第34話 夢を叶えてアンパンマン
昨日はお休み。
すっかりリフレッシュして、今日も張り切って出勤だ! ちょっとだけ、おねだりの感触もつかめた気もするし。今日も引き続き、おねだりやってみよー!
意気揚々と寮から出たところで、スーツの男性が2人現れた。
なんだ? 誘拐か?!
「ユイさんですね? 私こういう者です」
2人して、名刺を差し出してくる。
1人の名刺には、
Je réalise mon rêve
(ジュ レアリーズ モン レーヴ)
と書いてあった。
知らん。誰や。
「少しお時間いただけますか」
「もーそんな! お時間取らせないんで!」
本郷って方は、髪もさっぱり短い黒髪で、スーツも着慣れた様子の黒崎さんみたいな感じの印象。
もう1人は、
Je réalise mon rêve
(ジュ レアリーズ モン レーヴ)
と書かれた名刺を出してるが、茶髪でゆるふわパーマのスーツ着ちゃいました! って印象。
友と勇気か。なんとなく、アンパンマンっぽい。顔丸いし。
ん? アンパンマンは愛と勇気だっけ?
えーでも、アンパンマンに恋愛要素なんかあったか?
「あの、ユイさん?」
「なに、アンパンマン」
「アンパンマン?!」
「あ、ごめんなさい。つい」
「つい?!」
やっちまったな。ひとまず、名刺を受け取ってみた。
「なんですか?」
「うちの店に移籍のお願いに伺いました。今の倍の給料保証からスタートしていただきたいと思っています」
真剣な話は、本郷って方がするようだ。
そりゃそうだ。アンパンマンじゃなんか真剣に聞けない。
「移籍?」
「ビーワンを辞めて、うちの店で働いていただきたい」
「えっ……」
ビーワンを、辞める。
考えたこともなかった……。
「いや、私、ビーワン辞めるつもりはないので」
「条件を提示いただけたら、できる限りご希望に沿う用意でいます」
「いや、辞めないんで」
「もし、ママと話がし辛いようなら、私からお話させていただきます」
「いや、だから辞めないっての」
「寮の心配もいりません。聖天坂のNOVAをご用意させていただきます」
「辞めないっての! しつこいなあ! え?! NOVA?!」
「はい! NOVA!」
あの、チエミさんがエッラそうにここを目指せと豪語してた高級マンションNOVA?
「え? NOVAに住めるの?」
「天神森で働くからには、夢ですよね、NOVA!」
「夢? 私の夢はそんなもんじゃないわよ!」
「どんな夢でも言ってください。必ず、叶えさせます」
本郷って方が、背高いから偉そうに見下ろしてくる。自信満々に。
「どんな夢でも?」
「どんな夢でも」
「新垣結衣に、会いたい」
「……え?」
本郷って人が別人のようにポカンと口を開いて固まってしまった。そこまで突飛なこと言ってるか?
アンパンマンが、
「うちの店のね、名前ね! 店名! ジュ レアリーズ モン レーヴってね、フランス語で《夢を叶える》って意味なんすよ! 叶えちゃいますよー! ユイさんの夢も!」
と、店の名前の由来なんか聞いてもないのにはやしたてている。由来よりも覚え方を教えろ、アンパンマン。
本郷って方は、なんか考え込んでるっぽい。
「ユイさん、うちの店なら芸能関係者も多くいらっしゃいますが、その夢、本当に叶えたいなら、ビーワンでは足りないのではないですか?」
ちょっと衝撃が走った。
至極ごもっとも。
たしかに、何年ビーワンで働いても、新垣結衣に会えないかも。
我峨から出てきた時には、なんかとにかく稼げばいつか新垣結衣に会える気がしてたけど、今は全く、仮にこのままトップ取り続けられたとしても会える気がしない。
そもそも新垣結衣に会いたいのに、どうして天神森に来たんだろう? あんな小さな田舎では、分からないことが多すぎた。
「本当に、新垣結衣に会えるんでしょうね」
「ビーワンよりは、確実に。うちは天神森で1番の大箱ですから。モデルや芸能人のたまごもたくさん働いています」
芸能人?!
そりゃあ、なんとなく新垣結衣に近付けそうかも?!
「東京の芸能事務所の方や仕事でこっちに来た芸能人もよく来る有名店です」
ほお?!
もう、会えるな! それ!
「ん〜……でもなあ」
エミリさんやカンナちゃん達の顔が浮かぶ。
「やっぱり、お世話になった人もビーワンにはいるし、えーと……」
優しい口調で、にこやかに本郷って方が言う。
「明日のこの時間、また伺います。ユイさんの気持ちが固まるまで、いくらでも待ちますから。ユイさんも、移籍の条件を考えてください」
……条件……?
そんなこと、急に言われたって何も浮かばない。
「夢を叶えるためにこの仕事始めたんでしょ! うちの店が、夢を叶える場所ですよぉ!」
……急に嘘っぽくなるなあ。こいつ連れて来た意味あるんか。
本当にお前らの店は、私の夢を叶えられるのか、アンパンマン。
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