第37話 辞める

 夕方4時半。


 こんな時間に、こうして店のドアを開くのは久しぶりだなあ。


 チエミさんに呼ばれた日でもなく、ただエミリさんを頼ってドアを開く。


 カランカラーンって響いて、エミリさんがカウンターでノートとパソコンを開いているのから、顔を上げた。


「あら、なんか懐かしい感じ」


 エミリさんが笑っている。


 ごめんね、エミリさん……。


「エミリさん、私、この店辞める」


 笑ってたのに、無表情になっちゃった。


 無表情……かな? でもないかも……。怒ってる……?! かと思いきや、涙ぐんでる……?!


「あの……エミリさん?」


 エミリさんが、おしぼりの保温器を開いて、手当り次第におしぼりを投げてくる。


「何が不満だった?! 私の采配が悪い?! どうすれば良かった?!」


「いや、エミリさんがどうこうじゃなくて! むしろ! 感謝しかないから! 今こうして話したいなって話で!」


「……私はどうせ、やる気を引き出せない、売上も伸ばせない、なんもできない名ばかりのママよ……」


 おしぼりを投げる力もなく、エミリさんはうなだれてしまった……。


「いや、そんなことひとつも思ってないよ! むしろ! エミリさんがママだから、感謝しかないから、私は話したいの!」


「どうせ私なんて、役立たずの醜い豚よ!!」


「こっちの世界に帰って来てもらえるかな?! エミリさん!!」


 思ってた以上に、エミリさんは追い詰められている……?


 うなだれるエミリさんの背中をさする。


「はあ。ありがとう、ユイちゃん。話って?」


 お、落ち着いたらしい。


「エミリさん、私と一緒に、名前覚えてないけど、大きい店に移籍しよう」


「えっ?」


 もしも、エミリさんが決意したら、エミリさんごと、移籍させてほしい。


 それが、私の考えた条件だ。


 もしも、そうなった時、他の女の子達の居場所が万が一なくなってしまったら、女の子達も丸ごと。


 選択肢は作った。決めるのは、エミリさんだ。


「私は移籍する。名前が全っ然覚えられない店。天神森で1番大きいって言ってたとこ」


「ジュ レアリーズ モン レーヴ?」


「ん? 分かんない、それくらい長かったことしか覚えてない」


「そうかー……ついにユイちゃんの存在が東側にもバレたか」


「バレる?」


「この仕事が嫌になって辞める訳じゃないのね」


 エミリさんが、笑顔を見せた。


 びっくりした。なんで? 引き抜きで辞めるなんて、嫌になって辞めるよりも気分悪いもんじゃないのかしら?


「ユイちゃんが面接に来た時から分かってたわ。この子は、こんな小さい店で収まるような子じゃないなって」


「え……?」

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