第24話 沼3
チエミさんの部屋は、とっても広くて、綺麗で高そうな調度品がたくさんあった。
なんとかって木を使った、どっかでしか作ってない、なんとかって家具屋さんのダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら、チエミさんの成り上がりトークを聞いていて、あ、あれと同じだ、と思った。
「私はこのビジネスを始めて、楽しくこんなに稼げました。高級マンションに住み、高級外車を乗り回して、いいもん食って生きてます」
ってやつ。
友達がネットワークビジネスにハマった時に、車で1時間かけてネカフェ行って散々調べちゃったんだよなー。
似てると感じてしまったらもう、チエミさんの言ってることがネズミ講にしか聞こえない。
「だから、本気でやってみなさい! ユイちゃんなら、天下取れるわよ」
「すごい! ユイちゃん! チエミさんがこんなこと言ってくれること、ないよー」
エミリさん。
その沼は、気付かないうちに腰まで埋まっちゃってるやつかもしれない。
だけど、他人からいくら言われてもそれが沼だと分からないみたいなんだよ。
首まで埋まってからでも遅くないから、自分で抜け出そうと思わないと、出られないんだよ……。
玄関のドアが開く音がした。
ドタドタした足音が聞こえ、廊下を通って私達のいるリビングダイニングに近付いてくる。
リビングのドアが開く。
「いたのか、チエミ」
でかい60代くらいの、太った天パのおっさんだ。
「あら、おかえりなさい」
「こんにちは、おじゃましてます!」
エミリさんが立ち上がっておじぎをしている。
私もならっておじぎしておく。
「久しぶりだなー、エミリ! 稼いでるか?」
「あ、まあ、頑張ってます」
「おう、頑張れよ! その子は?」
「ビーワンのエースよ。ユイちゃん」
「ああ、この子が。頑張ってくれよーがはは!」
「あはは」
一応笑っておく。
私は今ここで、何をしてるんだろうか。
きっと、これがオーナーなんだろうな。
そう言えば、チエミさんと店に来てたことがあった気もする。
「ユイ、あの若い女優さんに似てるな。名前が出てこないけど、人気の女優さん」
なんで、みんなして似てると言う割に名前が出ないんだ。
本当に人気女優なのか。
しかし、こんな目の前でまあジロジロ全身見られたのは人生で初めてかもしれない。
「今度うまい寿司食わしてやろう。明後日どうだ? 閉店後空いてるか?」
「え……さっき美味しいお肉食べたとこなんで、いっす」
「ユイちゃん! あ、私達そろそろお店の準備しないといけないんで、失礼します」
そそくさと、エミリさんが私の背中を押してドアに向かう。
「エミリちゃん! 後でビーワン行くわね」
「あ、はい! コーヒーご馳走様でした!」
なんでこんな、逃げるみたいに出てかないといけないのだ。
早く帰りたかったから、ちょうどいいけど。
「断るのは正しい判断だけど、言い方は考えようよ」
マンションから出た時、エミリさんが言った。
「正しい判断?」
「オーナー、ああやってチエミさんの前でも女の子誘うのよ。はい、ぜひ! とか言っちゃったら、チエミさんに嫌われちゃうから」
……ぜひって言えば良かった。
いや、あんなじいちゃんと寿司とか、やだわ。
あ、でも、今日のステーキくらい美味しいんだったら、食べるだけは食べたかったな。
やっぱり、ぜひって言えば良かったかも。
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