曼珠沙華の導き
きょんきょん
第一章 片瀬茉莉(20代OL)
第一話
お客様の御要望に全てお応え致します
明朗会計/即日対応可/各宗派対応
葬儀屋【
「……ここ……どこかしら?」
パンプスを引摺り、重い足取りで私が辿り着いたのは、一軒の葬儀屋だった。
急ぎで葬儀を行う予定もない、なのに、私の足は自然とこのお店へと向かっていたのだから、不思議としか言いようがない。
葬儀屋なんて、いや、葬儀屋を悪くいうつもりは全くないけど、私のなかで葬儀屋というのは、死んでからお世話になるものであって、決して生前に厄介になるものではないという認識だ。
で、今現在葬儀屋の正面で、この摩訶不思議な状況にどうしたものかと思案にくれているのだ。
掲げられた看板を見上げると、胡散臭い街金のような文言で紹介されているが、ところどころ
この街に長年暮らしていたけど、こんな木造のバラック小屋みたいな葬儀屋があったことに、今の今まで気づかなかったことに驚いた。
もし看板に葬儀屋と書かれていなかったら、数十年前の古き良き駄菓子屋といわれた方が、なんだかしっくりくる。
奥にお婆ちゃんでも座ってたら様になるのではなかろうか。
一応は新興住宅街と
よく立ち退きせずに済んだなぁ、と、しげしげ眺めていると、今ではほぼ見ないガラスの引き戸が、ガラガラと、立て付けの悪い耳障りな音を軋ませて、三十センチばかり開いた。
『あ、お客樣ですね!いらっしゃいませ!どうぞどうぞ!』
ひょっこりと顔を覗かせたのは、お婆ちゃんではなく、今時珍しいおかっぱ頭の小さな女の子だった。年は十歳かそこらだろうか――
『ほらほら、突っ立ってないで中に入ってください』
「え?あ、いや、私は、」
『いいからいいから、入ってください!』
年相応というか、有無を言わさない、無邪気さと強引さを兼ね備えた力で、無理矢理、得体の知れない店内へと引きずり込まれてしまった。
「うわぁ……古っ」
開口一番、失礼だけど自然と本音が漏れてしまった。
引きずり込まれた先は、やはり外見と同様に、時代を感じさせる映画のセットのようで、昔、映画館で見た<オールウェイズ三丁目の夕日>のような郷愁を感じさせる。
あれだ、お婆ちゃん家の匂いだ、昔よく行ってた古民家の、古くなったい草の匂いとか、長い長い時間を経て染み付いたあの匂いだ。
どうやら相当に歴史のある葬儀屋みたいだと、私は当りをつけた。
『いらっしゃいませ。お待ちしておりました』
「あ、どうも」
店内の奥にもう一人誰かいたようで、これまた古そうな椅子から立ち上がった男性は、160センチの私より頭一つ大きく、低音だけど決して威圧的ではないバリトンボイスが狭い店内に響いた。
切れ長の目、高い鼻筋に、清潔感バッチしの髪、長身イケメン、長所を挙げたらキリがない。
ヤバ、タイプかも。
なかなか見ないレベルのイケメンにどぎまぎしたが、そもそも私はお客じゃないことを伝えた。
「あの、私、お客じゃないんですけど、」
「皆様最初はそのように仰るんですよ。どうぞこちらへ」
「いや、ほんと葬儀とかする予定なんてないですから……」
「さあさあ、こちらへ」
あれ?私の話聞こえてないのかな?勝手にお客扱い受けてるけど、どうしよう……困ったな。これって変な
言われるがままに座っちゃったけど、どうしよう……緊張して喉が乾いちゃった。
『千代。お茶を淹れて差し上げなさい』
『はぁーい。百均のでいいかな?』
心からお気遣いなくといいたいところだけど、百均のお茶と、こうもあからさまに聞かされると、なんだかなぁと思う。
騙すつもりなら、せめて高いお茶を淹れたほうがいいんじゃない?と、動揺しつつ老婆心ながら思ったけれど。
でも、まあ見た感じ儲かっては無さそうな店だから、ギリギリの生活なのかもしれない。
辺りをキョロキョロ見渡すと、レトロを通り越してアンティークのような家具、家電ばっかだし、電話なんてまさかの黒電話だ。
しかし、冷静に考えると、目の前の二人はおかしな組み合わせだと思う。
男性はどんなに上に見ても二十代半ばだろうし、漂う雰囲気は若者に出せるそれとは思えない。隣の千代という少女は、彼の子供にしては大きすぎるし、妹だとしたら
それに……なんというか、最近の子供にしたら、妙に素朴な顔だちをしてるというか、うーん。
とてとてと、可愛らしい足音が聞こえてきそうな足取りで、これまた古いお盆に百均のお茶を載せた千代ちゃんが、覚束無い足取りでテーブルまで運んできてくれた。
『粗茶ですが』
……ええ粗茶ですよね。
慣れ親しんだ粗茶を口に運び、薄い風味が口に広がったころ、正面に座ったイケメンが口を開いた。
『少しばかり強引にご案内してしまい、誠に申し訳ございませんでした。ご挨拶が遅れましたが、私、
『あたしは千代だよ!』
そう言うと、丁寧に名刺を差し出してきたので、私も「片瀬茉莉です」と簡単に応えた。
最低限の情報だけ記された名刺には、確かに社長と書かれている。私の年下かもしれない年齢で一つのお店を切り盛りしていることに驚いた。
「凄いですねえ……社長さんなんですか」
「見ての通り、こんな古びた葬儀屋ですけどね」
頭を掻き、はにかんでへりくだってはいるが、うん。それは否定はできない。
こうやってお客だと勘違いしてお店に引き込んじゃうくらいだから、経営もさぞかし気苦労が多いのだろう。
だからこそ、事情を説明するのが心苦しくもある。
「あの、いつのまにか和んで、その上お茶まで頂いちゃって申し訳ないんですけど、私、そもそもここに来るつもりなかったんですよ」
この人たちは悪い
ふらふら歩いてただけなのに、何の因果か、
わからないが、説明できない何かに引っ張られてきたような、そんな感じがした。だけど、こうして深山さんと千代ちゃんと向かい合ってるのは、偶然であって――
『偶然なんかではありませんよ』
まるで、私の心を読んだようなタイミングで深山さんは話す。
「えっ?いや、話した通りふらふら歩いてたら、見たことないお店があるなぁと思って、それで立ち止まってただけですって」
「いえ、このお店に訪れるお客様は、皆様
因果律?なんのことを指してるのか、まるで理解できなかった。
「えっと、つまり私に理由があると?」
「はい。当店は見ての通り葬儀を商いにしておりますが、既存のご焼香をあげたり、念仏を唱えたりなどといった葬式は行っておりません。では何をしているかというと……いえ、片瀬様の場合は、長々と説明するよりも現場で説明したほうが理解も早いでしょう」
よろしければお車で。そういうと、なんのことを話していたのか一切わからないまま、いかにもな黒い霊柩車に乗せられ私は何処かへ連れ去られてしまった――
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