第29話 魔物

「もうすっかり方言出ないんだね。お店の中だけかと思ったら、ずっと標準語なの?」


「もう、すっかりよ。心の中まで」


「心の中まで?! すご!」


「エミリさんにも、吸収力すごすぎるって言われたよー迷走してた頃に」


「迷走してたねー! あはははは」


 ちょっと、間があいた。


 切り出すべきか、どうか、みたいな間に感じた。


「エミリさん、最近大変そうだよ」


 切り出すことにしたようだ。


「そうだね。もーなんかさ、客はパンツにお金隠してるから財布の中身全部使え、みたいなこと言われてびっくりしたよー」


 私もその話、したいよ。エミリさんの話。


「私、もう成人して親の許可なくても結婚できるようになった、とか匂わせたらいいんじゃない、とか言われたよ」


「ええ?! それはひどい。まあ、さすがに冗談でしょ」


 さすがに、ねえ……。


「いやー、本当に婚姻届持って来たら私が証人欄書くから預かるって言って処分する、とか言ってたから、結構本気っぽくて引いたよね」


「もう、ホラーだね。でも! すべての元凶はチエミさんだと思う! 」


「だろうけど、関わんない方がいいよ」


「でも、エミリさんが」


「エミリさんとチエミさんは、あれで上手くいってるんだよ」


 上手く、かあ。


 でも、エミリさん、やっちゃいけなさそうなことまでやり始めてる。


 いいか、言っちゃえ。


「エミリさん、客に消費者金融の申込書書かせて、一緒に店出てったの、見たの」


「消費者金融?」


「うん。戸倉さん」


「戸倉さんか……」


「うん。ダメでしょ、たぶん」


 おかわりを頼んでた、チューハイとハイボールが来た。


 ハイボールを飲みつつ、カンナちゃんが言う。


「深入りしない方がいいよ、ユイちゃん」


「深入りって言うか」


「オーナー結構天神森での強ボスよー? 触らぬ神に祟りなし!」


「チエミさんならどうよ? 中ボスくらい?」


「んー所詮オーナーの手下だし、中ボスほどでもない気もするけど、両手やっつけてもまた右手生やしてくる魔物みたいな」


「うわ、気持ち悪い」


「本体の弱点撃破しないと終わらないタイプね。こっちの体力削られて、魔法も使えなくなって、終わり」


「もう意味わかんないんだけど」


 でも、魔物かー。


 うん、ぴったりかも。


 沼に巣食う魔物。


 うわ、気持ち悪!

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