第38話 約束
エミリさんは、ブロードウェイかミュージカルかって様子で、中空を見つめながらフロアに出て、歩きだした。
「まあ、標準語になるとは思ってなかったし、ガッキーそっくりの声になるとも思ってなかったけど、人を見る目には自信があるの」
なんか、全然見抜けてないじゃん。
エミリさんが立ち止まって、まっすぐ私を見る。
「ジュ レアリーズ モン レーヴは、たしかに天神森で1番大きい店よ。女の子のレベルも高いし、競争も激しくてうちみたいなみんな仲良しでほのぼのって店じゃないわよ。厳しい店よ」
最近はうちだってそこまでほのぼのじゃないじゃん。
「それに、あちこちから女の子を引き抜いてるから、女の子のレベルは高くても教育は期待できないわよ。何にも教えてもらえない中で、稼がなきゃいけなくなる」
「そこは大丈夫。ちゃんと教えてもらった。エミリさんに」
「え?! いや、私が教えたことなんて通用しないわよ!」
エミリさんが慌てた様子だ。
「大丈夫! 通用する! 私が証明してみせる!」
エミリさんは呆気に取られた顔をしている……本気で通用しないような店なんかしら?
「じゃあ、やってみせて!」
「おう! 約束する! 天神森のトップに君臨してやるわ!」
久しぶりだなあ。2人して、こんなに笑うのも……。
「エミリさんも、一緒に行こう。ビーワンでチエミさんの手下みたいな扱いされてるより絶対いいよ」
「そう見えてたのね、ユイちゃん……」
「いや、あの、いい意味の手下みたいな」
ふふっと、エミリさんが笑った。
「私は、この店を守るわ」
「なんで?」
「当たり前でしょ! ママが他店に移籍したら、この店の女の子達はどうなるのよ」
「チエミさんがどうとでもするでしょ、きっと」
「ユイちゃんがチエミさんを認めてないのは見てて分かるわ。でも、チエミさんが今の私を育ててくれて、この店のママに私を選んでくれたのよ」
エミリさん……。
「私のことは、心配いらない。思いっきり、やっておいで」
「……ありがとう、エミリさん。頑張ってくるよ!」
あ、そうだ。相談しとかないといけないことは、まだあった。
「お客さんには、移籍することは言わないつもり。……でも、そしたらちゃんとあいさつできないから、本当にありがとうって、伝えてほしい」
「え? なんで? 客ゼロで移籍なんて認められないでしょ」
「え、そうなの?」
「そういうもんよ。あー、店の心配してくれてんの?」
「うん、まあ、そりゃあ」
「大丈夫よ! これまで何人が客連れて飛んだと思ってるの? もうダメかなと思った時ほど、眠ってる力が発揮されるのが私なのよ」
普段から、その力解放したらどうだろうか。
「本当にいいの?」
「いいわよ。まあ、価格設定がまるで桁違いだから、お客さんの方が払えるか通えるかはまた別のお話だけどねー」
「えっ? そんなお高いの?」
「ねえ、さっきから思ってたけど、移籍先の店のことまるで知らずに移籍決めてない?」
「はい、その通り。店の名前覚えてないですから」
「ほんっと、見切り発車っぷりがすごいわね。面接に来た時も、こっちに住むとこすらないとか言ってたもんねえ」
「なに、見切り発車って?」
「用意も十分じゃないのに、後先考えずに行動だけはしちゃうことよ」
おおー……私にピッタリな言葉があったもんだ。
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