソファーの上の卵型の端末を見つけて持ち上げる。
「あ」
(お兄ちゃんに触らないで!)
「なにこれ可愛い」
制止を無視して兄を抱きかかえる。
(この人よく見ると、けっこう胸が……)
卵形の端末が半分胸に埋まってしまっている。
「大事なものなので、返してください!」
お兄ちゃんの性癖が歪んだら困る。代わりにわたしが抱き抱えるが端末を埋めるには胸のボリュームがほんのちょっとだけ足りていない。
(お兄ちゃんも黙ってないで抵抗して!できないのはわかってるけど!)
「廿六木くんの部屋は二階だよね?」
なぜ兄の部屋の場所を知っているんだ。
二階に上がると、私の字で兄の名前が書かれたプレートがあるドアをノックして返事を待たずに開けようとする。
「待って!」
「どうしたの?」
「……この部屋に入ると感染して死にます」
「そんな大変な病気なの?入院したほうがよくない?大丈夫なの?」
「宗教上の理由で病院で治療を受けられないのでここで療養中です」
「色々おかしいでしょ。優くん部屋の中にいるんだよね?」
『いま起きたけど人に見せられる状態じゃないから入るのは待ってくれ』
部屋の中から兄の声が聞こえる。こっそりスマホで操作して、音声の出力先を部屋の中のスピーカーに繋いだのだ。
「声おかしくない?なんか電話越しに話してるみたいな声してるよ」
『ちょっと喉の調子が悪いんだ』
「でも思ったより大丈夫そうで良かった。早く学校戻って来てね」
『ああ。お見舞いに来てくれてありがとうな』
少し壁越しに会話すると、お兄ちゃんのクラスメイトは思ったよりあっさり帰って行った。
「何してるんだ?」
「消毒」
私はお兄ちゃんを念入りにアルコールを含んだウェットティッシュで拭いていた。
寝るときにお兄ちゃんからあの子の匂いがしたら安眠どころではない。
就寝時、いつものようにお兄ちゃんを抱き抱えたままベッドに潜る。
「今日は大丈夫だったけどいつまでも誤魔化しきれるものじゃないだろ」
「もう少し待ってて。いつか学校にも行けるようにするから」
身体については一応考えているのだけどまだ時間がかかる。
なぜか、アルコールの匂いがした気がした。
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