第33話 やってみる勇気

 堀さんは2時間で帰って行った。


 この後も仕事だからーと言いつつ、ビール3杯飲んで行った。


 いつも水割りだけど、ビールも好きだったんだな。


 私も便乗して注文しようと同じペースで飲んだので、ビール3杯この腹に入ってる。


 いい感じにほろ酔いの中、松田さんが来た。


「ご指名ありがとうございますー」


 と、隣に座り、おしぼりを渡す。


 その左手を、ロックオン!


 右手であの左手をつかんで、


「一緒にビール飲みたい」


 って、言うんだ!


 すでに3杯飲んでいる。


 ほろ酔いの勢いで、ほら、今、今言うんだ!


「どうかした? ユイちゃん?」


 松田さんは自分の左手を手のひら、裏、とヒラヒラさせて確認している。


「あ、あー……大きい手だなって思って」


「そうかな? 俺背も低いし、そんなに手も大きくはないけど」


 手のひらをこちらに向けてくるので、なんとなく自然に手の大きさ比べのように、ピタッと私の右手を重ねた。


「え、あ……」


 ほお、これは……いい感じに、ドキドキ感を演出できているのではないかしら。


「ビール飲みません?」


「……はい?」


「ビール」


「あ、うん」


 まさか手のひらを合わせた状態で初おねだりをやるとは思わなかったけど、うんって言われたから、良し! 成功だ!


 重ねていた手を上に挙げ、


「エミリさん! ユイ、ビールふたつ!」


「ありがとうございまーす!」


 松田さんは、戸惑った様子で手をそーっと膝に置いた。


 40過ぎのおっちゃんなのに、ちょっとかわいい。


「俺実はビール派なんだよね。水割りちょっと苦手で」


「あ、そうなの? なんで言わなかったのー」


 なんだ、遠慮なくビールねだって正解なんじゃん。


「なんか、せっかくユイちゃんが作ってくれるのに言いにくくて」


「そうだったんだ」


 本当にいい人だなあ、松田さん。


「水割りでいい? って聞けば良かったねえ。あ、エミリさんが作った1品料理とかもあるよ」


「へえ? 1品? なんだろう?」


「今日は何か私も知らない」


 あははははは。


「じゃあとりあえず頼んでみようかな」


「ありがとう! 一緒に食べよう」


 松田さんは穏やかで、しゃべってるとほっこりする。


 今日の1品料理は、きんぴらごぼうだった。


 春のパンまつりの平たい皿の中央にこんもり盛られた感じの量で、1000円。


 昨日の残りのゴーヤチャンプルーも、同じくらいの量で、1000円。


 両方頼んだ。


 おお、順調に売上が上がっていく……。


 こんなことなら、もっと早めにチャレンジしてみれば良かったな。


 松田さんとのほっこりタイムがあと指名時間5分、くらいのところで、憎き神宮寺が来やがった。


 またしても指名してきやがる。


 松田さんは電車で帰るので、これ以上の指名延長はない。


 悪いけど、松田さんを優先させてもらった。


 松田さんをお見送りして、神宮寺の座るボックスにつく。


 あー……でも……そういや、結局松田さんにも、エミリさんに教えてもらったおねだりはできなかったな。


 なんか照れるし、もし完コピでやって拒否られたりとか、嫌だし……。


 でも、神宮寺なら平気だ。


 もし、拒否るようなら、罵詈雑言尽きない自信がある。


 教わった通りに、まずはアレンジなしでやってみよう。


 隣に座り、おしぼりに差し出された手をがーっと拭き、その左手を私の右手でつかんで、上目遣いで


「ビール飲みたい。一緒にビール、乾杯しよ」


 と、言ってみた。


 ガーッと赤い顔にチェンジした神宮寺が


「う、うん」


 って言ったから、左手も神宮寺の手を包んでみた。


 それで? えーと、エミリさんは、なんて言ってたっけ?


 両手で包み込んで……あ! 笑顔だ。


「嬉しい! ありがとう」


「ユ……ユイちゃん?! どうしたの? もう俺のこと、怒ってないの?」


 なんか、嬉しそう……。


 嬉しげな笑顔の神宮寺に、無性にイラッときて、ついつい、


「お前への怒りが収まるわけないだろーが!」


 と、神宮寺の左手を放り投げてしまった。


「くだらんこと言ってないで、ポテトフライとフルーツ盛りときんぴらごぼうね!」


「きんぴらごぼう?」


「今日のエミリさんの1品料理」


「あ、今日は和食なんだね。ごはんが欲しくなりそうだ」


 最後ちょっと失敗したけど、やっぱりエミリさんに教えてもらったおねだり方法は、有効だったんだなあ。


 やってみる勇気って大事だな。


 やってみなけりゃ、分からなかった。客って私が頭で考えるよりずっと、単純なようだ。


 手を握るだけでドキドキするとか、小学生か。


 でもちょっと、自信がついたかも。ガンガン売上、上げてくぞ!

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