第21話 客の懐
「ごめんね、今日は本当に金ないんだよ。これ以上は電車賃もなくなっちゃうよ」
「おお、それは大変! 分かった、じゃあ、今度はたくさんお金持って来てね」
「あはは、絶対また来るよ! もっと時間ある時に」
初めてこの店に来てくれた客だ。
フリーでついた私の声にびっくりしてる隙に、1時間の指名を勝ち取った。
次の約束まで1時間くらい暇を持て余して、目に入ったうちに来てみたらしい。
ちょっと時間余るくらいだったな。
お見送りをして、店内に戻ると
「ユイちゃん! ユイちゃん!」
とエミリさんが手招いている。
なんじゃらほい。
「今みたいに、時間ない人ほど売上上げないと!」
「ちゃんと言ったけど、お金があと電車賃くらいしかないって言うから。じゃあ、しょうがないなって」
「客のお金ないなんて、みんな嘘よ! 電車賃くらい、パンツの中とか靴下の中とかに隠してあるものなんだから!」
「それこそ嘘でしょー」
「ほんと! そんなものよ。だから財布渡してもらって、中身全部ドリンクやフードに使っていいのよ!」
ええー……。
もはや犯罪じゃないのか、それ。
アヤちゃんがいなくなったデッカイ穴を埋めようとする余り、エミリさん、嘘ついてないか、それ。
「エミリさん! ミズキ、ビールとオレンジお願いしまーす」
「ありがとうございますー!」
え? ミズキちゃん、カンナちゃんの客のヘルプじゃ……。
「ユイちゃん、オレンジ入れてくれる?」
「てか、カンナちゃんの客なのに、ミズキちゃんで売上上げるの?」
「ミズキちゃんが取った注文だからねえ」
「カンナちゃんが戻って来た時、お客さんもうビールあるから売上上げられないじゃん」
「ユイちゃん! 他の子の客だからって自分の指名や売上上げちゃいけない、なんてルールはないのよ。1人の客に、全員が指名もらったっていいの」
エミリさんが生ビールをジョッキに注ぐ。
小ジョッキサイズで600円だ。
オレンジジュースはコップ1杯で400円。
カンナちゃんの客からの1000円が、店に500円、ミズキちゃんに500円。
「なんか、納得いかなーい」
「頭で考えてないで、やってみなさい。はい、これ持ってって、私も飲ませて〜って言っておいで!」
「ええ〜……」
でもまあ、ミズキちゃんだけ売上上げるのもシャクだしなー。
「お待たせしました〜! はい、ビール。はい、オレンジジュース。いいなー私も喉乾いちゃった! 私もオレンジジュースもらっていい?」
お客さんの顔を覗き込んで、軽くおねだりしてみる。
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