第26話 戸倉さん
カシコさんのアカネちゃんは、店の仕事の覚えも早く、テキパキしてるし、愛想も良くてお客さんからも好印象そうだ。
こりゃあ、ミズキちゃんに強力ライバル出現ですな。
強引さのミズキちゃんVS効率化のアカネちゃん。
こら見ものですな。
って、私も参戦しないとダメだよな。
でもなー、なんか……若いもんに任せようかねえって気分……一般的に言うと、仕事に慣れてだらけている。
あ、だから頻繁にチエミさんに呼ばれて頑張ればこんなん食べれるくらい稼げるのよーとか、言われてるんかしら。
甘いな。私は、ネズミ講には引っかからないぜ。
私をやる気にさせたきゃ、新垣結衣を連れて来な。
カランカラーンとドアに付いてるベルの音がした。
「いらっしゃいませー」
と言いながら、ドアの方を見る。
体の大きい、この店の客にしては若い30代の戸倉さんが入って来た。
戸倉さんか……。
エミリさんが対応し、黒崎さんが席に案内してからこちらに来る。
「ユイちゃん、ご指名です」
「ご指名ですか……」
「うん、ご指名です」
「そうですか……」
黒崎さんが小さい声で、
「頑張って」
と言ってくれた。
うん、私も頑張りたいのよ。
でも、戸倉さん、なんだか話が絶妙に食い違うのよ。
「こんばんは、ご指名ありがとうございますー」
にこやかに席に着き、おしぼりを渡す。
ここからもう、なんか変なのよ。
たいがい、私がおしぼりを広げて、お客さんが手を出して来るからその手におしぼりを乗っけるんだけど、戸倉さんはおしぼりを広げる前に引っ掴んでくる。
初めて戸倉さんについた時は、顔でもかゆくて早くおしぼりが欲しかったのかと思った。
「今日は、お仕事だったんですかー?」
と、水割りを作りながら導入トークをしてみても、
「今日は、家からうにゃうにゃ……」
って感じで、しゃべり始めは語気が強いけど、急速に小声になっていってなんて言ってるのかまるで分からない。
戸倉さんは、いつも1時間で必ず帰る。
だから、1時間なんとか繋げばいいのだけれど、噛み合わない&何言ってるのかわからない1時間は、なんともツラい。
さらに、戸倉さんは腕とか足とか、服から出てる部分をやたらと触ろうとしてくる。
触ってくる客には、この店では禁止されてるとピシッと言うように指導されている。
下手に我慢してしまうと、他の女の子にも
「あの子は触らせてくれたのに」
と被害が及ぶことがあるからだそうだ。
なので、
「うちでは女の子に触るのは禁止なんで」
と手を戸倉さんの足の上に返すと、
「なんだよ! うにゃうにゃ……」
と、一瞬激昂する。
初めこそ一瞬驚いて、あー怒らせたな、まあいいや、これでもう私を指名しないだろ、と思った。
が、来る度に指名してくるのだ。
しかも、そこそこ頻繁に来る。私を気に入っている様子はない。こちらから話を振らなければ、向こうからなんか聞いてきたりすることもない。
たぶん、なんらかの障害があるのかな? だからイヤって訳でもない。特に嫌いでもない。単に、話ができないのがしんどいだけなのだ。
なんとか30分くらい経った頃、少しでも時間を潰そうと、トイレに立った。
トイレから出てくると、カウンター奥からエミリさんが手招きしている。
お! さらに時間潰せる!
「ユイちゃん、戸倉さん大丈夫?」
「大丈夫とは言えないです。しんどいです」
「私があと代わろうか? あと30分くらいでしょ?」
「え! いいんすか!」
「適当に言っとくから、これでオレンジジュース買ってきて。領収書もらってね」
「ありがとうございます!」
「裏口から出たらいいから」
「はい! 行ってきます!」
あー良かった! ありがとうエミリさん!
あ、チャイナドレスのまま出てきちゃった。
ま、いいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます